第105話 触れ合う肢体 4
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静まり返る室内。
雨は徐々に強くなり、バラバラと屋根に打ち付けるような音を不規則に鳴り響かせている。
風も強さを増してきているようで、窓がカタカタと音を鳴らして振動し始めた。
遠くで雷の鳴る音まで聞こえる。
野宿しなかったのは正解のようだ。
しかし…………眠れない。
いや、眠る気になれないというべきか。
先程のユーティアとの会話は半分冗談だとはいえ、妙に胸騒ぎがするのも事実だ。
このまま俺が眠ってしまえば重大な危機に対処できない……そんな気がするのだが……
「……………………リュウ君……まだ起きてるんですか?」
《……ああ、お前こそ眠れないんだな》
ユーティアもずっと眠っていないことは、まだ同調の魔法を保っている俺ももちろん知っている。
寝返りを繰り返すばかりで寝息すら立てないのだから。
「もうっ……リュウ君が変な事を言うからです。気にしなくていい事が気になってしまって、頭の中がぐるぐる~ってなって眠れないんですよぉ。お布団に入ってもうどれぐらい経過したでしょうか……」
《一時間以上経つんじゃないか? 悪かったよ。俺も寝るからお前も寝ろ。でないと明日に響く》
胸騒ぎが収まったわけではないが、これ以上起きているのは不毛だ。
部屋の扉にはもちろん鍵もかかっている。
冷静に考えれば鍵を壊してまで夜這いをかけるほど、ラトルもアクティブではないだろう。
「わかってますよぉ~、母親が子供に寝かしつけられるのも変ですけどね」
ユーティアは大きく寝返りを打って言う──とその時。
ギギィ──と、部屋の入り口の扉が開く音が響いた。
────!??
ドクン──と、ユーティアの心音が飛び跳ねる。
侵入者──だと!?
何者なのかはわからない。
この部屋が暗闇だということはもちろん、今ユーティアは入り口とは逆方向を向いて寝ているために、ことさら相手の姿は見えない。
ただ、何者かがこの部屋に入り込んだのは確かだ。
扉に鍵は掛かっていたはず。
だが鍵をこじ開けるような音はしなかったぞ?
ギシッ……ギシッ……と、その正体不明の相手はゆっくりと、しかし着実にこちらに向かって足音を立て近づいてくる。
何者だ?
マリオンの可能性は低い。
あいつは馬鹿だが他人の睡眠を悪戯に妨害しようとするほど悪質なマヌケではない。
それに奴は昼間は陽気だが、夜になると眠気で一気にテンションが下がる。
今頃は自室でグッスリ眠っているはず。
しかし俺達以外に宿泊客はいない。
となると……やはりラトルか!
冗談半分だった俺の読みだが、ここにきてまさか的中してしまうとは。
中性的な外見をしているものの、あいつもちゃっかり男だったというわけだ。
「どどど……どうしましょうリュウ君~」
カタカタと震えるユーティア。
緊張のためか恐怖のためか、身動き一つ取れずにいる。
これじゃ完全にまな板の鯉状態だ。
《ま、このまま好きにさせるわけにもいかないからな。ここは俺に任せておけ。二度とふざけたことができないように、ラトルの邪な性根と下半身のアレをへし折ってやる!》
「ダメ……ですよリュウ君。私がなんとか話し合って解決してみせます。ラトルさんだっていきなり手荒なことをしたりはしな──」
ドンッ──と、その侵入者は枕元に勢いよく手を突くと、覆い被さるように顔を近づける。
「ひっ──!!」
ここまで大胆に迫られるとは思わなかったのだろう。
ユーティアはビクリと身を縮め、声にならない悲鳴を上げる。
ゼーッハーッと荒い息遣いが耳元まで迫り、掛布団が半ば強引に引き下ろされる。
「ごご……ごめんなさいラトルさんっ! 私こういうのは困りますぅ!!」
崖っぷちの際の際まで追い詰められて、ようやくユーティアは振り向き侵入者の顔を強引に押し退ける。
それは俺が手を出そうとした直前の、ギリギリのタイミングだった。
だが事態は予想外の状況となる。
メキリ──と、ユーティアが押し出した手の指先が、相手の顔にめり込んだのだ。
「え? めきっ?」
俺もそう感じたように、それが普通の人間の肌を触った感覚ではないことをユーティアも感じたようだ。
冷たくぬめりのある感覚。
触れたことはないが、ナマコを掴んだらこんな感覚なのだろうと思われる。
なんだ……コイツは?
ラトルでは……ない?
カッ──と、その時近くで稲妻が落ちる!
タイミングが良い……と言うべきなのだろうか?
落雷による光が、暗闇によって見えなかった侵入者の正体をハッキリと浮かび上がらせる。
それはドス黒く腐敗した肉の塊。
その皮膚は所々が剥がれ、その下から白い骨が露になっている。
「ひ……はわわ……あわわわわっ!!」
ガクガクと、その顔を掴んだままのユーティアの手が恐怖で震える。
《バカな! こいつは……アンデッドモンスターの……》
「ガヴァアアアアアアッ!!」
そいつは顎が外れてるんじゃないかってぐらいに大口を開くと、地の底から響き渡るような叫びを上げる。
《動く死体……ゾンビか!!》