第107話 死者の帝国 2
在りし日のマリオンが思い起こされる。
ここで亡くすには惜しいおっぱ……逸材だった。
「すぴー」
そう、本来は今頃こんな寝息を立てて呑気に寝てるはずだったのに。
「くかー」
「……………………」
ゾンビの呻き声に混じり、寝息が聞こえる。
「こいつは……」
俺はズカズカと部屋に入ると、布団から飛び出しているマリオンの足を掴み引っこ抜く。
死体と思われたそのマリオンの体は、だが予想外の状態だった。
全身が黒く柔らかい素材で覆われていたのだ。
露出しているのは顔の真正面のみ。
そう、マリオンの奴巨大化させたポチを着て寝ていたのだ。
ここは山上なので夜間は特に冷える。
寝相の悪そうなマリオンの、布団がはだけても寝冷えしないための知恵?のようだ。
しかし今回はそれが幸いした。
ポチのおかげでゾンビに噛まれてもマリオンの身体までは達しなかったため、こうして無傷で寝ていられたようだ。
実際に噛まれていたポチも、寝ている?ようだが傷は無い。
魔法生命体だからダメージは無さそうだ。
《うわぁああああんっ! マリー! よかったよぉ~!》
「マリオンさんっ! 怪我は? 痛い箇所はないですか!?」
「………………うるしゃい!」
ユーティアとラトルの呼びかけにマリオンはわずかに目を開けるも、不機嫌そうにそう一言返すと再び目を閉じる。
絶対に睡眠を邪魔されたくないタイプの人間のようだ。
「僕がマリオンさんを背負います! 早くこの場を離れないと!」
ラトルに言われるまでもなく、マリオンを襲っていたゾンビはもちろん俺とラトルの部屋にいた奴らももう目の前。
マリオンを起こしている暇は無い。
マリオンをおぶったラトルと共に階段を駆け下りる。
一階にはゾンビは居ないようだ。
そのまま出口までは一直線。
──と思ったのだが、ロビーで小さな人影を発見する。
「キシシシェッ! オオ客サマ、ドウかなサレましたカァ?」
相変わらずの気味の悪い笑い声。
この宿の主の老婆だ。
「どうかじゃない、部屋に魔物が出たんだよ! ひとまずこの宿から退避するぞ! 面倒だが、ついでにお前も守ってやる。残り少ない寿命でも惜しければついてこい!!」
俺はそう言って棒立ちしたままの老婆の腕を引く。
特段強く引いたつもりはない。
俺にだって年寄りを労る心ぐらいはあるつもりだ。
だがなんと、その勢いで老婆の頭がもげて落ちたのだ!
床に落下した頭部はゴロリと転がった後、しかしニンマリと不気味に笑いながらさらに言葉を吐き出す!
「タイヒ? ……ニゲルは、イケまセン。ニげナイ……にガさナイ……ニがサなイィイイイイ! キシシシシェッ!!!」
「なっ──!!!!」
その場にいた全員が息をのむ。
「こいつも……アンデッドだったのか!」
いやしかし、それなら俺達の部屋の扉の鍵が開けられていたことの説明がつく。
この老婆なら合鍵を持っているだろう。
事前に扉を開けておいてゾンビに襲わせる。
最初から計画されていたのだ!
「ここはゾンビのお仲間勧誘所か!? けどこちらも生まれる前から死ぬ気は無いんでね。他をあたってもらおうか!」
俺は宿の入り口の扉を蹴り飛ばして外へ出る。
ようやくこのベタなホラー映画のような状況から解放されるのだという安堵感に包まれながら。
だがしかし、宿の外ではさらなる惨劇が待ち構えていた。
「な……なんじゃこりゃ!!」
まぁ、映画なんかじゃありがちな展開だ。
危機を脱したと思ったら更なる危機が待ち受けていたってのはさ。
ゾンビゾンビゾンビゾンビ!!
そう、宿の中の状態なんて生易しいものだった。
宿の前の広場には、ざっと十数体のゾンビが押し寄せていたのだ!
降りしきる雨の中、蠢く死の軍団。
運動会をしに集まったってわけじゃなさそうだな。
どう考えても俺達が標的だろう。
「う……わぁあっ!!」
目の前の惨状に、ラトルは情けない悲鳴を上げるとトスンと尻餅をつく。
だがここで止まってもいられない。
後ろからもゾンビは迫っているのだ。
「ユーティア、こいつらを一掃できそうな魔法はないのか? 『ホーリーライト!』みたいな?」
《むむ……無理ですぅ! 回復魔法を使えば浄化できるのかもしれないですが、それも一人ずつになりますし……》
あまり期待はしちゃいなかったが、ユーティアの魔法ではその程度か。
もちろんそんなチマチマ倒している場合ではない。
「アルファティオンス・メルパティランス・イマージフ・ゼル・ゼア 宵の宝玉 暁の秘鍵 揃いて盟約の棺は開かれる 破壊と殺戮の権化たる炎帝は目覚め その本能のままに終局を奏でる!」
呪文の詠唱と同時に俺の周りに炎が巻き上がり、複数の巨大な渦巻く炎の塊が形成されていく。
『 極 滅 大 紅 蓮 !!』
広範囲、高火力の対軍高位魔法。
降り注ぐ直径約二メートルの火球は、着弾と同時に爆発。
うねる爆炎は地を抉りゾンビを吹き飛ばす。
この一撃でゾンビの大多数を壊滅せしめた──ように見えたのだが。
「グァヴァァアアアアアアッ」
呻き! 足掻く!!
腕が捥げようが頭蓋が砕けようが炎火に身を焼かれようが、それでも奴らは止まらない。
上半身だけとなったゾンビもいるが、それでもこちらに這い寄ってくる。
まったく腐った脳からどうやってこの執着が生まれ出るのか甚だ不可思議だ。
「アンデッドってのは厄介だな! 生身の生物なら今の一撃で終わるってのに!」
そしてさらに状況は悪くなる。
広場の脇にあった土の盛り上がり。
そこからボコリボコリとゾンビが這い上がってきたのだ。
そしてさらに登り下りの山道からも、援軍が現れる。
《あれは……魔物の巣だったってことですか!?》
「どーやら、そういうことだったらしいな!」
巣という表現には語弊があるだろうが、ゾンビがああして地中で日光を避けていたのは確かなようだ。
だが昼間はあの下にゾンビが埋まっていたとなると、その総数はかなりの数になりそうだ。
なにせ八合目のここまででも相当数を確認できていたのだから。
「しっかしなんなんだこの山は! ゾンビだらけ! ラブパレスというかデスパレスじゃないか!」