第143話 Ah! I'm Goddess 1
《な・ん・で・こうなるんだよ!!》
俺は烈火の如くに怒りを爆発させる。
カトラ地区の王都中心寄りの地域。
豪邸が建ち並ぶ高級住宅地の中でも、ひときわゴージャスな造りの大豪邸。
その中に今俺達はいる。
ルーンフェルグ家の微笑ましい家庭環境を聞いてから一夜明け、特に失踪事件捜査の進展も無い中連れてこられたのがこの建物。
かつては一代で財を築いた大富豪コルネルの邸宅だったものが、彼の死後王国に寄贈されたものなのだとか。
社交的な性格だったコルネルは、自宅で大規模なパーティーができるよう建物内に巨大なホールまで備えた。
今では主に催事場や結婚式場として使われているらしい。
そして今夜は上流階級の晩餐会が催されている。
ホールは小劇場ほどの広さがあり、各所に据えられた丸テーブル上には様々な豪華料理が並ぶ。
すでに30名近くの参加者が集まっていて、そこかしこで談笑に花を咲かせている。
いやそんなことはどうでもいいのだ。
問題なのは、俺達がここに来た理由である。
「リュウ君どうでしょう? 変じゃない……ですよね? よね?」
ユーティアは先ほどからしきりに、ホール隅の壁に埋めこまれた鏡に身を映してはそう聞いてくる。
不安そうな言葉とは裏腹に、嬉しそうな笑みを浮かべながら。
今ユーティアが着ているのは、この会場で貸し出された純白のドレス。
シルクのような光沢のある生地、そして胸元に宝石が散りばめられたそのドレスは、一般人ではちょっと手が届かないレベルに値が張りそうな代物に見える。
おそらく人生で初めて高価なドレスに身を通したユーティアは、魔法使いにドレスとガラスの靴を与えられたシンデレラのように舞い上がっているのを隠しきれないでいる。
《どーだっていいんじゃないか? 似合っているかなんて》
「そうはいきませんよ。フリとはいえライアスさんのその……こ、恋人になるわけですから、その役に恥じないよう振る舞わないと」
《だ・か・ら! それが嫌だって言ってんだろうがぁああ!!!》
俺はまたしても激憤する。
今回の晩餐会には、カーラも参加予定なのだとか。
つまりこの場でライアスに恋人がすでにいることをアピールすることによって、カーラに身を引かせるという作戦。
それを勝手にやってくれる分にはいいのだが……
《だいたいなんで俺達がライアスの恋人役などやらにゃならんのだ! マリオンにでもやらせておけばいいだろう! あの恋愛脳女なら喜んでやるだろうよ!》
「そりゃ私だって自分がライアスさんに釣り合うとは思いませんが、多数決で決められてしまっては仕方がないですよ。せめて見苦しくないように務めたいのですが、ドレスコードとしてこれが適切なのかも私の乏しい知識では計りかねます。リュウ君はどう思います?」
ユーティアは不安そうに尋ねてくるが、そんなもん俺だって知らんよ。
ただ場内に続々と入ってくる金持ち共は、ゴテゴテとデカい宝石の付いたドレスやら派手な色のスーツやらと好き勝手に着飾っているように見える。
ユーティアの装いはむしろ無難な方だろう。
目立つ要素があるとすれば、それはユーティアの年齢だ。
他の参加者は成人、しかも年配者が多い。
若く小柄童顔のユーティアは明らかに浮いている。
だから俺もせめてマリオンにしろと主張したのだが、ミラージュとグルード、そして当のマリオンの三人多数決でユーティアが推挙された。
これは単に面倒事を押し付けられただけではないか?
出来心でライアスに同情したばかりにコレである。
やはり見捨てるべきだったと今更ながらに後悔する。
「なにを言っておる、似合っておるぞユティ! まるでどこぞの姫のようじゃの!」
「遅くなってゴメーンね! なかなかわたし達に合うドレスがなかったんだよね〜」
ミラージュと、それに続いてマリオンもホールに姿を現す。
ミラージュは袖がレースの黒のドレス。
マリオンは胸元が開いたバーミリオンカラーのドレス。
10歳児に巨乳という二人の特殊体型。
フィットするドレスが少ないのも、まぁ当然といえよう。
「聞いてティア! ペット禁止だからポチは入っちゃダメって言われたんだよ! だからわたしはきゅーきょポチのマフラーモードを編み出したのです! どう? カワイイでしょ?」
マリオンは首に巻いた黒い布地をヒラヒラなびかせ見せてくる。
言われるまで気付かなかったが薄くペタンと潰れたそれは、たしかにポチだった。
しかし猫のマフラーとは、倫理的に別の問題が発生しそうではあるが。
「わかっているとは思うが、表に出てきてはいかんぞいこわっぱよ? ユティには坊やの恋人を演じてもらわなければならんのじゃ。ランダリア嬢はもちろんこの晩餐会の参加者にもそう思い込ませねば意味が無い。こわっぱが出しゃばって雰囲気をぶち壊しでもしたらお仕舞いじゃからの! それとも……こわっぱも坊やといちゃつきたいかのぉ?」
ニヤリと笑いながら身の毛のよだつことを言いだすミラージュ。
端から関わるつもりもないが、そう念を押されるとなおさらに願い下げだ。
《安心しろ、頼まれても出たりはしないさ! それより当の本人が見当たらないようだが? お前達は勝手に話を進めていたが、俺はもちろんライアスもあまり乗り気ではないようだったぞ。怖気づいたんじゃないだろうな》
ライアスは幾度もカーラにこの手のパーティーに出るよう促されていたようだ。
もちろん婚約者として周囲に知らしめるのがその目的。
その度にライアスはエクシードの任務で都合が付かない等の理由で断っていたようだ。
しかし今回はこの作戦のために急遽出席するとの返事を出した。
しかしこんな雑な計画がうまくいく保障も無い。
尻尾を巻いて逃げ出しても不思議じゃあない。
「ここに来る前に寄る場所があると言っておったからの、ほどなく来るじゃろうが……と、噂をすればじゃ、おいでなすったようじゃぞ!」
ホールの入り口がわずかにどよめくと、直後にライアスが姿を現した。