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第22話 知らない感情 1

《どういうつもりだ!!》

 激昂した俺はユーティアを怒鳴りつける。


 ここは宿舎二階のとある一室。

 広さは六畳程だろうか?

 簡素な作りの机と椅子、そしてベッドと収納棚があるだけという地味なインテリア。

 ここがユーティアの部屋らしい。

 年頃の女の子の部屋としては、いささか色気に欠けると言わざるを得まい。


 まぁそんなことはどーだっていいのだが。

 なにせ、すぐにここから退去しなけりゃいけなくなったのだから。

 

「……ごめんなさい」

 入り口の扉に力無く背を預け、ユーティアは頭をもたげる。


《今謝られても、もうどうしようもない! 取り返しがつかない! 可能性が低くても、あの時に押し切る努力をするべきだった。それとも何か? シスターだから、嘘はつけませんってことなのか?》


 ユーティアはゆっくりと頭を横に振る。

「いえ、確かに嘘は無徳な行為だと思いますが、時としてやむを得ず使用を迫られるケースはあると思います。現に先程だって、私は嘘をつきました。リュウ君の行為を自分の意思でやったと言ったわけですから。しかしお腹の中の子供がしたと言っても誰も信じはしないでしょう。だから私は必要を感じてあえて嘘をついたわけです」


《そうだな、その通りだ。しかしならばなおさら納得できない! なぜもっとマシな嘘をつき通さなかった? 意味不明だ! 適当に理由をでっち上げてでも責任回避するべきだったんだ!》


 フルフルと、ユーティアはことさら大きく頭を振って否定する。

「違う……違います!! リュウ君、あなたは人に褒められる事をしたんですよ? あなたのおかげでローザが助かったんです。私自身も守られました。ゴブリン達はもうあの砦には棲み付けないでしょう。この村に平和が戻りました。あなたは、とても多くの人達を守ったんですよ? だから、あなたは褒められるべきなんです。私の勝手な都合のために、あなたの行為を否定するようなことがあってはいけないんです!」


 …………は?

 ……な……なんだって?


《お、おい……まさか、そんな事の……ために否定しなかったって言うのか? じょ、冗談……だよな?》

「リュウ君、そんな事ではありません!! 子供が良い事をしたら、褒めてあげるのは当たり前です! いえ、たとえ結果に繋がらなくても、前向きに努力したらそれだけで褒め称えてあげるべきなんです!!」

 断固とした意思を込めて、ユーティアは言い切る。


 ────ばっ!

《馬鹿な!! そんな事を俺が気にするわけがない! 要領の悪かった俺はどんなに努力しても学業の成績は散々だった。テストの結果が出るたびに、母親から阿呆だ無能だと罵られた! そもそも俺は親に褒められた事なんてない! だからそんな事どうだっていいんだよ!!》

「違います!! どうでもよくなんてない!! リュウ君、少なくともこれからは違います! 私はあなたが良い事をした時は、努力をした時は、絶対に褒めます! たとえ他の誰が何と言おうと、少なくともお母さんだけは絶対に褒めなければならないんです!! だからリュウ君、先程のように私が道を誤りそうになったら怒ってください! 叱ってください! 私はまだお母さんとしては未熟だから、また同じような過ちを犯してしまうかもしれません!」

 ユーティアはボロボロと、床に涙をこぼしながら嘆く。


 な……なにを言ってるんだ?

 なんなんだコイツは?

 意味が分からない!!

 訳が分からない!!!


 泣きたいのは……こっちのほうだ!!

 この心が破裂しそうなほどに、グチャグチャにかき乱されるような感覚。

 この得体の知れない情動は、グルグルと渦を巻きながらさらに膨れ上がっていく。


 なんだ……これは?

 この感情は??

 今まで体感した感情とは異質だ──


 怒り?

 苛立ち?

 悔しさ?


 それとも────


 ……………………


 ……もう……いい。

《これ以上は……止めておこう。脳細胞の無駄遣いだ》


「いえ、そうはいきません! とはいえ私の苦境はリュウ君にとってもイコールなのですから、リュウ君が怒るのも至極ごもっともです! 今の私に出来うる限りの贖罪を……」

《だーうるさい! だまれ! いちいち重いんだよお前は! いいからとっとと身支度しろ!》

 俺はまだ何か言いたげなユーティアを強制的に黙らせた。


 こいつと今日一緒に居てよーくわかった。

 真面目だとは思っていたが、まさかここまで超弩級にクソ真面目だとは!

 ここまで来るともはや変態の域である。


 まったくもって、俺とは正反対の人間だ。

 天使と悪魔のような正反対の二人が、一つの体に同居しているのだ。

 今日のような行き違いは今後も覚悟せねばなるまい。

 ヤレヤレ……先が思いやられる。


 ユーティアは黙々と荷造りを進めた。

 といっても、(まと)めるほどの荷物がこの部屋には無いのだが。

 なにせこの部屋には女の子の部屋にありがちな、ぬいぐるみやら化粧品などは見当たらない。

 ユーティアは背負い型の小さなリュックに、ブラシやハンカチといった最低限度の日用品、そして今着ているものと同タイプの予備の修道服一着を綺麗に畳んで詰めていく。


《……お前、外行きの服とか持ってないのか?》

「す、すいません。最近まで一着あったんですが、ボロが来たのでお隣のフォスターさんの愛犬の寝床に転職してもらった所でして……」

 う~ん、いくらなんでももう少しオシャレしようぜ。


 リュックを背負ったユーティアは収納棚の引き出しを開けて、小さながま口財布を取り出す。

 中身は──銅製だろうか?

 赤茶色の貨幣が一枚。


《これでどれぐらいの価値があるんだ?》

「500リグですので、簡単な食事一回分程度と考えていただければ……」

 1リグほぼ1円ってとこか?


《小学生の小遣いか? もう少し貯金しとけよ》

「う~わかってますけどぉ。特に買うものも無いので、収入があれば子供達の被服費に回してしまうんですよ」


 そういえば子供達は普通に見栄えのする服装をしていたな。

 自分の服を買おうとは思わないのかね?

 本当にどこまでお人好しなんだか。


 ユーティアは部屋の入り口に立つも、振り返って名残惜しそうに佇む。

 ガランとした室内。

 しかしきっと本人には様々な思い出が詰まっているのだろう。


《ここでの暮らしは長いのか?》

「ええ、ここに来たのが四歳の時でしたので、ちょうど10年になります。本当に色々な事があって、皆良い人達ばかりで幸せな毎日でした」


 涙を浮かべたユーティアは、お世話になりましたと主の居なくなった部屋に辞儀をする。

 深々と、本当に深々と頭を下げて。


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