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第23話 知らない感情 2

「ティア!」

 階段で宿舎の玄関口まで降りたところで、血相を変えた子供達と鉢合わせする。

 六人全員揃っている。

 どうやら早々とこいつらにまで情報が伝わったようだ。


「ティア! 嘘でしょ? いなくならないよねぇ?」

 ルーシィが泣き喚きながら服にしがみついてくる。

「てぃあーてぃあー!」

「いかぁいでぇ!」

 モモとネネもそろぞれで左右の袖を引っ張って、ユーティアを行かせまいとする。

 皆がユーティアを引き留めようと、取り囲んで必死に説き伏せてくる。


「みんな落ち着いて。ごめんね」

 こうなることを予測していたのか、唯一落ち着いているユーティアが屈んで泣きじゃくる子供達の頭を優しく撫でながらなだめる。


「さすがに黙ってはいられないな、僕が院長に直談判してくるよ!」

「私も行く! 絶対に説得してみせるからねティア!」

 ゼルスとルーリッカが怒りを帯びた声を上げる。

 流石は年長組だな、頼もしい限りだ。


「だめよゼルス、ルーリッカ。院長には立場があるの。なによりみんなを守る義務がある。私もみんなと離れ離れになるなんて胸が張り裂けるほどに辛い。でも今はこれが正解なんだと信じているわ。だからみんなも協力してね」

 ユーティアはなんとも反論し難い言い様で、要請を断る。

 ……いやそこはお言葉に甘えておけよ。


 しかしそうか。

 事の真偽がどうであれ話が広がってしまった以上、ユーティアがここに居れば教会の存続が危ぶまれる。

 悪魔が居る教会だなんて、誰も寄り付きすらしまいよ。


 そうなればこの子供達も今まで通りの生活は送れなくなるだろう。

 すでにユーティア一人がどうこうという話ではなくなっているのだ。

 院長の決断も、それを鑑みてのことだったってことか。


「うわぁああああああん!! 嫌だぁあああ!!」

 ここにきてアレックスが大号泣。

 覆い被さるようにして抱き付いてくる。

 

「ティアぁあ! 行くなよぉおおお!!」


 ……………………


「オレ言われた通りにするから! ちゃんと勉強するから!! だからぁああ!!」


 …………うっ……ウザッ!


「ウザいんじゃこのガキァア!!!」

 ドンッ──と、(たま)り兼ねた俺は立ち上がると、アレックスの体を突き飛ばす。

 もちろん、ユーティアの体を使って。


 アレックスはゴロゴロと転がると、入り口の扉に衝突してようやく止まる。


《ちょ、ちょっとリュウ君! いきなりなんてことするんですかぁ!?》

 頭の中にユーティアの抗議の声が響く。


 しかしなんてことと言われてもな。

 俺はあんな涙と鼻水垂らしたガキに抱きつかれる耐性なんてありゃしないもんでね。

 まったく泣きたいのはこっちだってのに、代わりにワンワン泣かれたんじゃ余計に腹が立つ!


 俺はアレックスをビシリと指差し吠える。

「おいお前! とっとと泣き止みやがれ! お前昼間に確か、一流の冒険者になるとか言ってたよな? だというのになんだこのザマは? お前が目指すのは、一人じゃ戦えないと女に泣きつくような冒険者なのか? もう少しシャキッとしやがれ!!」


《ちょっとリュウ君言い過ぎですよぉ! 相手は子供なんですよ? もっと優しく丁寧にですよ!!》

 何を言う、ユーティアは過保護過ぎるのだ。

 だからこんな軟弱なガキに育つ。

 男なんてスパルタに育てるぐらいでちょうど良いのに。


「……………………」

 ──流れる沈黙。

 というか、皆ユーティアの豹変ぶりに呆気に取られているんだろうが。

 そして当の罵倒されたアレックスは、さらに大粒の涙を溜めて泣き始める。


 ああもう……これだからガキは。


 ──と思ったが、耐えた。

「ひっ……うぐぅ……」

 なんか凄く必死な形相しながら涙を堪えている。

「わ、わかったよ、ティア。オレは……もう泣かない。他の子達も、オレが守るから。だから、必ず帰ってきてくれよぉ〜!」

 アレックスは確かに泣かなかった……が、やはりまたしても抱きついてくる。

 他の子供達もそれが合図であるかのように、一斉に飛び込んできた。


 ああ……まったく、これじゃ状況はたいして変わってないじゃないか。

 かといってこいつら全員を突き飛ばすわけにもいかないか……

 お手上げ状態となった俺は、早々に肉体の所有権をユーティアに戻す。


 ユーティアは子供一人一人に丁寧に別れの言葉をかける。

 俺があんなことを言った後でなんなんだが、最後は結局ユーティアが一番泣いていた。


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