第15話 衝突 1
かなりの上流まで来ただろう。
山地に差し掛かりつつあるようで、最初はなだらかだった地形も徐々に起伏に富んでくる。
川岸には大きな岩が点在してきて、ユーティアの小さな体で昇ったり降りたりしながら進む必要が出てきた。
「この先……のはずです」
ユーティアは立ち止まって仰ぎ見る。
切り立った岩肌と岩肌の間を、高さ2、30メートルはあろうかという針葉樹が覆い茂っている。
川はその谷間へと続いていた。
しかしその奥は密集した木々によって、昼間だというのに暗く淀んだ空気が支配している。
《なんだここ? 不気味すぎるだろ。だいたい本当にこんな場所に砦があるのか? すでに人が往来するような道すら無いんだが?》
「砦はこの森の北側と東側の経路を連絡する形で作られていますから。ただここからだと南から進んだ方が早く到着できるはずです。その分安全性は落ちますが……」
物騒なことを言いながら、ユーティアは慎重に歩き始める。
もうこの辺りだと完全にひと気はない。
悲鳴を上げたところで誰も助けにはこない。
そもそも年頃の少女が一人で来るような所ではないのだが。
川の流れる音が反響する木々の合間を、黙々と進む。
腰の高さまである草と輪切りにすればテーブルに使えそうな太さの木々が障害物となり、なかなか思うようには進めない。
それに昨晩大雨でも降ったのだろうか?
湿った地面がぬかるんでいて、随分と歩きにくい。
そんな森の中を悪戦苦闘しながら15分ほど進んだ後、ユーティアは歩みを止める。
「あ……あれですきっと!」
谷を抜けると開けた場所があり、木製のログハウスのような建造物がいくつか見える。
放棄されてからそれほどの年月は経過していないはずだが、すでに蔦やら苔やらで覆われ半ば森と同化している。
砦っていうと堅牢な石造りの要塞みたいなのを想像するんだけど、こちらはかなり簡素な造り。
元より一時的な脅威に対する簡易的な施設として設置されたのだろう。
ゴブリンは……見当たらない。
夜行性だっけか?
さらった奴らはともかくとして、基本的に昼間は寝てるんじゃないのか?
ちなみに俺もわずかにだが眠気を感じてきた。
どうやらこの状態でも睡眠は必要らしい。
とはいえここで俺が寝れば、ユーティアは真の意味で孤立無援となる。
さすがにそれは危険すぎるので、お昼寝は後にするしかないだろう。
ユーティアは慎重に、遠巻きに様子を窺いながら砦に近づいていく。
最寄りの建物に到達し、窓から中を覗き見るがもぬけの殻だ。
積もった埃と天井から漏れた雨水で荒廃した室内。
《人はおろかゴブリンが住んでいる形跡すら無いな。当てが外れたんじゃないか? 諦めて帰ったほうが──》
「キャー!!」
と突如に、静寂を切り裂くように女性の悲鳴が聞こえた。
「ロー──」
《大声を出すな!!》
反射的に叫びかけたユーティアを俺は一喝する。
《ここが敵地だと忘れたか? 大声を上げるなど言語道断! もちろん走るのも禁止だぞ!》
ユーティアは両手で自分の口を塞いだまま俺の命令にコクコクと頷く。
《んで、あの悲鳴の主がローザって女で間違いないのか?》
ユーティアはコクリと大きく頷いた。
やれやれ、タイミングよくイベントが発生してしまったもんだ。
しかも早急に解決しなけりゃならない緊急イベント。
ゲームだったら画面の上に残り時間が表示される系のな。
ユーティアは焦りながらも慎重に、木々に身を隠しながら進む。
砦は巨大なすり鉢状になっていて、その中心部を川が突っ切っている。
悲鳴はまだ断続的に聞こえる。
発生源はおそらくこの砦の中央付近だ。
「リュウ君ほら……あそこですっ!」
ユーティアは一際大きな木の陰に身を隠し囁く。
この砦の中心部分は広場になっていて、そこにその女性は居た。
ユーティアより幾分年上だろうか。
チェリーブラウンのカールのかかった長い髪に、ユーティアと同じ軽装型の修道服。
目立った外傷は見当たらないものの、争った跡か衣服は所々切り裂かれている。
そして彼女の周囲には小柄で黒ずんだ肌をした生き物──ゴブリンが五匹。
ゴブリン達は奇声を発しながら槍やら短刀やらを振り回して、ローザを弄んでいるように見える。
ローザの背後には川が流れており、ゴブリンによって逃げ場のない地形に追い詰められているって状況のようだ。
ゴブリンが五匹──
想定よりは多いな。
だがいずれもこちらに背を向けていて、かつローザに意識が向いている。
背後から不意を突いて混乱させることができれば、その隙に救出するという方法も無くはな────
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「……君! リュウ君!」
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「……聞いていますか? リュウ君!?」
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「あ……あの、言いたいことはわかります。こんな状況は危険すぎるから助けるのは無理だって言いたいんですよね?」
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「でも、私はこんな、目の前で親友が襲われているのに、それを見捨てるなんてできません!」
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「幸いここは地形が複雑ですし、それをうまく利用すれば救出方法もあると思うんです」
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「り……リュウ君! 私の話聞こえていますか?」
《駄目だ!!!》
俺は冷徹に、問答無用とばかりに語気を強めて大喝する。