第127話 ヒミツの探し人 1
「わあっ! 王都が見えてきましたよ!! おーっきいですっ! 素敵ですっ!!」
「んもぉ、ティアったら、そんなにはしゃいだらおのぼりさん丸出しだぞ……ってうぉおおお!! ほんとーだ、すっごーいっ!!!」
馬車の窓から外を眺めたユーティアと、それに続いたマリオンが浮かれ騒ぐ。
そう、ゾンビ山を脱出してから二日。
俺達はついに王都であるレインフォルスへと到達したのだ。
ゾンビ山以降、道中で多少のトラブルはあったものの概ね順調に進むことができた。
王都に近づくにつれ交通の便が良くなっていったというのが主な理由だ。
現に俺達が今乗っている馬車も、マリオン(と無理矢理付き合わされたユーティア)がヒッチハイクしたものだ。
交通量が多ければ、こういう荒技の成功率も高くなる。
もっともユーティアとマリオンのような美少女がグイッと親指立てて待ち構えていようものなら、普通の男なら同乗者を蹴り落としてでも乗せたくなるだろう。
しかし今回は老齢の男性相手なので、そんな余計な下心は心配しなくてもよさそうだが。
しかしこうして二人が驚くのも無理も無い。
流石は王都、高さのある石造りの建物が延々と連なるその街並みは、リムファルトの比ではない規模だ。
花の都さながらの景色がそこにあった。
だがしかし、この王都を見て驚くべき一番の要素はそこにあらず。
それは──
「あの中央の大きな岩山のようなものはなんですか? 建物のようにも見えますが……」
ユーティアの視線の先。
王都の中央に聳えるそれは、建造物というにはあまりにも大きい。
岩というよりはやや光沢のある金属のような質感の、高さ1000メートル近くありそうな巨大な山。
しかもその所々は古代ローマ建築のような巨大な柱や窓が削り出されている。
山の半分程度は人工的に手を加えられているように見える。
「あれは……ザナドゥ……だよねたしか? 神の坐す聖域……だっけ? 詳しいことは知らないなぁ」
「正解ですマリオンさん!」
対面に座っていたラトルが、マリオンの横に来て窓から眺めつつ解説する。
「もっとも本当に神様が住んでるわけではないんです。宗教的な意味合いもほとんどありません。ただザナドゥは100年前の魔王軍との戦いの際、勇者を始め人類側の戦力の本拠地だったため今でもそう崇められているというわけです」
100年前……だと?
そりゃずいぶんと年季の入った代物だな。
しかしその古さは感じさせない。
あの青白く輝く素材そのものが、経年劣化しにくい材質なのかもしれない。
「現在ザナドゥに入ることができるのは限られた人間だけ。そして上層階にはエクシードでなければ入ることができない階層も存在します。ちなみに最上層には国王がお住まいです。つまり王都の中心にあるあのザナドゥこそが、この王国の真の中枢というわけです」
「へぇ……さすがラトルさん。お詳しいんですね」
「いっいえっ! 王都に住んでいればこれぐらいのことは……」
ユーティアに褒められたラトルは顔を赤くして照れる。
ユーティアめ、必要以上にラトルに親しく接するなと言ったのに。
ゾンビ山でラトルに告白されて以降、ユーティアとラトルは以前通り普通に接している。
お互いあえて意識しないようにしている……というべきだろうか?
今はその距離感でいいという判断なのだろう。
俺としては隙あらばラトルの好感度を落としたいのだが、この二日間でその機会は訪れなかった。
仮にだが、ラトルとの仲が進展して俺の義理の父親になる……だなんて、勘弁してくれよ本当に。
王都の西側の城壁が近づいてきた。
高さ五メートルほどか。
石垣の城壁の上には、見張りの兵士も居ない。
最近は戦争も無いというから、外敵を警戒する必要も無いのか。
この城壁も形骸化しつつあるのかもしれない。
西門を抜けたところで馬車から降ろしてもらう。
王都は町というよりは大型の都市並みの規模。
門を抜けるなり繁華街というわけではなく、この辺りはまだ民家が多い。
だがここまでくれば十分だろう。
ユーティアとマリオン、ラトルは馬車の主の老人に礼を言う。
「かまわんさ。それよりお嬢ちゃん達観光を楽しむんじゃぞ。じゃが最近は物騒な事件も相次いでいるようじゃから、特に夜は気を付けなされ」
老人はそう言うと再び馬車を走らせた。
どうやら車内の会話から観光客だと勘違いされたらしい。
「ところでユーティアさんにマリオンさん、行く当てはあるのですか? 僕は家に戻り兄上とオークの村のことなどすり合わせをして王国に報告する必要があります。もし今後のことでお困りのようでしたら、その時に兄上に相談してみますが……」
ラトルの申し出に、しかしユーティアは頭を横に振る。
「いえ、そこまでお世話になるわけには。それにとりあえずの行く当ては無くはないんです。ただこの近くのギルドの場所だけ教えていただければ助かりますが……」
行く当て……だと?
王都に身寄りがあるとは聞いていないが。
ユーティアめ、俺に何か隠しているな?
「──ですので、あの赤色の屋根の建物がこの地区一番のギルドです」
町中を少し進み、ラトルがギルドへと案内する。
石造りの三階建ての建物には、冒険者らしきパーティーが頻繁に出入りしている。
やはり王都だけあって、クエストの需要も多いようだ。
「……これで、今のところこれ以上僕にできることは無くなりました。一応……その、僕の家の住所をこの用紙に記しておきました。なにか困ったことがあれば手紙をください。いつでも、全力で恩返しをさせていただきますので!」
そう力説するラトルの表情は、隠し切れぬ哀愁を帯びていた。
なんとも名残惜しそうな様子。
元々王都までの護衛として同行していただけだからな。
これ以上付きまとったらストーカーと変わらないというのは、本人も自覚しているのだろう。
「本当に、色々とお世話になりましたラトルさん」
こちらも寂しさを隠せずにいたものの、ラトルを励ますようにあえて明るく振舞うユーティア。
「大丈夫、きっとまた会えますよ。私もラトルさんがご活躍できるよう、陰ながら応援させていただきますので」
「そーだよ! ラトルちゃんの将来には色々と期待してるんだから、気合入れていこぅ!!」
笑顔のユーティアとガッツポーズのマリオンに励まされ、ラトルは両目を潤ませる。
ああだから、好感度を上げるようなことをするなというのに。
あと色々とは?
余計な事は期待してくれるなよマリオン?
だがこうして、ラトルは俺達に別れを告げた。
去り際のラトルの背は、心なしか出会った頃より逞しく見えた。