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第110話 グレートジャイアント 2

「オレの知るラトルという男は一人、ラトル・ルーンフェルグのみだが、お前さんは別人だよな。すまんなオレは物覚えが悪い方でな……」

「いえ、そのラトル・ルーンフェルグです! 三カ月前の南ガナルタ砦防衛戦ではこちらの不手際に色々とお力添えをいただきました。その後会う機会すらなかったため、満足にお詫びもできず心苦しい限りでした。遅ればせながらこの場を借りてお礼をさせていただきます」

「ルーンフェルグの……あのラトル? ガアッハッハ! こりゃあたまげた!!」

 ギルヴァルトはまたしても大口を開けて大笑する。


「いやすまんすまん、馬鹿にしているわけじゃないぞ。意外だったってだけでな。あの全身鎧の中身がこんな若騎士だとは、愉快なこともあるもんだ! 物事の真髄ってのは、よくよく見定めてみなきゃわからんもんだな!」

 ギルヴァルトに悪気は無かったのだろうが、ラトルは恥ずかしそうに頭を掻く。

 他の兵士もその成り行きを唖然とした様子で見守っている。

 

「ラトル、つまりお前とこのギルヴァルト・アルティウス──ギルのオッサンとは戦友ってことか? 思いのほか顔が広いんだなお前」


「ユーティアさんギルだなんて、しかもお……おっさん付けだなんて失礼ですよ!」

「だってフルネームだと長くて呼びにくいだろう? 一応お偉いさんらしいから略称のギルに敬称を付けてギルのオッサンと呼びたいのだが、問題でもあるのか?」


 だがラトルはブンブンと頭を横に振り、俺の提案を却下する。

「だから略さないでほしいですしおっさんは敬称ではないですよユーティアさん! それに私と同列に語るのも論外です! アルティウス様は数多の戦いで最前線に立ち、かつ優秀な戦績を上げてきた一騎当千の英雄です! その圧倒的な強さゆえに、ついた通り名は数知れず。戦場の破壊王! クレイジーバーサーカー! 地獄から解き放たれた猛獣! それと他には……」

「ガアッハッハ! やめぃラトル! 物騒な呼び名ばかりではないか! あとオレのことは好きに呼べばいいぞお嬢ちゃん。特に最近は敬われてばかりで肩がこって仕方がない。こう見えてもオレはアバウトな性格なもんでね。細かい事を気にはしないさ」

 見た目からも笑い方からも、とても神経質とは思えないギルがぬけぬけと言う。


「そうかい、だが俺は見た目通りにデリケートなものでね。逆に注文をつけさせてもらうが、そのお嬢ちゃんって呼び方をとりあえず改めてもらおうか! 俺の名はリュウ・シェルバーンだ!!」

 俺は目の前の巨体を見上げながら睨みつける。


 お嬢ちゃんという呼び方は見下されている気がして受け付けない。

 まるで子ども扱いではないか!

 まぁ実際に歳はかなり開いているわけではあるが……


「ふむ、気を悪くさせてしまったのなら謝罪しよう。オレはどうにも子供への接し方が苦手でね。やはり結婚して子供を作るべきだったかもな。ではとりあえずお嬢と呼ばせてもらおう。うむ、しっくりとくる呼び名だ。これなら異論は無かろう?」

 まるで名案が閃いたみたいにギルは言うが、子ども扱いは改善されていないではないか!

 どんだけお嬢言いたいんだコイツ?


「しかしお嬢もラトルも、立ち入り禁止の山奥で深夜デートというのは感心できんぞ。今回は運よく死人(しびと)から逃げきれたにすぎん。次はもう少しロマンチックな場所にするんだな。具体的には……まぁその手の話に詳しい奴に聞いてくれ」

 この状況をどうやったらデートに見えるのか?

