第121話 リトルナイツ 1
山の上空で解放されたエネルギーは、直径数十メートルの大火球となって爆ぜる。
まるで太陽が爆発したような轟音。
灼熱の波に飲まれた雲は焼け飛び、爆風で山の木々は薙ぎ倒される。
遠くの空までもが、まるで昼間のようにその放光に照らされた。
この威力──仮に直下に打ち込んでいたら山が半分吹き飛んでいただろう。
俺は残りのエネルギーを制御して地上へと降り立つ。
身体に満ちていた光も減衰していき、やがて消滅する。
元通りの姿に戻ることができた。
「威力は凄まじいが……さすがに堪えるなこれは……」
俺は地に片膝を付く。
今の一撃で魔力の相当量を消費してしまった。
使用の可不可以前に、特位魔法の使用には慎重になるべきだな。
「ひぎゃあああああああああああ!!!」
空から悲鳴が降ってきた。
ゴンッ──と地面にバウンドして転がったその声の主は、まさかのガルシアだった。
といっても、頭部に申し訳程度に頚椎がぶら下がっただけのその姿。
もはや完全に虫の息だが。
魔力もほとんど残ってないのだろう。
側面の二つの顔も消えて元に戻っている。
「驚いた……な。まさかあの攻撃を受けて一部とはいえ原形をとどめているとは……」
「うふっ……うふふっ……残念だったわねぇ。アナタにやられる直前に、この頭部だけ分離脱出していたのよ。詰めが甘かったわねぇ!」
頭部が地面に転がったままというなんとも締まらない状態で、ガルシアは威勢を張る。
「そんなナリでよく強気が保てるもんだな。死期がほんの僅かに延びただけの話だろうに」
俺はゆっくりと腰を上げる。
もちろん瀕死の奴にトドメを刺すべくに。
だが同時に、ガルシアの頭部も地面をクルクルと回った後に、ふわりと浮かび上がった。
無詠唱の念動力系魔法……か?
しかしガルシアは逃げるでもなく、一メートルほど浮かぶとこちらを振り向き空中で静止する。
「うふふっ……期待させてしまったようでごめんなさいね。本当はね、この勝負の勝者は初めから決まっているの。アナタに勝ち目なんてないのよ。唯一、先程の攻撃でワタシのこの頭部を破壊できていればその結果も覆ったでしょう。でもアナタはその唯一無二のチャンスを逃した。その時点でアナタの負けは確定したのよ。もっとも、アナタの実力を見誤ったおかげでワタシもこんな姿になるまで追い詰められてしまったけれどね」
ハッタリ……はたまた負け惜しみか?
だがガルシアのその勝利宣言は、あまりにも確信に満ちている。
「なんだ? 珍獣ショーの次は新作の手品でも見せてくれるのか?」
「うふふ……手品とは言い得て妙ね。お望み通り、とっておきのサプライズをお届けするわ。逃れることのできない、100%の確実な死をね!」
ガルシアがそう告げると同時に、その頭頂部がバラバラと崩れる。
頭蓋骨の中に脳はもちろん無いが、その代わりに球状の魔石が現れる。
それは山頂のハート魔石と同じ真紅の魔石。
「これが今のワタシの本体ともいうべきコア。このコアに秘められた能力を使えば、あらゆる生命体を確実に死に追いやることが可能なのよ!」
「確実な死……だと? 即死系の魔法か?」
相手に直接死を与える魔法……俺もそれに近い効果を持つ魔法は持っている。
だがゲームなどでもお決まりだが、この手の魔法は著しく成功確率が低い。
加えて相手が実力者なら──この場合今の俺のように魔力が高く魔法抵抗力のある相手ならばほぼ失敗するのが常だ。
「うふふっ……わかっているわよ、そんな魔法は成功しないって言いたいのでしょう? でも残念ながら、厳密にはこれは魔法ではないの。ワタシは元々死を告げるデュラハンのユニオンだった。そしてそのデュラハンのギフトを改良して完成させたものなのよ」
ガルシアの口から飛び出すユニオン……そしてギフトという単語。
つまりこいつもエクシードにこそなれなかったものの、魔物の力を持つユニオンだったというわけか。
そして死を宣告するというデュラハンのギフト……か。
ならば、普通の魔法とは勝手が違うのかもしれないが……
「お馬鹿な害虫にもわかりやすく説明するとね、ワタシのコアは相手の意識を読み取りその相手の波動と逆相の物理的な波動を生成して相手に打ち込むことができるのよ。魔法ではないから魔法抵抗力があっても防ぐことはできない。そして波動が打ち込まれた相手がどうなるか……アナタにわかるかしら?」
「なんだよそりゃ? まったくわからん!」
ガルシアはすでに勝った気なのか悠々と問うてくるものの、皆目見当もつかない。
「うふっ……いいわ、ワタシはアナタと違って種明かししてあげる。逆相の波動はオリジナルの波動と衝突した時点で打ち消し合い、互いに消滅するの。その結果逆相の波動を受けた相手は、そのすべての生体活動を停止することになるのよ。脳は沈黙し、その支配下にある全身の器官の活動も、呼吸も、もちろん心臓も停止する。逆相の波動の放射は一時的なものだけれど、一度完全に停止した心臓は第三者が処置でもしない限り再び動き出すことはない。そう、そして訪れるのは確実な死よ!」
「波動で波動を打ち消す……だと!?」
そんな馬鹿な……とも思ったが、そういやイヤホンとかのノイズキャンセル技術も似たような原理だったっけな。
あながちトンデモ理論とも言い切れないのかもしれない。
「どんなに強靭な生物であっても、心臓が止まればひとたまりもない。先に派遣された二人のエクシードも、この秘技の前には成す術無く命を落としていったわ。どう? アナタにはもはや一パーセントすら勝てる望みが無いことを理解できたかしら? 神は死をも自由に操るの。もはやこの地上にワタシに逆らえる生物など存在しないのよ! うっふふふふふ!!」
ガルシアは誇らしげに歓笑する。
「あれ? もしかしてこれ……ヤバイのか?」
俺の額に冷や汗が一筋垂れる。
回避不可能の絶対的な死。
チートにしても度が過ぎるだろうが!
バランスブレイカーも甚だしい!
有効射程範囲は不明だが、魔法でないと言っている以上呪文の詠唱も不要だろう。
ならすぐにでも発動できる可能性が高く、今から逃げても範囲外まで逃げ切れないかもしれない。
「ならやられる前に叩き潰すまでよ!!」
俺はガルシアに飛びかかる!
その距離わずか15メートルほど。
奴がその技を使う前に潰すしかない!
「うふっ! 残念、手遅れよ!!」
だが俺が到達するより早く、ガルシアのコアが眩い光を放つ。
『 華 麗 な る 絶 頂 !!』
放たれた赤光は、俺の体を突き抜ける。
同時に脳内を激しく揺さぶられるような衝撃。
「くっそ──」
ガルシアはもう目の前。
だが奴を殴るために振りかざした腕の力が抜け、足の力が抜け、全身の力も抜ける。
まるで意識と体を繋ぐ線がプツリと切れたように。
その直後に視界も暗転。
そして意識も途絶え、無へと消え去った──