第159話 破邪の光炎 3
「クッ……忌々しいクソジャリめ! でもこれで終わりじゃあないよ! お前の魔力が尽きるまで持久戦といこうか!!」
カーラがパチンと指を鳴らす。
すると先程開いたゲートから、さらに魔族が続々と這い出てくる。
その数およそ六匹。
「な……どうなってんだあのゲートの先は! 魔族の巣とでも繋がってんのか!?」
「ミスシェルバーン、このまま魔族を相手にするよりもカーラを先に倒すべきだ! でなければカーラはまたさらに援軍を呼ぶ可能性もある!」
俺と背中を合わせざまに、ライアスは危機感を露にする。
「んなこたぁわかってんだよ! だがカーラを倒すのは容易ではない。その方法を今考えているところだ!」
言われるまでもなく、本来優先して倒すべきはカーラだ。
だがリッチと同等の不死性を得た今のカーラ相手では、生半可な魔法では通用しない。
中途半端な威力の魔法では蝙蝠化して逃げられるのがオチだ。
かといってここで「超極百爆封神環」級の魔法をぶっ放すわけにもいくまい。
「カーラのユニオン──バンパイアには詳しいのだろうミスシェルバーン? ならそのバンパイアの弱点となるものに心当たりはないのか? ユニオンは力を得る反面弱みも受け継ぐケースがあると聞く。カーラのように魔物の性質を獲得するタイプなら、なおさら当てはまる可能性が高いと思うのだが」
「弱点ねぇ、日光を当てれば倒せないまでも弱体化はさせられるかもな。だがすでに日は沈んでいる頃だ。まさかこの時間帯を選んだのが裏目に出るとはな。他には聖水とか十字架とか聖なる力にも弱いはずだが……」
俺は恨めしそうに天井を見上げる。
昼間ならここを破ってカーラに日光を浴びせることもできただろうに。
「天の火輪に聖なる力……か。試してみる価値はあるかもしれんな。ミスシェルバーン、すまないがしばしの間だけ私の周りの魔族を相手してもらえるか?」
ライアスはそう言うと前屈みになり剣を二本とも床に突き立てる。
「あら、もしかして降参かしらルーンフェルグ? いいわ、アタシに忠誠を誓い、今後餌の調達に協力するというのならオマエだけは助けてやらなくもないわよ? 手始めにそこのクソジャリを殺して、オマエの父親と拾ってきたゴミも殺したら認めてあげるわ! さぁやってごらんなさいな! その善人ヅラを剥ぎ捨ててね! キャッハハハ!!」
「ミスランダリア! 貴女の目論見がどうであれ、ランダリア家の融資によって父が救われたことは事実。それは感謝している。だが多くの人々を殺めた罪はエクシードとして見過ごすことはできない! 王国の法に従い、第三等位エクシード、ライアス・ルーンフェルグがここに裁きを下す!!」
ライアスは剣を握った状態のまま低く構える。
そして同時に白い炎がその全身を包み始める。
『 聖・光 耀 羽 撃 !!』
ライアスが地を蹴り床に刺した剣を振り上げる。
白い炎に包まれたライアスの体は、上昇気流に乗った鳥のように羽ばたき宙を舞う。
そして次の瞬間放たれた矢のように急降下!
