第160話 予期せぬ来訪者 1
「とても……凄愴な事件でしたね。今でも胸が締め付けられるほどに……」
ミラージュ宅のL字ソファに座っているユーティアがそう嘆く。
力なく肩を落とし、焦点が合わない虚ろな目で宙を眺める。
事件から一夜明け、俺達は少し遅めの朝食を取ってからずっとこうしてリビングでくつろいでいる。
だがユーティアはライアス同様に、というかそれ以上にカーラの死にショックを受けているようだ。
昨晩からずっとこの調子である。
「元気出しなよーティア! そりゃあ悪者を改心させてのハッピーエンドってのがサイコーだけどね、現実はなかなかそーうまくはいかないもんだよ!」
もう何度目だろうか?
マリオンは明るく振舞いユーティアを慰める。
ユーティアはその度愛想笑いで返すものの、すぐにまた表情を曇らせる。
これはすぐには立ち直れそうにはないな。
マリオンに世の中知った風に励まされるのは癪だが、まぁ実際にその通りである。
俺だって積極的にカーラを殺そうとまでは思わなかったものの、向こうは俺達を殺す気満々だったわけで、手加減できる状況でもなかった。
しかし俺が目指すは世界征服!
このような展開は今後もあるだろう。
だからユーティアにもこういうのには慣れてもらわなきゃならんのだが……まぁ、今はそっとしておくほうが良さそうだな。
「でもでも、驚いたよ魔族だなんて! わたしが旅してるときでも魔族が出たなんて話聞いたことないよ? ホントに魔族だったのかな?」
《さぁ俺はよくわからんし、ライアス坊ちゃんがそう言っていただけだがな。その辺りも含めて今後調査が行われるそうだ。ミラージュにも協力依頼が来ているようだし、近いうちにはっきりするんじゃないか?》
ちなみに当のミラージュは朝食後にライアスと共に区庁舎に報告に出向いていった。
連続失踪事件の話はもちろん、カーラが魔族を多数使役していたであろう事実も王国にとっては異常事態。
込み入った話になりそうだとのこと。
カーラ宅の捜索許可も出るだろうとのことで、可能ならミラージュはライアスと共にカーラ宅の捜査にも随行する予定だとか。
「そもそもね、魔族ってのは魔王が自分のために作った種族でしょ? だから100年前に魔王が倒されてからはやる気ナッシングな感じになったんだよね。だから意外と簡単に討伐されてほとんど絶滅しちゃったんだよ! なのにいまさらたくさん出てきたり人間と協力したりってのは、ちょっとおかしな話なんだよねぇ~」
《つまり、なにが言いたいんだ?》
「う~んたとえば、魔王が復活しそう! とか? かな? ガオー!!」
マリオンはポチを魔王に見立ててこちらに突き出してくる。
《フラグが立ちそうなことを言うのはやめい! ユーティアが余計に落ち込むだろうが!》
「ひいっ……魔族が……魔王が? 本当ですかマリー?」
ほらみろ、ユーティアが怯えだす。
昨晩の大量魔族ですらトラウマモノなのに、これ以上怖がらせてどうする。
マリオンは慌てて冗談だよと怯えるユーティアを落ち着かせる。
そんなこんなで、とりあえず平和が戻った王国の日常であった。
そして昼過ぎ。
ユーティアが部屋の片づけをしている最中、入口の扉をノックする音が聞こえた。
「探偵事務所のお客様でしょうか? 私が出ますね」
ユーティアは入り口にそそくさと向かう。
ミラージュの留守中に客が来たら、用件だけ聞いておいてくれと言われているのだ。
扉を開けると、外には一人の女性が立っていた。
身長160センチ程度のスレンダー体型の若い女性。
肌はやや色白で、長い金髪は後ろで結われている。
凛としたやや細目のターコイズグリーンの瞳。
そして何より特徴的なのは、先端の尖った耳。
エルフだ。
俺の持つエルフ像そのままの、ちゃんとしたエルフ。
ちゃんとしただなんて言ったらミラージュに怒られるだろうが。
ちなみに服装も緑青色のクロスと薄いレザーを組み合わせた軽量の鎧に、弓を背に負っている。
これまたエルフのイメージ通り。
「突然の訪問失礼、ユーティア・シェルバーン様とお見受けします。私はイリス・ララトルス、王国からの使いの者です。ギルヴァルト・アルティウス様よりシェルバーン様を至急お呼びするよう仰せつかったため、こうしてお迎えに上がらせていただきました。ご同行願えますでしょうか?」
イリスと名乗る女性は、書類を読み上げるような事務的な口調で説明する。
「アルティウスさんが私……に? なんの用でしょう?」
《そりゃ賞金の支払いに決まっているだろう? 即日払いとは気が利くな。金さえもらえばこんな所は用済み。根こそぎいただいてトンズラするぞ!》
「そんなことしませんからね! もうっ!」
「あの、どうかなされましたか?」
俺と会話するユーティアを不審に思ったのだろう。
不思議そうな顔でジッと見つめてくるイリス。
その聡明怜悧そうな顔立ちと澄んだ瞳に、心の中まで見透かされてるんじゃないかと錯覚させられる。
ユーティアも同じ印象を受けたようで、余計な言い訳はせずにフルフルと顔を横に振り黙秘する。
「そうですか、ではザナドゥまで来ていただきますが、やや距離があるので馬車をご用意させていただきました。荷物は不要ですしお姿もそのままで結構ですのでどうぞ」
イリスは数歩下がり道を開ける。
門の外にはたしかに馬車が停められている。
屋根付き二頭立ての豪華な馬車だ。
「えっ! ザナドゥ行くの? わたしも一緒にいっきたーい!」
いつから居たのか、突然マリオンがユーティアの背中に抱きつきながら参加表明してきた。
完全に観光気分だなコイツは!
イリスはそんなマリオンに一瞬ピクリと眉根を寄せるも、一呼吸置いてから落ち着いた声で告げる。
「わかりました。お連れするのはシェルバーン様だけと聞いていますが、私の裁量でお連れ様一名だけなら許可します。ですのでお急ぎ願えますか?」
「────まて!」
イリスに促されるまま外に出ようとするユーティアを、しかし俺は入り口を跨いだ所で入れ替わり止める。
「少し……準備の時間をもらおうか」
「できれば急ぎお願いしたいのですが?」
「なんだ? 王国の使いともあろう者が、女性に身支度の時間も与えないのか? 非常識な話だな? 10分程で終わる。問題無いだろう?」
「わかり……ました。ではその間ここで待たせていただきます」
イリスは初めは俺の豹変ぶりに面食らったようだったがまたすぐにキリリとした表情へと戻り、渋々といった感じで俺の要求を承諾する。
《どうしたんですかリュウ君突然? まさか本当にお金もらって逃げちゃうつもりじゃないですよね?》
「いや、少し気になることがあるだけだ。とりあえず、今は俺に任せてもらおうか」
俺はマリオンにも少し待っているように言い、ユーティアをなだめながら奥の部屋へと移動する。
そこは倉庫代わりに使われている狭い部屋。
用途不明のミラージュの発明が散乱している。
「ここなら邪魔は入らなそうだな」
俺は部屋の内側から扉の鍵を掛けた。