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第140話 非家族会議 2

 狭く暗い室内の廊下は、歩いただけでミシミシと音を立て軋む。

 廊下の隅には酒瓶が転がり、家中に酒の匂いが漂う。

 ライアスの親父ってのは、よほど大酒飲みのようだ。

 短い廊下の突き当り、おそらくこの家の一番奥の部屋に通される。


 これまた狭く暗い部屋の中央には長方形の机。

 机の両脇には木製の古い椅子がそれぞれ二脚ずつの計四脚。

 入口寄りの椅子にはライアスとミラージュが、奥の椅子には俺とマリオンがそれぞれ座る。

 グルードは机中央のランタンを灯すと、部屋入口近くにあった木製の樽をライアスの右側へ移動させて腰掛ける。


 樽の中からタプンタプンと液体の揺れる音がする。

 まさか……コレにも酒が入っているのか?


「さて……どこから話したものか」

 ライアスが難しそうな顔をしながら切り出す。

 だが俺はそれを遮るように挙手して割り込む。


「ハイ! ハーイ!! 最初の議題は、この坊ちゃんが俺達を騙してゾンビ山に向かわせた殺人未遂罪についてがいいと思いまーす!」

《……この流れでそれ蒸し返しますかリュウ君?》

 ユーティアは呆れた様子で嘆く。


 しかし当然ではないか!

 ライアスのせいであんな悲惨な目にあったのだ。

 土下座でもさせにゃ俺の気が収まらん!


「そうだな、まずはそのことを謝罪すべきだったな。話はラトルから聞いている。もちろん故意ではないから騙すつもりなどなかったのだが、それでも私の落ち度だ。ここに謝罪させてほしいミスシェルバーン、ミスミューズライト」

 ライアスは立ち上がると、深々と頭を下げて謝罪する。


 う~む正直なところ、ライアスがここまで素直に謝るとは予想外だ。

 悪態の限りを尽くしてやろうとむしろ胸を膨らませていたのに、興が削がれるではないか!


「まぁいいじゃんリューちゃん。楽しいこともあったしさ! ラトルちゃんと一緒に温泉に入ったり、ラトルちゃんがティアに告白したりとかね! きゃー! いま思い出してもハズいー!!」


「ラトルが告白──だと!?」

 マリオンのその一言にライアスがビクリと反応すると、腰を折ったまま正面の俺の顔を見る。

 額に青筋を立てたその形相は、さながら鬼のようであった。


「ラトルが……こんな得体のしれない女に告白? バカな! それに一緒に温泉だと? 色香で清浄無垢なラトルに付け入り(そそのか)したということか! 許せん! この色情狂め!!」

 バンと机を叩きながら逆に俺を罵倒し始めたライアスは、今にも飛びかかってきそうな勢いである。


「チッ! なんで告白された側の俺が責められるんだよ? だがまぁ安心しろ、ちゃんとフッておいたからな。俺がラトルと付き合うことはないさ。大切な弟が寝取られなくてよかったな坊ちゃん?」

「なんだと……さんざんラトルの心を弄んだ挙句、そのラトルの純心をないがしろにして捨てたというのか!? 血も涙も無い悪魔め! もはや生かしておけぬ!!」

 バンバンとさらに机を叩きながら、爆発寸前の火山のように怒り心頭の坊ちゃん。

 まったくどないせーちゅーねん!!


「それぐらいにしておけ坊や。話が進まんじゃろうが。ほら座らぬか!」

 ミラージュがそんなライアスの横っ腹をボコボコとパンチして黙らす。

 

 ライアスもそれで我に返ったのか、ゴホンと一つ咳払いして椅子に座る。

 ただ俺を睨む目はまだそのままに。


「さてもう面倒なので妾から話すぞ。事件の依頼主がこの坊やだということは先程説明したな。実はな、坊やには今回の件の首謀者に心当たりがあるんじゃよ。そこで妾に調査の協力を申し出たというわけじゃ。首謀者と思しき者の名はカーラ・ランダリア。この坊やの許嫁じゃ」


「……………………はい?」

 情報量が多いな。

 黒幕がおよそ特定されているというのも初耳。

 しかもそいつがライアスの許嫁だと?

