第111話 かつての名士 1
「さて、どこから話を始めたものか……」
ギルは慣れた手つきで木製のカップに紅茶を入れると、俺達の前に差し出す。
ここは西側、つまり俺達が登ってきた側のテントの中。
中には折り畳み式の机と椅子が設置されている。
用途は様々だが、主には作戦会議室として使うことが多いそうだ。
今は俺とラトルが並んで座り、その向かいにギルが腰を下ろす。
ポチ(とその中に入ったマリオン)は部屋の隅の地面の上で寝ている。
今のポチは移動こそ俺達に追随するものの、あまり活動的ではない。
マリオンも寝たままだし省エネモードなのだろうか?
俺は出された茶を口に含む。
風呂に入った後とはいえ、外の寒さからまだ体は冷えていた。
この体の中から広がる温かみの心地よいことよ。
「この山の状況は……まぁ見ての通り悲惨極まりない。まさに地獄だよ」
ギルは真剣な面持ちで語りだす。
「アルティウス様、私達はこの山はラブパレスと呼ばれる観光地という認識で登ってきたのですが、それは間違いだったということなのでしょうか?」
「いや、たしかにこの山はそう呼ばれる観光地だ。……いやそうだったと言うべきだろうな」
ラトルの問いにギルはなんとも含みを持たせた回答をする。
「最初から話した方がよさそうだな。ひと月半ほど前の話だ。ある日を境にしてこの山から誰一人として下山してこなくなり、かつ一切の連絡が取れなくなったそうだ。様子を見に行った麓の村の人間も戻らず、その後数組の冒険者にも調査を依頼したが、やはり誰一人として戻ってこなかったそうだ。その報せを受けた王国は少数の調査兵を派遣したが、やはり音信不通となった」
「下山してこない観光客……そして調査に向かった人々までも……まさか!」
「そうだ、この山に現れる魔物……オレ達は死人と呼んでいるが、それは消えた観光客達だと見て間違いないだろう。腐敗の進み方からしてもおおよそ合致する。オレは初めて遭遇するが、あれがアンデッドと呼ばれる類の魔物なのだろうな」
たしかにあのゾンビ共は死後数カ月数年というガチで腐ったゾンビではなかった。
それに着ていた衣服も洒落ていて、どことなく観光客っぽかった気もする。
「話を戻そう。いよいよ本腰を入れざるを得なくなった王国は、第四と第三等位のエクシードそれぞれ一名ずつを組み込んだ部隊を編成し送り込んだ。さすがにこれで片が付くと踏んでいたが……」
「だがそいつらも帰ってこなかったと?」
「そうだ、それでもう王国は大慌てよ! こんな観光地でエクシードを二人も失ったとなれば面目丸潰れだ。そこでオレを呼び寄せて、こうして送り込んだってわけだが……」
だがそう語るギルの顔が浮かない時点で、その結果が思わしくないことが窺える。
「突然だ、突然死人の群れに奇襲をかけられてな。俺もそうだが他の兵士もアンデッド相手の戦闘経験は無い。苦戦を強いられ二名が命を落とし、負傷者も続出。襲ってきた死人は粗方片付けたものの、負傷者の治療に手間取ってここで足止めを食らっているという状きょ──」
「弱い!」
俺はギルの言葉を遮り、たった一言吐き捨てた。
「苦戦を強いられた? 王国兵があれだけ頭数揃ってて、下級アンデッドに後れを取っただと? そういえば先程俺に槍を突き付けてきた兵士も、見るに堪えないへっぴり腰だったな。よくあんなので王国兵が務まるもんだ。国民が汗水たらして納めた税金を返せと言いたいこの税金泥棒め!!」
もちろん俺はこの国に税金を納めちゃいないが、あまりの情けなさに思わず口走ってしまった。
隣では俺の態度のせいかラトルが顔面蒼白となっている。
「ああまったくだ……返す言葉も無い」
しかしギルは反論するでもなく、ばつが悪そうに目を瞑る。
「もっとも王国兵の質的低下が叫ばれるようになったのは、何も今に始まったことではない。漲る闘志とでもいうのか、そういう血気盛んさが薄らいでいっているのはオレも感じているさ。気が緩む一番の原因は長らく大きな戦も起こっていないからってことなんだろう。しかしそれ自体は好ましい事ではある。もしくは主戦力がエクシード頼みになってきている弊害という意見もある」
「そういえば兄上も似たような事をおっしゃっていました。エクシードと一般兵との絶対的な戦力差が、士気低下を招いている側面があると」
そうラトルが付け加える。
「勿論、武勲を立てれば出世もするが、なまじ実力のある奴は冒険者になりがちだ。その方が自由気ままに働けて高収入が得られるって理由でな。それはそれで安定性に欠けるから一概にお勧めもできたもんじゃないんだが……」
ふむ、つまりギルの説明によると、王国軍は中堅が乏少なアンバランスな戦力構成となっているってことか。
世が安泰なら公務員が不人気になるのは、この世界でも同様らしい。
「とはいえ、エクシードのシステム自体はオレは肯定派だがね。実力者をエクシードとして序列化し、報酬と権限を与えその代償として義務と責務を負わせる。そうしてパワーバランスを取ることによって今の王国が周辺国より抜きん出て繁栄を成しているわけだ。昔国内でユニオン同士がいがみ合っていた頃は各所で内戦が勃発。それに振り回されて国内情勢は滅茶苦茶だったらしいからな。だからこの制度も必要悪だとは思うわけだ。まぁそのシステムに乗っかっているオレが言っても説得力は無いがな。ガアッハハハ!」
さもありなん。
それはピラミッドの頂点近くにいるギルだからこそ言えるセリフだろうよ。
しかし水清ければ魚棲まずともいう。
客観的には歪んだ制度だが、しかしこの王国を維持しているのも確かなのかもしれない。
「しかしお嬢、死んだ兵士の名誉のためにも一つ言い訳をさせてもらうとだな、あれはただの下級アンデッドなどではなかったぞ。いや確かに個々の動きに高い知性は感じられなかった。だがあいつらはオレ達がもっとも足場の悪い地点を通過している最中を狙いすましたかのように、上方から落ちてきやがったんだ。人一人がようやく通れる道幅で、兵士と死人が入り乱れての乱戦。間合いを取ることも逃げることもできず、不利な戦いを強いられたってわけだな。怪我人の大多数は滑落によるものだが、落ちた先にも死人が待ち構えているときた。あの奇襲はどう考えても統率が取れていた。頭の腐った連中のはずなのにな。今にして思えば、死者数が二名ですんだのはあいつらの日頃の鍛錬の賜物だとオレは思っているよ」
「そういえば、俺達もわざわざ無防備な寝込みを狙って襲われたな。あの老婆の根回しといい、計画性を感じる。やはり裏で糸を引いている奴がいるってことか?」
いやそもそもファンタジー世界のゾンビってのは、特殊なウイルスによって生まれるというよりは、クリエイトアンデッドの魔法で意図的に生成されるほうが一般的。
つまりこの事件の背景には──
「やはりネクロマンサーか……」
俺が言おうとしたセリフがギルの口から発せられた。




