第115話 頂点 3
「これが……ラブパレスの魔石か」
その高さ約三メートル。
ダイヤカットのような小平面が幾何学的に組み合わさったその表面は、こんな月夜のわずかな光をも屈折反射して真紅の輝きを放っている。
そしてその形状は、やはり案内板に書かれていたとおりのハート型だ。
「しかしこれは……本当に自然物なのか?」
俺は魔石にそっと触れる。
確かに地面からせり出してはいるものの、この平坦な場所でこんな魔石だけが突き出すことなんてあるのかね?
まぁ俺はこの世界の地質学なんて知りはしないが。
「まさかこんなに大きいとは思いませんでした! これはご利益がありそうですね!」
なにをそんなにあやかりたいのか、ラトルは両手でペタペタと魔石に触れる。
「確かに……かなり高い魔力を、こうして触れた手からも感じるが」
何かの使い道はありそうだが、これで恋愛成就とは流石に無理だろう。
その形状故のこじつけか。
本来ならマリオンが飛びつきそうなスポットなんだが、当の本人はまだポチの中で熟睡中だ。
「さて念願の観光スポットも拝めたことだしとっとと下山するとしますか。ポチも遅れるなよ」
「ナーゴ!」
「えっもう? ユーティアさんはお願いすることなどはないのですか? って置いていかないでくださ〜い!」
そそくさと先に進む俺とそれに続くポチにやや遅れ、ラトルは名残惜しそうにその場を離れる。
──とその時、それは起こった。
不意に烈風が巻き上がる。
しかしそれは風ではなかった。
夜に潜む闇が、まるで意思を持った生物のように蠢き始めたのだ。
その夜の闇よりもさらにドス黒い純黒は、嵐のように空をうねりながら俺達の前方約50メートル地点で渦を巻きながら収束。
やがて人影を形成していく。
「うっふふ……みーつけた! 逃がさないわよぉ〜この害虫共めぇえええっ!」
おそらくはその人影から、ひしゃげた声帯から発したような奇怪な声が発せられる。
「なん……だ! コイツは!!」
その人影から溢れる荒れ狂うような魔力。
それを前にして、俺の心音が非常警報の如く高鳴る。
この状況は……尋常ではない。
やがて浮かび上がるはっきりとした人影。
月光を僅かなりとも反射することのない完全なる暗黒のローブ。
そしてローブから露出する頭部や指先は、肉も皮も無い人骨。
目玉も無いが、その代わりに赤紫色の炎のような灯りが二つ揺らぐ。
「新たな魔物!? お……お任せくださいユーティアさん! 今こそアルティウス様の教えを活かす時!! 大丈夫、僕ならできる! 僕ならやれる! 無心無心無心むしんムシンだあー!!!!」
「待て! 退けラトル!!」
剣を振り上げたラトルは、まるで赤布に突進する闘牛の如く突進。
俺の制止すら振り切って……というか耳に届いてすらいないようだ。
どうやらギルの助言通りに本当に無心になっているらしい。
「出逢いは必然 別れは突然 過ぎ去りしスイートメモリー 宝石箱にそっとしまうの 月明かりに導かれ 子守唄に誘われ 深き眠りが訪れる!」
その魔物は骨だけとなった細い指をラトルに向けると、指先をリズミカルに宙に躍らせ呪文を唱える。
『 ロマンティック・タイムロック!!』
呪文の完成と同時にラトルの足元から青白い光の竜巻が巻き上がりラトルを飲み込む。
竜巻が消え去った後そこに残されたのは、高さ二メートル以上ある水晶のような巨大な結晶。
ラトルはその結晶の中に閉じ込められていた。
しかも剣を振り上げたままのその姿は、ピクリとも動かない。
死んでいる?
いや……
「タイムロック……まさか……時間が止まっている? 局地的とはいえ、そんなことが可能なのか!?」
時間操作の魔法は最高難度。
俺ですら、完全に時間を停止させることはできない。
「うっふふ、大成功ね! さてもう一匹の害虫も手早く駆除しちゃいましょうか!」
その魔物はローブをはためかせながらゆっくりと俺の方へと向き、両眼の光を一層強める。
クソッ!
最悪の展開だ!!
高等魔法を操るアンデッド。
こいつは全魔物の中でも最強に分類される、最も会敵を避けるべき相手。
冥界の王──リッチだ!