荒々しくも研ぎ澄まされたその剣線は次々と魔族をなぎ倒し、そしてカーラを一刀両断した。
「ギャァアアアアアア!!!」
下腹部で上下に分断されたカーラは激声を上げながら床を転がる。
「バカ……なっ……再生しない……だって!? なぜだ!!!」
カーラは地を這いながら、切り離された下半身を信じられないといった表情で凝視する。
たしかにカーラの体は蝙蝠化も再生もする様子がない。
そしてその切断面は焼け焦げたタールのように悪臭と煙を放っている。
「我が炎は聖なる炎! 邪悪な者を打ち滅ぼす力があるのだ!!」
ゆっくりと、カーラへと向き直りながらライアスは剣を構える。
もっとも身に纏っていた白い炎はすでに消え失せ、元の状態へと戻ってはいるが。
「ぐぐぬぅ! まだ……だ! もっとだ! もっと力を貸せバケモノ共ぉおお!!!」
カーラがバシリと平手で床を叩く。
手の先から闇が伸び、その先の闇の門がさらに広がる。
「コイツを呼べばオマエらはお仕舞いだぁ! 握り潰され! 引き千切られ! 踏み散らされるがいいっ! キャッハハハ──ハァッアアアアアア???」
突然カーラの体が浮く。
いや、持ち上げられたという表現が正確ではある。
ゲートから巨大な黒い手が伸び、カーラの上半身を鷲掴みにしているのだ。
「ばっ……アタシじゃない! コイツらを倒すんだよ! よせっ! 離せ!! アタシを誰だと思って……ヒッ! やめっ!! やめろぉおおおおお!!!!」
巨大な黒い手は、絶叫するカーラをそのままゲートの中に引きずり込む。
他の魔族達も次々とゲートへと入っていく。
そして最後の魔族が消えた直後、ゲートは完全に消失した。
静寂が訪れた部屋には、ザスク達の死体と魔族の残骸だけが残された。
《はわわっ……今の腕、なんだったんですかリュウ君!?》
「俺が知るかよ! さしずめ連中の親玉じゃないか? 劣勢と見て退いたのか、情報漏洩を防ぐためにカーラを処分したのか。ま、面倒そうな奴だったから出てこなくてよかったがね」
正直俺も肝を冷やしたのだが、それはユーティアには悟られないように平静を装う。
「どうやら……終わったようだな」
残されたカーラの下半身を見つめながら、ライアスは構えを解く。
カーラの下半身はズブスブと音を立てながら朽ちるように崩れていく。
半分ヴァンパイア化しているとはいえ元は人間だ。
分断されたままで長時間生存できるとは思えない。
ゲートの先でカーラがどのような扱いをされているのかは不明だが、たとえ殺されていなくてもすぐにこの下半身と同じ末路を辿るだろう。
「しっかしお前あんな能力を隠してやがったのか? なんだありゃ? 白い炎の鳥のように見えたが? オークの村では使わなかったってことは、俺と戦った時は本気じゃなかったってことだな?」
「太陽神の力を宿す不死鳥──フェニックス。それが私のユニオンの正体のようだ。私の先祖にも同じフェニックスのユニオンが居た記録があり、私はそれを引き継いでいるようだな。それと誤解のないように言っておくと、あの聖なる炎の力は闇に近い悪しき魔物などでなければ十分な効果は発揮されない。貴女と戦った時に手を抜いたつもりはないさ。ただフェニックスのギフトの真髄は、能力所持者が死んだ後に発揮される。先祖のフェニックスのギフト所持者も戦死したことがあるそうだが、数日後にギフトの力で蘇生したそうだ。もっとも大昔の話なので、真偽は不確かだがね。もちろん自分で試すつもりもないが……」
なるほどフェニックスか。
太陽を象徴とする聖鳥フェニックスの力なら、アンデッドの不死性を無効化できても不思議じゃないか。
ま、俺は死後復活する能力の方に興味があるけどな。
もっとも本当に蘇生するのか試しに殺させてくれと頼んだところで、ライアスは拒否するだろうが。
しかし……勝利したにしては、俯き加減で淡々と答えるライアスの表情が冴えない。
「もしかして後悔しているのか? カーラを倒したことを。一応は婚約者だもんな。情が湧いているのを失ってから気付いたってやつか?」
「いや、エクシードとしての責務を遂行したことに後悔はない。だが……ふと思ったのだ。知ってのとおり私は女嫌い。だから私は最初からカーラのことを拒絶していた。彼女の外見も人格も直視しようともせず、婚約を破棄することだけを考えていた。カーラがどこで道を間違えたのかはわからない……が、私が最初からカーラと真摯に向き合っていたら、結末は変わっていたのかもしれないと思ったのだ。救えるものなら救いたかったよ。彼女もこの王国の……大切な国民の一人だったのだから」
そう嘆くライアスの瞳から、一筋の涙が零れた。