第112話 かつての名士 2
「なんだよギルのオッサン。心当たりでもあるのか?」
「ここに来る前に、この土地について一応は下調べをしたからな。この可能性は低いと思っていたんだが……」
そう言ってギルは卓上の書類入れを漁ると、一枚の写真を取り出し俺達に差し出した。
「……なんだこりゃ? 男の……顔? にしても不鮮明だなぁ」
その写真はとてつもなく写りが悪かった。
白黒写真なうえにピントもボケボケ。
中年の男性らしい姿がかろうじて判別できる。
余程の昔に撮られた写真のようだ。
「あぁ~スマンスマン、当時の技術ではその程度が関の山だったんだ」
ギルは苦笑いしつつ続ける。
「その写真の男なんだが、名はガルシア・マッキンベル。かつて王国で天才魔法士との呼び声も高かった男だ」
「ガルシア・マッキンベル……すいません、学の無い私には聞き覚えの無い名です」
俺の持つ写真を覗き込みながらラトルが言う。
「いや無理もないさ。なんせ奴が王都に居たのは20年以上前の話だからな。オレですら忘れかけてた名だ。だが一時期は王国軍に所属し、その才を遺憾なく発揮していたそうだ。だがどうやらガルシアは王国と何らかの確執があったようだ。それが原因かは不明だが、ある日突然姿をくらませたらしい。そしてその後の足取りも掴めていない。国内数カ所で目撃情報はあったものの、いずれも不確かなものばかり。この山の周辺ではとりわけ目撃情報が多く、調査が行われたこともあったようだが結局発見には至らなかったようだ。昔の話だしオレもあまり気に留めてはいなかったんだが、この状況においてこの名前を出すには理由がある。それはガルシアがとりわけ得意だったのが死霊魔術という事実だ」
「死霊魔術士──ネクロマンサーか。それならこの騒ぎも起こせるだろうが、この写真の時点から20年以上経過しているとなると、そのガルシアとやらは生きているとしてもかなりの歳だぞ? 今さらこんな無益な行為をするか?」
「さぁてね? 奴は才はあるが、人格というか感性がいささか独特だったようだな。奇才のガルシアだなんて呼ばれていたらしい。凡人のオレにはそんな奴の考えることなんて皆目見当がつかないさ」
どの口が言うのかという気もするが、ギルは両手を広げてお手上げのポーズをとる。
「ただなんにしても事が起きている以上は、首謀者は討ち果さなけりゃならない。そして死の軍勢が麓の町ではなく山頂を中心として発生しているというならば……盲点だったがガルシアはこの山自体に潜んでいたと考えられる。とすれば、潜伏先はおのずと絞られるわけだ」
ギルは先程の書類入れから折りたたまれた用紙を取り出すと机の上に広げる。
この山の地図のようだ。
「ここから西に少し下った辺り。山道から少し外れた場所に、昔貴族が所有していた別荘がある。ガルシアが姿を消す少し前に所有者が死去したためそのまま放置されているはずだ。この山で長期間人知れず身を隠し続けるとすれば……オレはやはりここが怪しいと踏んでいるんだが、どう思うお嬢?」
ギルは地図を指差しながら説明する。
「さぁてね、論より証拠。実際に確認するしかないんじゃないのか?」
そもそもそんな話俺の知ったこっちゃないし、今更犯人が誰だろうが興味も湧かない。
「ガアッハハ! そりゃそうだわな! しかしオレは豪放磊落な性格などと言われちゃいるが、実のところ小心者で慎重派でな。つい長考が過ぎる悪い癖があるんだ。お嬢の胆力を見習わなきゃいけねぇな」
そうかい、しかしギルがこの歳まで五体満足に武勲を積み重ねられたのは、その用心深さあってこそだろうけどな。
こういうキャラって大抵は頬やら胸板やらに大きな傷跡がある印象なんだが、見た限りではそれらしい傷は見当たらない。
魔法による治癒技術が高いからかもしれないが、しかし防具にすら大きな傷が無いというのはただの筋肉バカでは不可能な芸当だろう。
「さてと……オレは負傷した兵達の手当に戻るとするか」
ギルは写真と地図を書類入れに戻すと、ゆっくりと立ち上がる。
かなり大型のテントにもかかわらず、その巨体故に頭が天井を掠めそうになる。
「オレ達は手当を終わらせ次第その別荘へと向かうつもりだ。深夜の行動にはリスクがある。しかし相手が狡猾な手口を使ってくる以上、一か所に留まり続けるのもまた危険だからな。とはいえ治癒魔法が使える兵士が一名になったもんだから、治療はまだ二時間近くかかりそうだ。兵士にはこのテントへは入らないように通達しておくから、それまでは二人共ここでゆっくりと休むといい。いや……三人だな」
ギルは寝ているポチを横目にニッと笑う。
やはりこのオッサンはマリオンの存在に感付いていたようだ。
「その治療に戻る前に一つ確認がある。その負傷兵の中に、ゾンビ……死人に噛まれた人間はいなかっただろうな? 仮にいたとしたら、そいつも処分する必要があるかもしれないぞ。知らないだろうが、死人に噛まれると死人になるってのはお約束の設定なんでね」
俺はこのテントから出ていこうとするギルを呼び止める。
ここでゾンビが大量発生して巻き添えを食うのは御免だ。
おちおち休んでもいられない。
するとギルはわずかに、少しだけ、その表情が窺えない程度に顔をこちら側に向ける。
「ああ……知っているさ。そして噛まれた後、かなり急速にその変化が始まることもな。ここに辿り着くまでに噛まれた兵士は二名。だからオレが殺した。殺すしかなかった。死んだ二名の兵士とは、その二人のことだ」
感情を殺したような声でそう漏らすと、ギルはテントを出て行った。