 話飛びすぎだろそれ。


「言っておくが、もちろん私は本意ではない。あんな強欲で狡猾で性根の腐った女など……」

「いかんいかん、坊ちゃんはこの手の話になると頭に血が上ってしまうべ。ここからはオラが説明させていただくべぇよ。一通りのあらましを話すんでちと長くなるだべが……」

 ということで、愚痴をグチグチ言い始めたライアスに代わってグルードが話を引き継いだ。


「御覧の通り、今でこそ落ちぶれてしまってますが、ルーンフェルグ家といやぁ本来は名家なんだべぇよ。もちろん王国は実力主義。ここでいう名家とは、魔力が高い血統という意味だべ。必ずしもではないだべが、魔力というのは血筋の影響を色濃く受けるもんだ。特にルーンフェルグは突出した魔力の持ち主が多く、数々のエリート騎士を輩出した名門中の名門だったべよ」

「だった……と過去形なわけだな?」

 俺の確認にグルードはうなずく。


「坊ちゃんのお父上のアルトレス様は、元来の魔力に恵まれず、そしてその……ちょっとばかりの怠け癖があったもんで騎士としては大成できなかったべぇよ」

 一瞬口籠もったあたりに、言葉を選んだグルードの配慮が窺える。

 そのアルトレスはよほど自堕落な性格だったのだろう。


「もちろんだからといっていきなり没落したりは普通しないでさぁ。いくら名家の血筋といえども魔力の発現には振れ幅があるのは当然。適性が噛み合わない時もあるべぇ。積み重ねられてきた名誉と財産はそう簡単には崩れないもんだべよ。ただアルトレス様がメライザ様とご結婚されてから、全てが悪い方へと転がっていったべよ」

 そこまで説明したグルードがライアスの顔をチラと見る。

 プライベートな話をこれ以上続けていいのかという意思確認なのだろう。

 ライアスは目を瞑り黙って頷く。

 それを容認と判断し、グルードは話を続ける。


「当時肩身の狭い境遇に(さいな)まれていたアルトレス様は、自由奔放な性格のメライザ様にいたくご執心だったべよ。そして周囲に反対されながらも身分の劣るメライザ様とご結婚されたんだべ。そしてメライザ様に勧められるまま、次第にギャンブルにのめり込むようになっていったべ。今までの憂さを晴らすように、徐々にレートの高いハイリスクなものにまで手を出すようになったべさ。でも結果は散々。気付いた時には財産も土地も家も手放す事態にまで追い込まれたんだべぇよ。しかもさらに最悪だったのが……」


「仕組まれていた……か?」

 やや当てずっぽうで言ってみたのだが、しかし的を得てしまったようだ。

 グルードが苦虫を嚙み潰したような表情で頷く。

「さすがはユーティアちゃん、ご明察だべ。後で判明したことだけんど、メライザ様はそのギャンブルの元締めの親族だったべよ。最初からルーンフェルグ家の財産が目当てでアルトレス様に近づいたんだべ。そして根こそぎ奪った後はアルトレス様と当時まだ幼かったライアス坊ちゃんを捨てて離縁。それ以降二度と顔を見せることもないべよ」


 なんとまあ、絵に描いたような転落人生である。

 しかし坊ちゃんの女嫌いの原因はなるほど……これか。


《そんなの詐欺ですよ酷すぎます! 少しでも取り戻すことはできないんでしょうか?》

「ま、無理だろうね」


 強制されたわけでもない。

 そそのかされたとはいえ自分から賭けた金だ。

 元締めが不正をしてる可能性は高いが、今からそれを証明して取り返すのは不可能だろう。


「でもさ、お金なくなったのにグルードちゃんはライアスちゃん達のお世話係続けてるんだね。ずーっと?」

「もちろんだべ! 戦争で国を追われたオラの両親をアルトレス様が雇ってくれたからこそ、今のオラがあるだべよ! 金が無くなっても恩は消えないもんだべ。それにオラ自身も幼い頃から坊ちゃんに散々助けられてきただ。だからこうしてルーンフェルグ家の名誉を取り戻すべくお手伝いさせていただいてるべよ!」


 先程の話の登場人物がクズすぎたせいだろうか。

 そう語るグルードが、まるで聖人のように感じられるのは。

 いや……気のせいだよな?


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