第135話 情けは人の為ならず 1
「だーかーらー悪かったって!」
俺はミラージュに詫びを入れて、爆殺だけは免れることができた。
猫の中で爆死。
異世界まできてこんなマヌケな死に方では、さすがに笑えない。
とりあえずは事態は落ち着いたので今は皆でソファに座り、長机の上に並べられた総菜をつまんでいる最中である。
「ふんっ! これでこわっぱが救いようのない悪ガキということはよーくわかったのじゃ! 折を見てその腐った性根を叩き直してやるわい!!」
やれやれ、とはいえミラージュの機嫌はまだ完全には直らないようだ。
「でもま、ポチはカワイーからね! そりゃキスもしたくなるってもんだわさ!」
マリオンがポチの頬にチューする。
俺達のやり取りは扉を通して筒抜けだったようで、説明するまでもなくマリオンには一部始終伝わっていた。
そんなもんだからさらにミラージュは機嫌を損ねる。
「とはいえ、それでへそを曲げて客人を追い出しては大賢者の名折れじゃしな。二人……三人と一匹共にしばらくはここで生活するがよいぞ。どうせ行く当ても無いのじゃろう?」
《え……いいんですかミラージュ様?》
ミラージュは揚げたイモを口に入れて咀嚼すると、ゴクリと飲み込みゆっくりと首を縦に振る。
「ま、頼れと言ったのは妾じゃからな。とはいえ、ユティの今の状態……さすがの妾でも想定外じゃ。分析には時間を要するじゃろうし、正直役に立てるかもはっきりとはわからん。だが不測の事態に備えて妾の側に居るほうがよかろうて。もっとも働かざる者食うべからず! 炊事洗濯掃除、使い走りに雑務雑用、妾の仕事の手伝い等々、諸々とやってもらうことにはなるがな」
《わかりました! 慣れない土地を旅するよりもその方が私の得意分野ですので、精一杯お勤めさせていただきますミラージュ様!》
そんなユーティアの言葉を受け、ミラージュはう~んと唸るとボソリと口を開く。
「……でいい」
《え? なにか言いましたかミラージュ様?》
「だから、ミラでいいと言ったのじゃ! 一緒に住むほど親しくなるのなら、その方が短くて呼ぶのに便利じゃろう? だからといってミラちゃんはダメじゃぞ! わかっとるなニャーコ!」
「はいっ! わかりましたミラちゃん!」
「わかっとらんではないか!」
……なんだかんだいって、皆打ち解けてきたな。
俺以外は。
まぁ、俺はそもそも他人に心を許す気なんてないのだが。
「さて、ではさっそくで悪いが妾の今の仕事を手伝ってもらうとするかの」
一息ついたところで、ミラージュは座ったまま背筋を伸ばしそう切り出す。
「最近夜の街で人が──とりわけ若い女性が忽然と消える事件が頻発しておるのじゃ。昨日王都に来たばかりのおぬしらは知らぬじゃろうがな」
「う〜ん? でもきのう馬車のおじさんが夜は気をつけろって言ってたよね? これのことだったのかな?」
「うむ、その事件の調査を依頼されているんじゃがな、遅々として進まんのじゃ。なにせ妾が夜の街を歩いていると、すぐ衛兵に補導されてしまうんじゃ! 大賢者の妾を子供扱いとは、まったく無礼千万の不届き者共よ!」
腕を組んでプンスカ怒り出すミラージュの姿は、しかし駄々をこねる子供のようにしか見えない。
俺にはごく当然の対処だと思うがね。
《そこで私達も同行すれば……ということですか?》
「左様! ユティもまぁ……小柄じゃが、大人体型のニャーコも含め三人居れば補導はされまい。さすれば思う存分捜査が進められるようになるというわけじゃな!」
「ふっふっふ、来たね! マリオンちゃんのアダルトな魅力を大爆発させる一世一代の勝負時がさ! で〜も心配御無用! わたしなら普段通りに振る舞えばいいだけですから! おまかせあれ〜!」
ダブルピースでアピールするマリオン。
普段通りのマリオンか。
それはそれで挙動不審で補導されそうな気もしなくはない。
「うむ、ではさっそく今夜から調査を始めるぞい! 場所は……」
「待て!」
俺は勝手に話をまとめようとするミラージュの言葉を遮る。
「言っておくが、俺はそんな調査に協力する気なんてないからな! そもそも俺はこの王都を転覆させるためにわざわざここまで来たんだぞ? 慈善事業やりに来たんじゃないんだよバカバカしい! 俺は一人で勝手にやらせてもらうぜ!」
俺は立ち上がるとこの家から出るべく歩き出す。