第21話 選択 2
「院長! 私見たんです! 本当です! ユーティアが突然人が変わったみたいな悪魔のような人格になって、聞いたことも無い言葉を喋りだして、炎を操って砦を焼き払ったんです! ああ恐ろしい! あんな所業、悪魔としか考えられません!!」
院長の袖を掴み喚くローザの言葉に、周囲がどよめく。
疑念と畏怖の混じった視線が次々とこちらに向けられる。
《な……んてこった!!》
恩を仇で返すとは、こんの恥知らず女が!
こんな仕打ちありえるか?
いやありえないよな?
クソッ! やはりあの時見殺しにするべきだったんだ!
しかし今はそれどころではない。
これは……かなりマズイ事態だぞ。
悪魔だなどという突飛な話は、普通なら一笑に付して終わるはず。
だが今この場に居る連中にとってはどうやら違うようだ。
その表情からは、完全に真に受けているように見える。
文明が未発達なこの世界では、こんな迷信じみた設定すら人は容易く鵜吞みにしてしまうらしい。
「あ……あの、私、私は…………」
立ち尽くしたユーティアの言葉が続かない。
ローザの言葉は客観的な面では間違っているわけではない。
否定しようにも、どう取り繕えばいいのかわからないのだろう。
ユーティアの手が震えているのが伝わってくる。
ここで汚名を雪がなければ村八分、いや最悪教会を追い出されかねない。
絶対に対応を間違えるわけにはいかない。
ある意味ゴブリンに襲われるよりも危機的状況である。
「ユーティア」
院長が静かに、しかしはっきりとした口調で声を発する。
「はい、院長……」
「ユーティア、私はお前の事を信じたい。だからどうか正直に話しておくれ。ローザの言っていることは、本当の事なのかい?」
「──────!」
ユーティアは言葉に詰まる。
そりゃそうだ。
正直に言えるならとっくに言っている。
しかしそれは都合が悪い。
こんなの死刑宣告に等し──
…………いや、違う。
院長の表情は問い詰める者のそれではない。
なんとか言い逃れをしろと目で訴えているように見える。
アマンダもゆっくりと頷き目配せをする。
どうやら、証言に多少の粗があってもフォローしてくれるつもりのようだ。
そうか、そういうことか……
とはいえ、ユーティアに気の利いた嘘がつけるとも思えない。
下手についても矛盾を突かれ自滅するのがオチ。
ここは俺が入れ知恵をする必要があるな。
《いいかユーティア、こう言って誤魔化すんだ。ローザを助けに森に入ったところで悪い魔法使いと遭遇したってな。そいつに魔法で操られていたことにすればいい。戦闘中の人格もその時に使った魔法も、本来の自分とは無関係ってことにするんだ》
無理がある気もするが、悪魔の仕業というよりは多少現実的ではないか?
なにより、まぁ事実似たようなモンだしな。
とりあえずここはこう言いくるめて凌ぐしかない。
でないと、俺が待ちかねた晩飯と寝床がおじゃんである。
「え……はい、その、悪い……魔法使いが……現れて……」
ユーティアはしどろもどろに説明を始める。
オイオイ、これじゃ明らかに胡散臭いんですが?
しかしユーティアは途中で口をつぐむ。
そしてはたと我に返ったように、自分の口元を両手で覆う。
「私……なんてことを……」
そう漏らしてブンブンと頭を左右に振ったかと思うと、院長を真っ直ぐに見据える。
そして今度はハッキリとした口調で声を発した。
「はい、ローザの話は本当の事です。私が自分の意思で、魔法を使って森の砦を焼き払いました。もっともそれはゴブリンを退けるための行為でしたし、私が悪魔であるという部分も否定させていただきますが!」
なっ──なんだとぉおおおお!?
なんだ?
なにを言ってるんだコイツは!?
なぜわざわざ自分に不利になるような証言をしているんだ???
周囲により一層のどよめきが広がる。
当たり前だが!
こんな幼い少女が砦を一瞬で焼き尽くした。
それは尋常ではない話だろう。
悪魔じゃないだなんて言い訳したところで、この場の腑抜け共が聞く耳を持つはずがないではないか!
現に恐怖心から後ずさりする者や、逃げ出す者まで出る始末だ。
「ユーティア……どうして……」
院長も険しい表情で呻く。
そして俯き押し黙った後、ゆっくりと口をひらく。
「ユーティア、私はお前の事をとても大切に思っているよ。その気持ちは今でも変わらない。でもね、こうなってしまっては……お前をここには置いておけない。残念だけど……」
「はい、わかってます。気に病まないでください院長。でも荷造りはしたいので、その時間だけ頂けますか? すぐに終わりますので」
そう言ってユーティアは歩き出す。
野次馬連中は、まるで見えない力に押されるように道を開ける。
ローザも逃げるように身を引く。
院長とアマンダだけが、その場で動かず留まっていた。
ユーティアはその脇を通り過ぎ、無言のまま宿舎へと向かった。




