第18話 一騎当千 2
「どうしようユーティア、このままじゃ……」
「だい……じょうぶですよ、なにか方法が……」
再び怯えるローザをなだめつつも、ユーティアもオロオロと慌てるばかりだ。
「リュウ君こういうのはどうでしょう? ローザは泳げますし、川の中に逃げ込めば……」
《駄目だ! 流れの遅いこの川では流れに乗って逃げ切るのは不可能。泳ぎ疲れて陸に上がった無防備なところを捕らえられるのが目に見えている》
俺はユーティアの案を即座に却下する。
おまけに川には橋も架かっているため、対岸に逃げても意味は無い。
《もっとマシな手は無いのか? 大口叩いてここまで来ておいて、まさかもうお手上げですとか言わないよな?》
「わ……わかってますよぉ! えーと、えーっとぉ~」
必死に慮るユーティアだが、どう見ても手詰まり感がハンパない。
《あ~無理に案を出さなくてもいいぞ。苦し紛れに捻り出した浅知恵なぞ役に立つはずがないからな》
「……はい……面目ないです……」
しょげるユーティア。
やれやれまったく、案の定ここいらが限界らしい。
それでも俺の想定よりは健闘したと言うべきか?
まぁ……仕方ないか。
《おい、ユーティア! 奥の手を使うぞ!》
「え、ええ? 奥の手……ですか?」
《今詳しく説明する時間は無い。黙って体の力を抜いておけ!》
そう、実のところ俺にはまだ切り札がある。
成功率が疑わしいのでぶっつけ本番では使いたくなかったが、そうも言っていられない状況だ。
《今俺が同調の魔法でお前とリンクしている状態ってことは先程説明したよな?》
「は、はい」
《実はこの魔法の効果は二段階構成になっているんだ。今の一段階目が感覚同調。二段階目に引き上げると、どうなると思う?》
「えと……あっ、もっと心が通じ合うようになる!」
なぜか自信ありげなユーティアの回答。
《なんだそのお花畑な答えは。正解はだな、同調から支配へと進行するのだ。この魔法は本質的にはそのために開発されたものだからな》
「支配……ですか?」
俺の説明をユーティアは飲み込めていないようだ。
まぁ百聞は一見に如かずか。
俺は説明を諦め意識を集中する。
行使中の魔法の再構築────レベルセカンド!!
「────────!!?」
ユーティアの体がビクリと痙攣する。
強烈な違和感を察知したように。
しかし外見的な変化はそれだけだった。
防御姿勢を取るでもなし、悲鳴を上げることもない。
そしてそれは当然だ。
なにせ今のユーティアの体は、すでに本人の意思では指一本たりとも動かせなくなっているはずなのだから。
そう、この肉体の支配権は、すでに俺に移譲されている。
俺はゆっくりと力を込め体を動かしていく。
両の手を握り、肘を曲げる。
両足も……腰も……首も……すべて思い通りに動く。
ニィ──
そして思わず漏れた笑みによって口角が吊り上がる。
「あっはははぁ! 成功だ! 大成功だぜぇ!!」
俺はガッツポーズを決める。
いや厳密にはユーティアの体で、だが。
そう、つまり俺はこの魔法を使うことによってユーティアの体を自在に操ることができるのだ!
《え、ええっ? ぇええええええええええ???》
頭の中でユーティアの叫号が反響する。
「うん? この状態だとユーティアの思考が俺に聞こえるのか? やはり念話の魔法の効果が立場が逆転したままでも継続されているようだな」
《りゅりゅりゅ……リュ、リュウ君!? こ、これってどーいうことですかぁ???》
「どうって……見ての通りさ。お前の肉体は完全に俺様の支配下に置かれた。もはや如何なる抵抗も無意味だ!」
《ななな……なんでなんで? どうしてこうなるのぉおお???》
まったくピーピーとウルサイ!