 ギルの勘違いを、ラトルも慌てて訂正する。

 自分たちは王都へ向かう途中だったという本来の目的も添えて。


「立ち入り禁止とは知らなかったんだ。しかし逃げ切れたという表現は心外だな。累計で30体近くは戦闘不能レベルまで破壊してここまで来たんだ。自慢じゃないがな」

「さ……30体!? いくら無敗王のラトル様が居るとはいえ、たった二人でそんなに大量の死人を倒しただと!?」

 兵士達にどよめきが広がる。

 というか、倒したのは俺だしこの評価に納得いかない!


「ハッタリ……ってわけじゃなさそうだ。特にお嬢からはこう……うまく言えないが只者ならぬ気配を感じる。それはオレの幾多の戦歴ですら味わったことの無い感覚だ。そしてオレの長年に渡って磨かれた勘が、用心しろと訴えている。そう、お嬢を一目見た時からずっとな」

 とても用心しているようには見えないギルが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


 しかし、やはりただの脳筋ではないようだ。

 俺の正体を見破らないまでも、警戒心を抱くに至るとは。


「もう少しお互いの情報交換がしたいところだが、ここで立ち話というのもなんだな。特にお嬢はまずその体にこびりついたものを落としたいだろう? テントの裏に湯が沸かしてある。それを使ってくれてかまわんぞ。服も代わりの物を用意しよう。軍服しかないしサイズも合わんだろうが……」

「いや服は予備があるからいい。それよか湯があるなら先に言えよ! まずそれだろう! 女の扱いに不慣れな奴だな!!」

 俺の嫌味にギルは違いないと笑いながらテントの裏へと案内する。

 

 縦長円柱形の金属製の器。

 下で薪が燃やされ、この器の中の湯が沸かされている。

 ドラム缶風呂みたいなものだ。

 テント裏には、それが二つ並んで設置されていた。


 ユーティアの小さな体なら難無く湯に浸かることもできそうだ。

 この近くに水辺があり水は補給することができるので、今ある湯は自由に使ってよいとのこと。

 オレが入れる器を用意してくれと言ったら大きすぎると断られたんだと、ギルは自虐エピソードを披露してから去っていった。


「この服は……処分するしかないな」

 俺はグチャドロになった服を見つめてゲンナリする。

 さすがにここまで徹底的に汚れると、再利用は不可能だ。


 救いなのはリュックが革製で密閉性も高いために、予備の服が汚れていなかったことだ。

 正直王国兵の軍服なんぞ着たくもない。

 いつも服とわずかな所持金だけしか入っていないこのリュックが、まさかこんなにも頼もしく思える日がこようとは。


「さてと、これから風呂に入るわけだが、いい加減起きてくれないと俺がこのまま入ることになるんだが? それでもいいのかユーティア?」


 …………返事は無い。

 やはりまだユーティアは気絶しているようだ。


 ウームと、俺は頭を抱える。

 母親という関係性上、ユーティアの体に極力興味は持たないようにしてきた。

 とはいえ、これだけ特上の美少女の肉体である。

 完全に欲情から断ち切るというのは無理というものだ。


 だからこういうシチュエーションならば、卑しい下心が芽生えるのも……まぁ仕方ないではないか。


 ……だが、しかし、湧かない!

 今はこれっぽっちもユーティアの体に興味が湧かないのである!


 いやそれはそうだろう。

 なにせ一瞬前まで、俺はゾンビを千切っては投げの肉弾戦をしていたのだ。

 いまだ手に残る腐った肉と骨と内臓の感覚。

 とても性欲が顔を出す余地など無いのである。


 例えるならば、肥溜めに一時間閉じ込められた直後にカレーを出されて食べられるかという話だ。

 

「こんな状態でユーティアの体を見たとしても、すごく損した気分にしかならないだろうな」

 俺はそうボソリと独り言を吐く。

 そしてなるべく体を見ないようにかつ触らないように全身の汚れを洗い流すと、ゆっくりと湯に浸かった。


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