第153話 虚構女子 2
《だ……誰だコイツ?》
目の前に現れた女性は、絶世の美女だった。
長い銀髪は後ろで三つ編みに纏められ、細い目はメイクでぱっちり整ったアーモンドアイに。
さらにラズベリーのように瑞々しいリップカラーと、白い肌に調和するローズピンクのチーク。
艶やかな容姿に適度にエキゾチックな色香が加味されたその姿は、気を抜くと見惚れそうな程である。
もちろん身長は高いまま。
だが胸や腰にかなりの詰め物をしているため、むしろそのグラマラスなスタイルの再現に一役買っている。
そして男だとバレないギリギリまで胸元が開いたラベンダーカラーのパーティードレスは、目一杯に洒落込んだ当人の上品さとエレガントさをさらに引き立てている。
「妾自身も仕事柄変装することもあるでな、化粧道具も豊富に揃っているし貸衣装もすぐ調達できたのじゃ。そのおかげでこのハイクオリティな女装が実現できたというわけじゃな。存分に褒め称えるがいいぞ! んなーはっはっはあ!!」
「わたしお姉ちゃんが欲しかったんだよね! ライアスお姉ちゃんて呼んでいーい? ね、いいよね! ライアスお姉ちゃ〜ん!!」
「もう……いっそ殺してくれ」
ウキウキのミラージュとマリオンとは対極に、ライアスはお通夜のようにゲンナリしている。
相当精神的に参っているようだ。
とはいえこれで役者は揃った。
心置きなくチュパパ御殿へと向かうことができるわけだ。
そしてその日の夕刻。
俺達はメイオズ地区南部の繁華街へと赴いた。
この辺りが賑わい出す頃合いがよいだろうとのことで、この時間帯となったのだ。
まだ日は沈み始めたばかりだが、すでにかなりの人出があり活気づいてきている。
この地域の建物は和と中華の様式を折衷したような木造建築となっている。
さらに軒下に連なる丸い赤提灯に、立ち並ぶ店屋から漏れる目映いほどの店舗照明。
遊郭を思い起こさせる情景だ。
ひっそりとこぢんまりと運営されていたリムファルトとは違い、王都ではこの手の産業も大衆文化として根付いているようだ。
チュパパ御殿もすぐに見つけることができた。
繁華街の中心地。
城のような大きな建造物がそれだ。
城といっても朱色で彩られたその中華風の建物は、宮殿と形容する方がしっくりくるが。
その正面入り口。
象が二頭並んで入れるほどの大きな門の中へと向かって、鼻の下を伸ばした男達が次々と入っていく。
どうやら早くも繁盛し始めているようだ。
「実は午前中にニャーコと失踪事件の追加調査をしたのじゃがな、この辺りでも昨夜失踪事件が一件起こっておるのじゃよ。もちろんただの偶然かもしれぬが、それがココに目星を付けた根拠の一つでもあるんじゃよ」
そして昨晩カトラ地区では失踪者は居ないこともミラージュは付け加えた。
カーラの居場所と失踪事件が連動していると仮定すれば、確かに怪しさは一段と増す。
としてもだ、居場所を変えてもなお人を攫うカーラの目的はなんだ?
なんの利益があるというんだ?
まぁ……犯罪者の動機など知る由もないか。
考えるだけ無駄ということなのかもしれないが。
「このおっきーお城の右の奥のほーに、別の入り口があるみたいだよ! さっすがポチ! お手柄なのです!」
マリオンはいつの間にかポチを探索に出していたようだ。
戻ってきたポチのジェスチャーで、ポチからの報告を読み取る。
もちろん正面の入り口は男性の客用。
従業員に扮した俺達が、そこから入るわけにはいかない。
おそらくその建物脇の入り口が、従業員通用口なのだろう。
「楽しみだね、早く行こティア!」
「はわっ! 引っ張らないでくださいマリー!」
マリオンは遊園地のアトラクションに並ぶ子供のようにはしゃぎながらユーティアの手を引っ張る。
この施設が何をするところなのか、まだイマイチ理解していないようだ。
そして一方のユーティアの足取りは重い。
なんとも自信なさげだ。
《わかっているとは思うがユーティア、くれぐれも怪しまれないよう振る舞えよ。男に媚び諂う淫婦を見事演じてみせよ!》
「無茶言わないでくださいよ! そこまで言うならリュウ君がやればいいじゃないですか!」
ユーティアはヤケクソ気味に反論する。
もちろんそうしたいのは山々。
だがそれはまたしてもミラージュに止められているのだ。
粗暴な振る舞いをする俺が出てくると怪しまれるとかなんとか。
「……………………」
「ほれ何をしておる坊や! 妾達も後に続くのじゃ!」
そしてライアスもこの期に及んで気乗りしないようだ。
黙して突っ立つライアスを、ミラージュが半ば引きずるようにして引っ張っていく。
こんな調子で役に立つのかねこいつは?
俺は早くも不安になってきた。