頭の中で叫ばないでほしい。
今までしてきた自分の行為も、こうしてされる側となると煩わしいものだ。
なら念話の魔法を解除すれば済む話となりそうだが、現実はそう単純にはいかない。
なぜならこの支配の魔法は意識を持った生物相手に使う場合、単独での使用は推奨されていないのだ。
単独使用した場合、ごく稀にだが魔法解除後に対象の意識がしばらく戻らなくなる可能性があるようなのだ。
だが相手の意識を繋いでおく魔法を併用することで、その危険性は回避することができる。
その手段はいくつかあるが、魔力消費量が低く現実的なのがこの念話の魔法。
つまり支配魔法の行使中こうして念話の魔法を併用することで、ユーティアの意識が行方不明になることを防ぐことができるのだ。
残念ながら、ユーティアの体を好き勝手に使うという暴挙は許されないということらしい。
「しかし……わかってはいたものの、こうして自分の意思で動かしてみるとやはり随分と軽い体だな」
体が軽い素材でできているようにすら感じる。
腕力や握力はやはり弱々しい。
こんなのでゴブリンに突っ込んでいくとは……やはり無謀の極みだったと今更に痛感させられる。
《なんなんですか? どうしてですかリュウ君?? しかもこんな非常事態に、なんでこんな無意味な事するんですかぁ???》
「無意味だと? 冗談じゃない。この状態となることで、俺様の可能性は無限に広がるのだ!!」
《ごめんなさい、わかりません。ぜーんぜん意味がわかりませんよぉ! リュウ君!!》
なんか、ユーティアの声がだんだん泣き声になってきた。
念話だってのに器用な奴だな。
「ククク……まぁ見てなって、今から盛大な殺戮ショーを披露してやるぜ! お前は特等席で寛ぎながら観賞でもしているがいい!」
「あの、ユーティア、どうかしたの?」
ローザが不安そうな表情で俺の顔を見つめてくる。
先程からペラペラと独り言を放っている俺を不審がってのことだろう。
「おい女! 死にたくなければそこを動くな! まだ体が馴染まないから精度が怪しい。動けば命の保証はしない。いいな?」
「え、ユー……ティア??」
俺の変貌ぶりに驚いたのか、ローザはポカンと口を開けて惚ける。
《ちょっとリュウ君! ローザになんてこと言うんですか! メッですよ!!》
「しょうがないだろう、詳しく説明している暇もないんだから」
俺はユーティアのクレームを捨て置き、ゴブリン共に注意を向ける。
すでに防御壁のあちこちに刃が突き刺さっていて、結界は崩壊寸前だ。
「ふーっ」
一つ大きく深呼吸。
俺は心を落ち着かせると──
「アルバスター・キール・ド・メイス・レザリオン 燦爛たる煉獄の狂炎よ 我が身に宿り敵を打ち滅ぼせ!」
両手で素早く印を結びながら、呪文の詠唱を始める。
《ええっ! リュウ君これは!?》
ユーティアが驚くのも無理はない。
まさか自分の体を使って俺が魔法を行使するなんて、思ってもみなかっただろうよ。
しかし可能なはずだ。
魔力は俺自身のものを使うし、呪文と印が正確ならばこの状態でも理論上魔法は発動する。
ちなみにどうも俺が持つ魔法はこの世界の、少なくともこの時代でスタンダードに使われているものとは違うらしい。
俺が持つ知識のままに呪文を詠唱したとしても、その魔法を行使するために用いるマナとの整合性が取れないようなのだ。
だがスペルの一部を今のこの世界の標準言語に変換することによって、対応することが可能となる。
そして案に違わず、俺が呪文を詠唱した直後から分解、再構築され続けるマナの変動により、周囲に竜巻のような気流が生じていた。
そしてその竜巻から次々と煌めく炎の粒子が発生する。
しかし……同調の魔法とは比較にならないほど膨大なマナの制御。
そのために消費する魔力と集中力も尋常ではない。
少しでもコントロールをミスれば、制御を失ったマナが暴走して自滅しかねない──が。
俺はゆっくりと右手を掲げる。
光炎の粒子がその一点に収束される。
どうやら目論見通りに成功したようだ。
俺は凝縮されたエネルギーを、今にも壁を破らんとしているゴブリン目掛けて打ち放つ。
『 龍 牙 爆 裂 砕 !!』
爆散する無数の炎刃は、今まで俺達を守っていた結界を吹き飛ばし、その向こう側の異形の魔物をズタズタに切り裂く。
「あーっはっはっはぁああっ!! どーっだ俺様の力は!!! この調子で逆らう奴は皆殺しだぁあああっ! あっーっはっはっはあああっ!!!」
これだっ!
この無敵感!!
俺はもう前世の脆弱な俺ではない。
泣く子も黙る、天才魔法使いなのだ!!!