第155話 深く静かに潜入せよ 2
扉の中はそれなりの広さがあった。
天井にシャンデリアがあるものの、燈されている灯りが少ないため室内は薄暗い。
予想外に家具は少なく、部屋の奥中央に大きなベッドが置かれている程度だ。
しかしこのベッドがかなり大きく、キングサイズのベッドよりもさらに巨大な特大サイズ。
ここは……なんのための部屋なんだ?
「むっふふ~待ちわびたよ~ん! おにゃのこたち~!!」
────驚いた!!
誰も居ないと思っていたのだが、一人の男がベッドから起き上がるとぴょんぴょんとベッド上を飛び跳ね俺達の前に着地する。
「僕ちゃんこそがチュパパ御殿の主のチュリス! チュリスパパって呼んでね! 面接は僕ちゃん一人でやっちゃうので、よ・ろ・し・く~!!」
そう言いながら男は脂ぎった頭皮を薄闇でテカらせる。
チュリス──目の前の中年男性は、たしかに晩餐会で見た低身長でバーコード頭のメタボオヤジと同一人物。
つまりここはチュリスの寝室だったってことか?
いや、奴は面接をすると言っていた。
ということはここは面接会場というわけか?
守衛が迅速に俺達の情報をチュリスに伝えたということなのだろう。
しかしこの部屋ベッドしかないぞ?
おまけにチュリスはパンツ一丁である。
こんな状況で面接というのも……
とそこで、俺はここが娼館であることを思い出す。
《ああ……なるほど、そういうことね》
「チュパパ御殿は実力主義! というわけで、合否は実技試験で判断されまーす! 気に入ったおにゃのこは僕ちゃんのハーレムに入れてあげるから、みんながんばるんだぞぉ~!!」
涎を垂らしながら俺達を物色し始めるチュリス。
ありがちな話である。
つまりまずは自分が味見するということなんだろう。
《どーする? ここで締め上げてカーラのことを吐かせるか?》
「まぁ待つのじゃこわっぱよ。チュリスは見ての通りの女好きだが、それは言い換えれば女性に対する執着が強いということでもある。そして晩餐会での入れ込みようを見てもわかる通り、ランダリア嬢に対しては信仰に近いものを持っているようじゃ。簡単に口を割るとは限らん。今は奴のペースに合わせて情報を引き出したいところじゃ。皆もよいな!」
ミラージュはチュリスに聞こえないように残りの三人に囁く。
しかしこいつから情報を引き出すといったって、この面子だぞ?
俺は不安しかないんだがね。
「んおおっ?? おみゃあは晩餐会でルーンフェルグの恋人言われてたおにゃのこやん! というかこっちもその時にいたおにゃのこやん! どーいうこっちゃ~??」
チュリスはユーティアと、そしてミラージュを見てただでさえデカい口をポカンと開ける。
やはり気付かれたようだ。
ライアスを女装させたものの、他は変装してないからな。
まさかチュリスに面接されるとは思わなかったので、そこまでの用意もしていなかったのだ。
「え……と、これには事情がありまして……」
「妾が説明しよう! この娘がライアス坊やの恋人だったのは昨夜までの話。晩餐会の後でこの娘はライアス坊やに捨てられたのじゃ! どうやら坊やの性癖は常軌を逸脱したレベルであったようじゃの。奴め、もはや人間の女では満足できぬ! これからは獣の時代だなどと叫びながらマッパで森に駆けていったそうじゃ。未来の夫を失い悲嘆に暮れるこの娘を助けるために、妾はこうして共に新しい稼ぎ口を探している最中というわけなのじゃ!」
「なっ! なにを言っている!!」
ライアスはミラージュの説明に眉を吊り上げ両手をワナワナと震わせる。
だがここで正体がバレれば全てが水の泡。
それをライアスも理解しているからであろう。
感情を押し殺すように口を閉ざす。
「な……泣ける話やぁ~! よし、昨晩のことは水に流す! カワイイおにゃのこなら誰でもウェルカム! がんばって働くんだぞぉ~!!」
バカなのか単純なのか、ミラージュの嘘を鵜吞みにして感涙するチュリス。
まぁおかげで助かったけどな。
「んで~も、面接は厳正にやるかんね! なんせ僕ちゃんは四人同時でもぜんぜ~んオーケ! と、おおっ! こっちのおにゃのこは僕ちゃんの好みだぞぉ~! 僕ちゃんは背が大きくてボインボインなおにゃのこが好みなのだぁ! カーラ様ほどじゃな~いが、見込みがあるぞチミ~!!」
チュリスの口からカーラの名前が飛び出す。
ここはうまく話題を繋げて探りたいところだ。
だが問題なのは、チュリスの標的になったのがライアスだというところなのだが。
ライアスは体をくねらせながら纏わりついてくるチュリスに眉間をヒクつかせる。
「カーラ……様をご存知で? 私はカーラ様と旧知の間柄。しかし昨晩から行方知れずになっていると聞いて……心配しているのですが、もしや行き先をご存知では?」
「カーラ様の行方とな? はてさて、知っているような知らぬような~、僕ちゃんを気持ちよーくさせてくれたらひらめいちゃうかもしれんぞ~! ほれほれ~!!」
チュリスはライアスに抱き付きながら慣れた手付きで尻をまさぐり始める。
ライアスはその行為に唇を血が出るんじゃないかってぐらいに噛みしめて耐える。
その光景は子供が大きな猫と勘違いしてライオンに抱き付いているようなもの。
次の瞬間チュリスが絞め殺されるんじゃないかと、見てるこっちがハラハラする。
「チュリス殿、カーラ様の居場所を……」
「う~んわかったぞぉ! キスしてくれたら教えてしんぜよう! とっびきりにあっつーいディープなやつを! ほ~ら! ぶちゅー!!」
ライアスの体をよじ登り、キスを迫るチュリス。
だが次の瞬間、何かが切れる音がした。