第161話 予期せぬ来訪者 2
それから約10分後、俺達は馬車へと乗り込む。
俺とマリオン(とその膝の上に乗せたポチ)が横並びで座り、その対面にイリスが腰掛け馬車は発車する。
《結局リュウ君のままで行くんですね? それはいいのですが、先ほどのはなんだったんですか?》
「転ばぬ先のというやつだが、お前が気にする必要はないよ。それより賞金の有効な使い道でも考えようぜ」
そう言いながらも、俺の意識はザナドゥに向いていた。
王国の中枢である王都のさらに中核──それがザナドゥ。
ここを落とせば王国は瓦解するだろう。
いずれ攻め込む敵の本拠地を、こうして合法的に下調べできる。
これはまたとないチャンスである。
存分に情報収集させていただくとしよう。
馬車で20分ほど揺られただろうか?
石造りの高い城壁を抜けると、もう目の前にはザナドゥが迫っていた。
「これが……ザナドゥか」
近くで見るとなおさらに滅茶苦茶デカい。
円錐形の構造物は、天に届かんばかりに聳え立つ。
その高さは約1000メートル程。
一つの階層だけでも十数メートル、場合によっては数十メートルありそうだ。
こんなものが100年以上前に存在していたという事実は到底信じられない。
余程高度な魔法を使ったか、特殊なギフトの力を使ったのだろうか?
入り口は複数あるようだが、もちろんどこも厳重に警護されている。
馬車はその中の一つの入り口前で止まる。
馬車から降りたイリスは警護兵に二言三言話すと、振り返り俺達に付いてくるよう促しザナドゥへと入っていく。
俺達も馬車から降りその後に続く。
内部は西洋の神話で描かれる神殿のような構造をしていた。
過度な装飾の無いシンプルな平面の壁に太い円柱の柱。
内部は築100年以上とは思えないほどに、老朽化の兆しが見られない。
「ザナドゥが朽ちないのはこの素材のせいか? 適度に艶があり高級感があるくせに、異様に堅そうだ」
俺は柱の一つを軽く小突く。
柱に加えた衝撃が、分散されずにそのまま返ってくる。
石のようでもあり金属のようでもあるやや青みがかったその材質は、並の剣では傷すらつきそうにない。
「御明察ですシェルバーン様。遥か昔からこの地のこの場所には我々がマステアと呼ぶこの巨大な鉱物がありました。マステアはとても高い硬度と対魔法効果を持ち合わせています。しかし特殊な魔法を使うことで、容易に加工することができる。我々はマステアの一部を人が使える構造へと作り変え、ザナドゥとして使っているというわけです。そしてマステアの欠片をザナドゥの外に持ち出しても、どういうわけかその優れた性質は失われてしまいます。ですからザナドゥがこの場所に王都の中心として存在するのは、必然というわけです」
「なるほど、山から削り出したような外観をしているとは思っていたが、本当にそれに近い建造方法だったわけだな?」
つまりザナドゥは厳密には建造物ではない。
本来からここにあった巨大な特殊素材の一部を、人が使える構造として作り変えているのだ。
「はいはーいリューちゃん! つーまりお砂の山を削って作ったお城と同じってことだよねこのザナドゥは?」
「それはまぁそうだが、身も蓋もない言い方をしやがるなお前は」
ザナドゥの例えが砂の城とはね。
スケールが違いすぎるだろう。
しかし、そもそもこの平地になぜこんな巨大な鉱物が突き出していたんだ?
天変地異の置き土産か、それとも宇宙からの飛来物か?
ミラージュなら知っているかもしれんな。
帰ったら聞いてみるか。
しかし規模がデカければ当然移動も面倒になる。
横幅10メートル近くある大階段をかれこれ五分近く上っているが、まだ目的地までは到達しないようだ。
「うへぇ〜疲れてきた〜! これ上にいる王様とかはタイヘンなんじゃないのかな?」
「国王陛下や第一等位の一部のエクシードはザナドゥの高層部にお住まいになっていて、降りてこられるケースは限られますから。アルティウス様がお待ちなのは中層部の下位フロア。もう少しですのでご辛抱ください」
イリスが疲れ気味のマリオンを気遣う。
俺は身体強化魔法を使っているからさほどではないが、ユーティアの状態ならそろそろへばっている頃だろう。
しかしその後すぐに目的のフロアに到達した。
とはいえ、高度200メートル以上進んだ気がする。
賞金のためとはいえ、とんだ重労働である。
俺達は一つの部屋に通された。
いや、部屋と言うには語弊があるか。
奥行きが100メートル以上ありそうなその空間は、大ホールと呼ぶべきだろう。
このホールにも装飾は無く、床から壁から天井まで歪みのない平面。
ただ床には入り口から奥に向かって赤い絨毯が敷かれている。
その絨毯の両脇には直径1.5メートル程の柱が左右で対になり、奥に向かって等間隔で並ぶ。
いかにも謁見の間という構造だ。
そして特徴的なのはこの空間の左側、ザナドゥの外郭部分の壁が無いという点だ。
ここから王都の街並みが一望できる。
もちろん落ちたら助からない高さ。
20センチ程の段差があるものの、柵は無いため景色に見とれて落ちるなんてこともありえなくはなさそうだ。
「謁見はシェルバーン様だけが許可されています。ミューズライト様は私と共にここでお待ちください」
イリスは俺と共に奥に進もうとするマリオンを制止する。
頬を膨らませて抗議するマリオンだったが、ユーティアの説得もあり結局は入り口で待つこととなった。
ホールの奥、赤絨毯の伸びた先に、金装飾が施された大型の肘掛け付きの椅子。
ギルはそこに座り、呆けた顔で外の景色を眺めている。
服装はスーツではなく、ゾンビ山の時と同様のアーマー。
あの時と同じハンマーも、椅子に立てかけてある。
そしてまさかとは思ったが、 ギルは俺達が来たことに気が付いていないようだった。
俺が近付いたところで、はたと我に返ったように顔を上げる。
「おっと、もう来たのか!? イリスは相変わらず仕事が速いな。すまんなお嬢、突然呼び出したりして」
隙だらけの姿を晒したのが気恥ずかしかったのか、ギルは頭をポリポリと掻く。
「オレはここから見える景色が好きでね。たまにこうして意味も無くここに来ちゃ眺めてるんだ。王国のためにと戦いに明け暮れた半生だったが、ここから平和な街並みを眺めていると、オレの努力にも意味はあったのだろうと勝手ながら思えてくるのさ」
ギルは再び街並みに視線を向けると顔をほころばせる。
ギルは己の力を誇示するタイプではない。
だがこうして保たれている王国の平和こそが、ギルにとっての矜持なのだろう。
「そうかい、そりゃ結構な趣味だな。だかそんなことを語って聞かせるために俺を呼んだわけじゃあるまい? 用件はなんだ?」
「オイオイ、寂しい独り身の閑談に少しぐらい付き合おうとは思わんのか? まぁ、ご所望とあらば本題に入らせてもらうが。そのだなお嬢、突然こんなことを言うのも不躾だとは思うんだがな」
ギルは一瞬目を伏した後、射るような視線を俺に向け告げた。
「────死んでくれるか?」