第134話 十で神童 3
「さてと、たしか昨晩市場で買った総菜セットが残っておったな。こういった使い勝手の良い商品が多いのも、都会ならではじゃな。独り身には有難い話じゃ。持ってきてやるから待っているがよいぞ!」
まるで独身のOLみたいなことを言いながら、ミラージュは立ち上がる。
「あっ! キャットフードもあったらお願いねミラちゃん!」
「なんでキャットフードがあると思うんじゃ! そもそもそのポチは魔法生命体じゃから食べなくてもいいじゃろうが! あとミラちゃん言うな!!」
ミラージュはマリオン相手にぷんすか怒鳴り散らすと、キッチンへと消えていく。
うむ……そうだ閃いた!
《おいマリオン、ポチを貸してくれ!》
「うん? どーしたのリューちゃん?」
《高飛車なミラージュに一泡吹かせる妙案を思いついたんだよ。あいつが有能なのはわかったけどな、このまま主導権を握られたままというのはいただけない。というわけで、ちょっとばかり懲らしめてやるんだよ》
俺はユーティアと交代し、マリオンからポチを受け取る。
《なにをする気ですかリュウ君? 嫌な予感しかしないんですが……》
「言っておくが、俺だって10歳の子供に無茶なマネはしないさ。ただミラージュがポチを怖がっているのは見て知ってるだろう? オークの村でもオークの子供達がポチを恐れてたよな? つまりどういうわけか亜人の子供は猫が苦手らしい。つまりだ……」
俺はポチに巨大化してもらい、その中へと潜り込む。
以前マリオンがやっていたように、ポチを着ぐるみのように着込む状態となる。
「こうして巨大な猫となって、ミラージュを脅かしてやるのさ。恐怖に怯え、泣き叫ぶミラージュが目に浮かぶぜ! 多少頭が良くとも所詮は子供。自分の無力さを思い知るがいい!!」
《もう、どーしてそんなくだらない悪知恵が働くんですか!? やめてください! まるで子供の喧嘩です!!》
ユーティアの小言など聞く耳持たぬ。
喧嘩上等!
たかだか10歳の少女に好き勝手はさせない!
ここで上下関係をはっきりさせてやる!!
ミラージュはキッチンの奥の棚から総菜を取り出していた。
ポチを着た俺はキッチンに入ると後ろ手に扉を閉める。
「うん? ……ひえっ!! ね……猫!?」
ミラージュはすぐにこちらに気付き、悲鳴を上げると後退りする。
顔は引きつり、小さな両の手はブルブルと震える。
これは相当に動揺しているな。
予想以上に効果覿面である。
さぁ泣き叫ぶがいい!
俺に助けを求めたあたりで、正体を明かし「ドッキリでした!」で幕引きにしてやるぞ!
「ねこ……ネコ……おっきい……おっきいネコねこ猫っ!」
ダッ──と、ミラージュが必死の形相でこちらに向けて跳ぶ。
なに? まさかの実力行使だと?
追い込まれたとはいえ動物虐待に走るとは。
この反応は想定がい──
「猫にゃーんっ!!!!!」
グワシッ──と、ミラージュが俺の胸元に飛びついてくる。
「きゃわいいーにゃん!! ふっわふっわにゃん!! あーん猫にゃん大好き─!!!!」
俺の体をきつーく抱きしめて、胸元に頬をスリスリしてくるミラージュの姿は、まったくもって猫好きの子供そのものだ!
あれ? こいつぜんぜん猫苦手じゃないじゃん?
確かに公園ではポチの姿に怯えているように見えたが?
……いや、この戯れ付きよう、見栄っぱりのミラージュが俺達に見せられるモノではないだろう。
ということは、ポチに怯えているように見えたあの姿は、実はポチに飛び付きたい衝動を必死に押し殺していたものだった……と考えるとどうだ?
つまりミラージュは猫嫌いどころか、無類の猫好きということか?
「猫にゃん聞いて─! あいつらね! わらわのことぜーんぜん尊敬してくれないんだよ! もうわらわ激おこぷんぷんぷんすかなのじゃ! それに比べて猫にゃんはカワイイし優しいし最高だにゃー! そーだ! キスしちゃおっかなー! 誰も見てないし、いいかな? いいよね! よーしチューしちゃうぞー! ほらちゅー!!!」
「……………………………………………………………………」
目が合った。
ポチの口から覗く俺の目と、キスしようとしたミラージュの目が合った。
その時初めて本当の状況を把握したミラージュは、頭が真っ白になったような表情で全身を硬直させる。
「………………………………………………ふぅ」
ミラージュはキス寸前の体勢から全身をダラリと脱力させると、目を伏せゆっくりと息を吐く。
小さな体にのしかかる巨大な恥辱に耐えかねたように。
「その……騙して悪かったなミラージュ。この巨大化したポチはすぐに脱ぐから、その後でキスするなりなんなり好きにするといい」
「いや…………脱がずにそのままでよいぞ」
不機嫌そうに、ミラージュは声を放つ。
「ど、どういう意味だ?」
「なに……お前の体を爆発させた時に、今の状態の方が破片が飛び散らないから後の掃除が楽であろう?」
ミラージュはそう言って怒りに満ちた目を俺に向ける。