第126話 新しい朝がきた 3
ラトルは元の場所で神妙な面持ちのまま固まっていた。
その表情は、期待よりはむしろ不安で満ち満ちている。
しかしなに、簡単な話だ。
ラトルもユーティアの外見から、穢れを知らない処女だと思っているのだろう。
そしてそのイメージが一人歩きして、ラトルの中で純真純朴な田舎娘──ユーティアが作られている。
なにせ俺達はまだ出会ったばかり。
ラトルもユーティアの外見というわかりやすい要素を肥大化させて、理想像にのめり込んでいるに過ぎないのだ。
ならば、その思い込みを崩してやればいい。
そうすればたちまち興味も失せるだろう。
「あーラトル? 先程の続きだが、どうやらお前は俺のことを誤解している部分がある気がするんだ。話を進める前に、その誤解を正しておこうかと思う」
「誤解……ですか? 確かに、僕達はまだお互いの事をなにも知らないのかもしれません。わかりました! なんでも言ってください!」
話の方向性が予想外だったのかラトルはやや戸惑いを見せたものの、すぐに真剣な面持ちで覚悟を告げる。
「うむ心して聞くがいい。まず第一に、俺は子持ちだ!!」
「えっえええええええええええ!!!?」
さすがにコレは予想の遥か斜め上だったろう。
ラトルは両目をひん剥いて驚愕する。
「さらに言うと、父親が誰だかわからねぇ!!!」
「そっ! そんなっああああっ!!!!!」
トドメの追撃を食らい、ガクリと膝から崩れ落ちるラトル。
絶望からか、その両腕はワナワナと震える。
《ちょ、ちょっとなにを言い出すんですかリュウ君!?》
「なにって、真実をありのままに伝えただけだが?」
《それはそうですが、その言い方だと誤解を招くというか、私が不特定多数の男の方とその……という、ふしだらな子のように受け取られるじゃないですかぁ!》
「それはラトルの勝手な解釈だろう? 俺は何一つ嘘はついちゃいないぜ?」
猛抗議してくるユーティアを、おれはにべもなく突っぱねる。
これでラトルのユーティアに対する理想像は木っ端微塵!
さぁ絶望するがいい!
泣き叫ぶがいい!
そしてさっきの告白は気の迷いでしたと取り消すのだ!!
自らの手を汚すことなく事態を丸く収める。
我ながら完璧な計略だぜ。
「ゆ……ユーティアさん!」
ラトルはフラフラと立ち上がると、しかし俺の手をしっかと握る。
「ご苦労……されていたのですね。だというのに僕は自分の主張ばかり。なんという自己中心的な身勝手さ。お恥ずかしい限りです! でも、もしユーティアさんの子育てを僕が手伝えることがあるのなら、何なりと言ってください。全力でお手伝いさせていただきます! あとそれと……」
ラトルは恥ずかしそうに俯きながら続ける。
「それでも僕の……ユーティアさんに対する想いはなにも変わりません。ただ、今はそれどころではないでしょうし、頭の片隅にでも留めておいていただければ光栄です」
そう言い顔を真っ赤に染める。
「ええ子やぁ! ラトルちゃん! ワイは感動したでぇ〜」
《はい、私などとはますます釣り合わない人格者ですぅ〜》
なぜか関西弁で感涙するマリオンと、すっかり感化されているユーティア。
なんだろう。
予想した結果とかなり違うな。
「余計なお世話だ! お前の手など借りずとも、子供はスクスクと育ってるよ!」
俺はラトルの手を振りほどく。
こんなことなら、普通に手酷くフッてやるんだったと激しく後悔だぜまったく。
「おーいお嬢!!」
西の登山道からギルが大きく手を振りながら走ってきた。
「そんなに慌ててどうしたオッサン?」
「ハァハァ……どうしたって、そりゃこっちの台詞だぜ! 館には死人ばかりでガルシアは居ないと思ったらこっちの方で大爆発! 急いで駆けつけてみれば、どういう状況だいこりゃあ……」
息を切らせたギルは、我が目を疑うといった表情で周りを凝視する。
俺とガルシアとの戦闘跡。
未だ地が割れ岩が溶解している地獄のような風景。
「どういうって、見ての通りだよ。お前の追ってたガルシアが、何の因果かこっちに現れやがった。しかもアンデッド化してるときたもんだ。おまけに襲ってきやがったもんだから、タコ殴りにしてあの世へ送ってやったって顛末だ。まったくとんだ貧乏クジだぜ」
「顛末って……ガルシアと戦って勝ったっていうのか!? クッ……ククッ……ガアッハッハ!! こりゃあ恐れ入った! 心底たまげたぞお嬢!!」
ギルは周囲の山々まで響き渡る大声で笑いながら、俺の肩をバシバシ叩く。
「そういえば、お前が探していた二人のエクシードはどうやらガルシアにやられたようだぞ。奴自身が言っていたから確かだと思うが」
「……あぁ、それは知っている。屋敷で二人の死人と遭遇したからな。お嬢はあの二人の仇を打ったってことだから、なおさら感謝しなけりゃいけないな」
一転ギルは眉を歪ませ哀傷を滲ませる。
しかし俺としても、そんな知らん連中のことで感謝などされても気色悪い話なのだが。
《あのー、リュウ君。この方は……》
「だれ?」
会話に取り残されているユーティアとマリオンが、そんないまさらな事を聞いてくる。
「あとでラトルに聞けよ。このオッサンのファンらしいから、事細かに教えてくれるだろうよ」
授業中に居眠りするような連中に、親切丁寧に教えてやるほど人ができてはいないんだぜ俺は?
「さてギルのオッサン、事後処理は任せたぜ! 俺はとっとと山を下りる。寝床が恋しいんでね」
「うむ、詳しい話も聞きたいところだが……王都へ向かうんだったな。ならあちらで会うこともあるだろう。それまで達者でな! ガアッハッハ!!」
まるで再会を願うかのようなギルの台詞。
だが、次に会った時に敵同士という可能性だってあるんだぜ。
そうなるかはその時点でのギルの利用価値にもよるが。
そして俺は真っ直ぐ東へと視線を向ける。
王都まではもう少し。
いよいよ俺の世界征服の本番が始まる。
俺は固い決意を胸に秘め、太陽へと向かい歩き始めた。
To Be Continued
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