第151話 蚊帳の外 3
「いい加減にしたまえ!」
場にそぐわぬ凜とした声を発し、ライアスが立ち上がる。
「エクシードの命令は絶対! これは貴殿も承知しているだろう? これ以上の反抗は王国への反逆とみなし、捨て置けぬぞ! この事件のことは我々に任せてもらおう!」
だが突然のライアスの乱入にも、ザスクは臆する様子は無い。
ライアスの胸の十字勲章を胡散臭そうに眺めると、今度はライアスを睨む。
「エクシード様はどいつもこいつも無能なクセに偉そうなこったな! たしか今後はエクシードだけで捜査するって話だったが、ならアンタは何か掴んでるのかい? 俺ァもうすでにかなり核心に迫ってるんだぜ? たとえば黒幕はおそらく……カーラ・ランダリアとかな!」
「うっ……それは……知っている」
いたたまれない気持ちになったのか、ライアスは右手で目を覆う。
ザスクにしてみれば、自身の有用性を示すためにあえて極秘情報を開示したのだろう。
しかしまさかそのカーラの婚約者が目の前に居ようとは思うまいよ。
内情を知っている者からすると、なんとも笑える状況となってしまった。
「おんや? 嘘をついているようには見えんな。だがそのカーラは昨晩から家に帰らず姿をくらませている。そのことは知らねぇだろ?」
「それも知っている。オレは昨晩からカーラ宅を見張らせているが、本人はおろか人が出入りしている形跡は無い。家宅捜査の令状も現在申請中だ」
今度はギルがザスクに答える。
令状申請の件は、今日の朝一で申請すると俺も昨晩ギルから聞かされている。
ただ俺が暗闇でカーラを見たという証言だけでは、令状は下りない可能性が高いとは言っていたが。
「ぐぬぅ! だがカーラの新しいアジトまでは知らねぇだろ! これは今朝掴んだばかりの最新情報だからな! さぁ、おまえらエクシードがカーラを探し出すのに何カ月かかるかなぁ? その間に何人犠牲になるかなぁ? 俺に頼った方がいーんじゃねーのか? ぁああ!?」
ザスクはギルとライアスの顔を交互に覗き込む。
二人共に口をつぐむ。
さすがに今のカーラの居場所までは知らないようだ。
だがここで、今度は俺が立ち上がる。
「なにを言い出すかと思えば、潜伏場所を見つけただけではしゃぐとはずいぶんとオメデタイ奴だなお前は! そんな場所、俺は昨晩のうちに突き止めてるぜ! つまりお前より先んじているということだ! だが……問題なのはその場所への潜入方法だろう? 簡単に入れる場所じゃあないし、お前じゃあそこに潜り込むのは無理だろう? だから諦めて帰れと忠告してるんだ! 人の善意はありがたーく受け取るもんだぜ?」
「な……なんだこの偉そうなガキは!?」
どうやら俺はただの茶汲み係とでも思われていたようだ。
そんな俺が乱入したもんだから、ザスクは一瞬怯む。
だが次の瞬間には左目をギョロリと見開くと、射殺すような視線を俺に向ける。
「なるほど……そっちにも情報屋がいるってわけかい! どうりで色々と知ってやがったわけだ! だが心配無用よ! たしかにあの場所の深部には女でなきゃ入れねー。だが警備の連中だけは例外だ。そしてその警備を請け負っているメイオズ商会には、俺様はコネがあるのよ! 覚えておくんだなガキ! 上手に世渡りするには情報だけじゃなく、幅広い人脈と弱みを握ったお偉いさんの数がカギを握るってことをな!!」
そう捲し立てると、ザスクは部屋の入口へ向けて歩き出す。
「うまくいきゃ今日中にでもカーラを取っ捕まえて、無理矢理にでも洗いざらい吐かせる手筈で事は進んでんだよ! 俺ァ勝手にやらせてもらうし、賞金もキッチリいただくからな!!」
そして一度だけ振り返りそうギルに言い連ねると、今度こそ部下を引き連れて出て行った。
俺はソファに座り直すと茶をすする。
「狡猾老獪は俺も目指すところだが、しかし品性も大事だと思うわけよ。ああはなりたくないもんだねぇ」
どうやら彼は良い反面教師になりそうだ。
俺はああいう大人にはなるまいと固く心に誓うのであった。
「それよりも貴女……本当か? 現在のカーラの居場所を知っているのか? なぜ黙っていたのだ?」
「は? 知るわけないだろそんなもん! だが迅速に姿を隠したカーラが、誰でも入れるような場所に居るわきゃあるまい。だから鎌を掛けてみたんだよ。そしてマヌケはまんまと騙されたようだぜ? そして言わなくていい情報まで提供してくれた。これで標的はかなり絞られただろ? ああいう輩はな、自分がイニシアチブ取ってなきゃ気が済まない生き物なんだよ。だから先を越されてると知ると、隠さなきゃいけない情報ゲロってまで自分を大きく見せようとしちまうんだ。バッカだねぇ〜俺の手の平の上で踊らされてるとも知らずに!!」
俺はあっけらかんと答える。
ライアスもギルも、その時初めて理解したとばかりに息をのむ。
「ってことはお嬢は情報を引き出すためにザスクを謀ったってのか!? なんて機転の利く奴だ! やっぱりお前はたいした奴だよ!!」
ギルはガッハハと腹を抱える。
「さてと、ここまで尽力した俺を、まさか除け者になどしないだろうな?」
俺はニヤリと微笑み返した。