第106話 死者の帝国 1
「いやぁあああああああああああああ!!!!」
ユーティアは投げ捨てるようにゾンビの頭を脇に放ると、ベッドからダイビングするように飛んで床に転がる。
同時に俺はユーティアの体の支配権を奪取。
ユーティアときたら頭から床に飛び込むもんだから、俺が咄嗟に身体強化魔法でダメージを緩和する。
まったく逃げ方まで不器用な奴だ。
《ななな……なんですかなんなんですかアレは!!!》
「シスターのくせに知らないのか? 動く屍、ゾンビだよ。アンデッドモンスターの一種。こういう魔物を退治するのはお前ら聖職者と相場が決まっているんだがな?」
《し……知りませんよ! ルーベル村ではこんな魔物はいませんでしたし、聞いたこともありません!!》
まったく役に立たない奴だな……
どうもこの世界ではアンデッドモンスターは広く知られてはいないらしい。
それともユーティアが無知なだけなのか?
ユーティアに頭部を投げられてベッドの横に倒れ込んだゾンビは、ゆっくりと起き上がるとフラフラと体を揺らしながらこちらを振り向く。
室内は暗いためにゾンビの年齢や性別は不明。
もっとも明るくてその姿を確認できたとしても、かなり腐敗が進んでいるので判別はつかなそうではあるが。
最初は気が付かなかったものの、いつの間にやら腐敗臭もかなり漂っている。
「こいつを倒すことは容易そうだが、それだと部屋ごと破壊することになる。婆さん一人で切り盛りしてる宿を潰すのは、さすがの俺でも気が引けるな。それに今は状況把握が優先か」
俺はデスクチェアをゾンビに投げつける。
そしてベッドの足元の床に置いてあったユーティアのリュックを掴み取ると、部屋から飛び出し後ろ手で扉を閉める。
そして素早く左右を確認。
廊下には魔光石によって最低限の明るさが保たれているが、ゾンビの姿は見当たらない。
「あの一体だけなのか?」
ゾンビといえば、集団で襲ってくるイメージなん──
「うわぁああああ!!」
と、突然!
一部屋挟んだ左の扉から、悲鳴を上げながら一人の少年が飛び出してくる。
その部屋で泊まっていたラトルだ。
ラトルは勢い余って廊下の壁に激突して床に倒れ込んだ。
「ゆ……ユーティアさん!? たた、大変です! 部屋に魔物が!!」
ラトルは震える指で部屋の中を指す。
「そちらもか……」
まぁ確認しなくてもわかる。
こいつの部屋も似たような状況のようだ。
「そちらもということは、まさかユーティアさんの部屋でも?」
そう言いながら立ち上がってこちらに近づこうとするラトルを、俺は手を突き出して遮る。
「待てラトル! 一応聞いておくが、お前その魔物に噛まれたり傷を負わされちゃいないだろうな?」
ゾンビに噛まれた人間がゾンビになってさらに人間を襲う。
定番の展開だからな。
「いえ? 先程落雷があったようでして、それで目が覚めて灯りを点けたところで目の前にあの……禍々しい魔物がいたんです。幸い襲われる直前だったようで、こうして慌てて逃げてきたところです!」
そう説明するラトルの体に、たしかに傷は見当たらない。
なんとも運のいい奴だ。
「ならこのままこの宿を脱出するが、荷物……とりわけ剣は持っていったほうがいいぞ」
「はっ! そうでした! 剣! ってわぁ! もう来てる!!」
ラトルの部屋にいたゾンビは、すでに入り口近くまで迫っているようだ。
その状況に怯えながらも、ラトルは半身だけ部屋に入ると素早く荷物を引っ張り出し扉を閉める。
《あとはマリーですけど……大丈夫ですよね?》
ユーティアの声は、まるで自分に言い聞かせるかのようだった。
マリオンの部屋は階段の向かい側。
一階から上がってきているであろうゾンビは、なぜか俺達の部屋を把握して標的にしているようだ。
なら真っ先に襲われるのはマリオンの部屋ということになるが……
そしてやはりその部屋の扉はすでに大きく開け放たれていた。
そして廊下からの微かな灯りが照らす室内の光景は凄惨なものだった。
《マリー!! いやぁあああああ!!》
「どうやら……遅かったようだな」
突き付けられたのは残酷な現実。
ベッド上に横たわるマリオンには、すでに二体のゾンビが覆いかぶさり、その身体を貪るようにかぶりついていた。
はだけた布団から投げ出されたマリオンの足はピクリとも動かない。
すでに事切れているのだろう。
「そんな……マリオンさん!」
唖然とした表情で部屋に入ろうとするラトルの肩を掴んで止める。
「バカか! 近付けばお前まで巻き添えを食うぞ! マリオンの死を無駄にするんじゃない!!」
《リュウ君そんなこと言わないでください! リュウ君なら……今からでもなんとかできますよねぇ! お願いします! 私……なんでもします! もう好き嫌いしちゃダメとかも言わないから、マリーを助けてください!!》
なんとも無茶なことを言ってくれる。
そもそも死者蘇生はそちらの領分だろうに。
もっともユーティアにそこまでの力が無いのも知っているが。
「今お前が、そして俺達がすべきことはこの現実を受け入れ先に進むことだ」
そして俺はマリオンの亡骸に敬礼する。
「さらばだマリオン! お前の正義に対する熱い情熱と柔らかいおっぱいの感触は一生忘れないぜ!」