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第16話 衝突 2

《そうか……ずっと感じていた違和感の正体はコレか。俺としたことが、今更に理解が追い付くとは》

「……なっ、何を言ってるんですか? リュウ君!?」

 俺の反応に困惑しているユーティアに、俺は自嘲ぎみに続ける。


《なに、笑い話さ。なにせ俺があの女を助ける方法を思案しかけていたんだからな。しかし冷静に考えてみりゃ、なにが悲しくて人助けなんかしなきゃならんのかって話だ。馬鹿馬鹿しい。あの女がどうなろうが、そんなことはどーだっていいじゃないか! 俺の知ったことか!!》


「りゅ、リュウ君……それは違います! 困っている人がいたら助けようと思うのは人の持つ善性であり本能のようなものですよ。なにもおかしくなんかありませんよ!」


 ほら始まった。

 こいつの性善説的思考は、冷静に見てみればなんとおぞましいことか。

 この能天気さに俺も毒されかけていたかと思うと、背筋が寒くなる。


《人の持つ善性? 本能? ……そんなもの、あるわけが無いだろうが! あったら俺は前世であんな悲惨な人生は送っていない! 無残に殺されてもいない! 俺が前世で虐げられていた時に、だれか助けてくれる人がいたか? だれもいなかったじゃないか! だというのにこうして異世界に転生した途端に、人助けをしましょうみたいな状況がお膳立てされている。俺はそれが気に入らない! まったく腹立たしい話だ! こんな状況を誰が仕向けているのか知らないが、仮に神だとしよう! だがな、お断りだ! 人選を間違えてるぜ!!》


「前世? 異世界? な……なにを言っているんですかリュウ君?」

 ユーティアは尋常ではない俺の激昂(げきこう)に当てられたのか声を震わせる。


《ああ、そうか、まだお前には説明してなかったっけ? 俺にはこことは違う世界で過ごした前世の記憶があるんだよ。その世界で俺は周囲の人間すべてから疎外され、迫害され、最後には殺された! 俺の人格も、尊厳も、散々に蹂躙(じゅうりん)された挙げ句にな! なのにそんな過去は綺麗さっぱり忘れて正義の味方になれってのか? 冗談じゃない! ふざけやがって! なぜ俺が赤の他人を助ける必要がある? 他人なんぞ全員敵だ! 良くて踏み台だ!》


 そう、それがあの無価値な人生で唯一得た真理。


 俺の前世に意味があるとするならば、その事実を学べたことだけだろう。

 そしてその事を肝に銘じておかなければ、また同じ目に合うに決まっている! 


「リュウ君……そんなことはありません! あなたの前の世界でも、きっとあなたを愛してくれている人はいましたよ! たとえば、あなたのご両親とか──」


《両親のことは言うなっ!!!》

 最大音量の怒声を念話で叩きつけられたユーティアは、ビクリと怯えるように身を(すく)める。


《あいつらは、俺の事なんか見ちゃいなかった。母親にとって俺はストレスの捌け口でしかなかった! 父親にとって俺は目障りのガラクタでしかなかった! 前世で俺は両親にすら(さげす)まれていたんだよ!》

「そ、それでも……心の底ではきっとあなたを慕っていたはずです。子供を愛していない親なんていませんよ!」


 ────────は? 

 …………な、何をいってるんだこの女は?


 虫唾むしずが走る──という表現では生温い。

 瞬間的に湧き上がるこれは──まさに殺意だ!!

 本当に、可能ならば今この場でコイツを殺してやりたいとすら思う。

 

《黙れ黙れ黙れっ!!! お前みたいな偽善者が一番頭にくるんだよ! 人の苦悩も! 絶望も! 何も知らないくせに平気で踏みにじりながら無神経に講釈を垂れるような輩がな!!》


「……………………」


 反論は無い。

 ユーティアはその場に(うずくま)って黙り込む。

 どうやらこれ以上の問答が非建設的だと理解できたようだ。


《いいか? 今すぐ回れ右して教会まで帰るんだ。安心しろ、俺の知識通りならすぐには殺されない。凌辱(りょうじょく)はされるだろうがな。運が良ければ明日には救出されるだろうよ》


「…………ヒック」

 流れ落ちる。

 ビー玉みたいな大粒の涙が、ユーティアの頬を伝って落ち、また生み出されては落ち。

 ちょっとあり得ないぐらいの涙が湧き出てくる。


《……なんだその涙は。そんなにあの女を見捨てたくないのか? それとも俺への哀れみか?》


 フルフルと頭を振って否定する。

「……ご、……ごめんなさい、リュウ君。わた……私が、あなたの想いを、苦しみを、理解してあげられなくて。……私にとってお父さんもお母さんも、きっと……とても優しくて、暖かくて、今も居たらきっと神様より大切に思ってしまう存在なんだろうなって……思うから」

 ユーティアは途切れ途切れに声を絞り出す。


 別に理解してほしいなんて思っちゃいないさ。

 俺に理解者など不要。

 父親も母親も、家族すら不要だ。

 こいつとの関係も、俺が自立するまでの形だけのものにすぎないのだから。


「だから……リュウ君。私は決めました。今ここで、絶対にローザを助けると!」

 ユーティアはゆっくりと、しかし何かを決意したように立ち上がる。


 ──ってなんだ?

 どうしてそうなる?

《オイオイ待て、話の流れがおかしい。俺の言ったことを聞いていなかったのか?》


「聞いたからこそですよ。聞いたからこそ、余計に私はローザを助けに行かなくちゃいけなくなりました。確かにリュウ君の言う通り、リュウ君の過去を私が決めつけてしまったのはおこがましいことだと思います。ごめんなさい、反省しています。私はもうリュウ君の過去には触れません。そしてだからこそ、少なくとも今の私はリュウ君が誇れるような母親になろうと決心したんです。そしてそれはけっして親友を見捨てるような人間であってはならないはずです」


 イヤイヤイヤそうじゃない!

 両手を固く握りしめて力説しているところ悪いんだけど、俺は母親にそういうの求めてないから。


《だから他人など敵だと言ったばかりだろう? 俺は自分さえ良ければいいんだよ! 他人を犠牲にして成り立つのが人生ってものなんだよ! 前世の俺はお前より年上で経験も豊富なんだから、少しは俺の言葉に耳を貸すべきだ!》


「リュウ君こそ聞いてなかったんですか? 私はリュウ君の前世の話はもうしないって言いましたよ? ただ今はリュウ君の母親として、正しい道を身をもって示すまでです!」

 そう清々しさまで感じるほどに言い切ったユーティアは、なにやら意味不明の使命感に満ち溢れていた。


 ダメだコイツ……

 俺の理解を超えて生真面目すぎる!


「私は将来リュウ君とローザと私で一緒に、笑って話せる未来にしたい。ローザはとてもいい子ですよ。明るくて、冗談が好きで、きっとリュウ君とも気が合います。だから……」

 言いながらユーティアは木の陰から出て歩みだす。

 見据えるは中央広場。


《──おい! 待てって!!》


「だから今だけ、お母さんの我が(まま)、許してください!!」

 叫ぶと同時にユーティアは地を蹴って突進する。


 ────っこ……んのバカ女が!!!


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