第104話 触れ合う肢体 3
こうして食事を終える頃に、ラトルが明日の行程の説明を始めた。
「明日は早めにこの宿を出て東側へ抜けた方が良いと思います。東側なら移動手段が確保できるでしょうが、王都まではまだかなりの距離があります。それにこの山脈の近くはさほど開発が進んでいないはずです。あまりのんびりしていると、明日中に次の町まで辿り着けない可能性が出てきますので」
「ええーっ!! じゃあじゃあ! わたしの『ラブパレスで女子力アップ計画!』はどーなるの! 明日はゆっくり観光するつもりだったのにぃ! 何のためにここまで来たのー! ひどいよー!」
《何のためって、王都へ行くために決まってるだろ。お前の女子力なんぞ一ミリたりとも興味はないんだが? 言っておくが、こんな場所で油を売って時間と金を浪費するなど許されないからな!》
そもそもマリオンはルックスだけなら最上位だろうが。
あとは黙っていればモテるんだよお前は!
そしてほどなく各自部屋に戻って休むことになった。
今日の疲れが溜まっているし、明日のためにも早めに寝た方が良いとの判断だ。
すでに眠そうな目をしたマリオンは、ポチを抱きかかえると二階へと上がっていく。
ユーティアもその後に続こうとしたところ、ラトルに呼び止められた。
「その……ユーティアさん。今日も情けない姿ばかり見せてしまって、お恥ずかしい限りです。きっと今までの僕だったら、ここで落ち込むばかりだったと思います。ですがその度にユーティアさんが励ましてくれて、そのおかげで僕は今前を向いて進むことができています。優しいユーティアさんも、時に厳しいユーティアさんも、勝手ながら今の僕にとっては強い支えになっているんです。今は情けない僕ですが、近い将来必ずご期待に沿える男になってみせます! 今はただ……お礼を言っておきたかっただけで。こんなこと、他の人が居る前では言えないので、この場を借りて言わせてください。本当にいつもありがとうございます!」
妙に真剣な顔で深々と、本当に深々と頭を下げるラトル。
「そっそんな! 私は何もしてはいませんよ。ラトルさんの強さは元々ラトルさんの内にあるものです。それはラトルさんの今までの人生と、亡くなられたお母さんとお兄さんとの関係によって築かれてきたのだと思います。だってあんなにも大型の魔物と互角に戦えたのだから。その上こうして私達の護衛まで買って出てくれている。ラトルさんほど強くて優しい方は、そうはいないと思います。だからラトルさんはもっと自分に自信を持って良いと思います。もちろん、私が少なからずそのお手伝いができているというのなら、それはとても光栄なお話です。むしろ感謝しなくてはいけないのは私の方ですね」
ユーティアはラトルの瞳を真っ直ぐに見つめて話す。
お礼を言ったのに逆に感謝されてしまったラトルの感情は読み取れない。
惚けたようなその表情。
わずかに瞳がうるんでいるように見えるのは気のせいか?
「はわわぁ~今日も疲れました~! もう寝ましょうリュウ君」
自室に戻ったユーティアは大の字でベッドに突っ伏し足をバタバタする。
《綺麗事を言った直後にコレか。まるで子供だなその様は》
「綺麗事なんかじゃないです、本心ですよあれは! それにいいじゃないですか、まだ子供なんだから! 肩の力を抜きたい時もあるんです!」
ユーティアはプライベートではよくこうしてだらける。
最初は俺の存在を気にして露骨にはしなかったが、最近ではかなり地が出てきているようだ。
ユーティアと言えどもやはり人間。
まぁ常に張りつめているより健全といえるだろうが。
「王都まで何日ぐらいかかるんでしょうか? 無事辿り着けたらいいんですけど……」
ユーティアはベッドの上でゴロリと転がり、暗い天井を眺める。
外ではいつの間にか小雨が降り始めているようで、パラパラと屋根に雨粒が衝突する音が聞こえる。
《さぁな、だが寝落ちするのはもう少し後にしてくれないか? 獣が現れるかもしれないからな》
「獣? 魔物ではなくてですか? どちらにせよ、この辺りは安全そうです。心配しすぎですよ」
《獣というよりは狼と言うべきか。そしてこれも比喩で、この場合の狼とはラトルのことを指している。つまりあいつがお前に夜這いをかけてくる可能性があるって言ってるのさ俺は》
ユーティアは俺の主張が余程におかしかったのか、枕に顔を埋めて吹き出す。
「ぷっ……クスクス! なんですかその冗談は? ラトルさんは紳士ですもん、そんなことしませんよぉ~。さっき私の裸を見かけただけでもあんなに取り乱してたのをもう忘れたんですか?」
《もちろん忘れちゃいない。でもな、事件を起こす奴ってのは、普段は大人しい性格ってケースも多いんだよ。それにさっきのラトルの態度、おかしいと思わないか? わざわざお前にだけ礼を言いにきたりして。きっと風呂場で裸のお前と遭遇したことで、普段押さえつけていた欲情がここぞとばかりに目覚めてきたのかもしれん。加えてここはカップルがイチャつくために作られたようなスポット。いや奴め……最初からこれが目当てでこのルートを選んだという可能性も……》
そんな俺の言葉を遮るように、ユーティアはベッドサイドの卓上の魔光石の灯りを消す。
「もぅ想像力豊かすぎますよリュウ君は。でも程々にしないと相手にも失礼ですから褒められたものでもないですね。隣人を信じよ愛せよが天神エイシス様の教えです。とにかく私は寝ますからリュウ君も早く寝てくださいねぇ~」
ユーティアはいつも通りに神への感謝の言葉を唱え、布団にくるまった。