第103話 触れ合う肢体 2
「はっ……はわわっ……ら、らと……」
「えっ! なな……なぜ? ユーティアさ……うわぁああ!! すいませんすいませんすいませんすいませぇええええええんっ!!!!!!!!」
その人物は、絶叫しながら大慌てで後ろに振り向き湯船にダイブした。
そう、その人物とはラトルだったのだ。
俺達以外の女性客が居たのかと思ったのに、とんだ期待外れだ。
まさか野郎の裸を見る羽目になるとは。
とはいえ下半身は視界の外だったので辛うじて見えなかったが。
「これは……どういう……」
ユーティアが風呂の入口方向を見る。
俺達が入ってきた入り口の隣に、もう一つの入口がある。
《ここはつまり……混浴ってことらしいな》
男女で分かれているのは脱衣所だけらしい。
そもそも柵で囲まれた敷地内にはこの広い湯船一つだけしかない。
冷静に考えればすぐに気付く話ではないか。
「どど……どうしましょうリュウ君! 見られました見られちゃいました!」
「見てません見てません!! 湯気のせいで……いえ湯気のおかげでほとんど……いえ全然見えませんでしたから! すいませんすぐに出ますのでぇええ!!」
よほど混乱しているのだろう。
ラトルは足が着くはずの湯の中を溺れるように入り口へと這っていく。
「おおー! ラトルちゃんも来てたんだ! いいね! 裸のお付き合いってヤツだね! だったら好都合! 実はわたしね、男の子のアソコがどうなっているか最近ちょーっとだけ興味が湧いてきたんだよね! やっぱりお年頃の女の子ですから! つ・ま・り! これはグッドタイミーングってヤツだよね!!」
いつの間にかマリオンも来ていた。
そしてそんな意味の分からないことを叫ぶと、ラトルに向かって飛び込む。
「なな……なにをするんですかマリオンさん! 僕は早く出なくてはならないんです! 離してください!」
「よいではないかよいではないか! 温泉とは身も心も解放されるものなのだよ! さぁラトルちゃんも羞恥心を捨てて解き放たれよう!」
必死にこの場から離れようとするラトルの腕をマリオンが掴んで引き止める。
お年頃の女の子はこんなことしないと思うのだがな。
「やめてくださいマリー! 貞操の乱れは堕落への一歩と私は教えられました。マリーももう少し恥じらいというものを──」
今度はユーティアがマリオンの腕を引っ張って止める。
こうして極楽湯の中では、極楽とは程遠い阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられたのであった。
「本当に! 本当に申し訳ありませんでしたユーティアさん! かくなる上は、この卑しい僕の腹を割いて詫びる他ありません! お待ちください、すぐに部屋から剣を持ってきて──」
「やめてくださいラトルさん! 不可抗力ですから! マリーも見てないで止めてぇ!!」
結局風呂もおざなりに、着替えて脱衣所から出たところでラトルが土下座して待っていた。
そしてそんな物騒なことを言いだしたので、ユーティアが必死でなだめている真っ最中なのである。
それにしてもラトル、ずいぶんと和風な詫びをするじゃないか。
お前は侍か?
「わ、わかりました……では今回の件は、ユーティアさんを傷一つ付けることなく王都まで送り届けることで挽回させていただきます。ただ本当に、あの時は湯気でほとんど見えてはいませんので、できれはそれだけは信じていただけると助かります……」
「そうですよね、外もかなり暗くなっていましたし、お互い何も見なかったということにして忘れましょう」
約10分間にわたるユーティアの説得によって、ラトルはようやく切腹を思いとどまる。
やれやれ、真面目すぎる奴ってのも考えものだな。
疲れを取りにきたってのに、余計に疲れてしまった。
「そーなの? でもわたしはけっこー見えたよ! 色々と勉強になりましたっ! また一緒に入ろうねラトルちゃん!!」
「なな……忘れてくださいマリオンさーんっ!!」
からかい気味に言うマリオンに、ラトルは顔を真っ赤にして股間を押さえる。
また切腹するとか言いかねないからやめてやれ!
その後風呂の隣の休憩所で休んでいる時に、マリオンが大きな机のようなものを指差しあれで遊ぼうと言い始めた。
腰あたりまでの高さがあるその長方形の台は、中央が10センチ程の高さのネットで仕切られている。
卓球台のような作りだ。
案の定台の近くの木箱には、ラケットと丸いゴムのような素材の玉も用意されていた。
マリオンの田舎でも、温泉宿には同じ設備があったらしい。
玉をラケットで打ち合うというルールもほぼ卓球と同じ。
なぜかこの世界でも温泉と卓球はセットになりがちなようだ。
「それっ! とうっ!!」
経験者ゆえか、意外にもマリオンはうまかった。
運動神経のニブイユーティアは足元にも及ばす。
しかしそれ以上に問題外なのはラトルだ。
奴め、球が飛んできているというのに目を瞑って打ち返そうとしやがる。
もちろんラケットは空を切るばかりで結局は惨敗。
魔物を相手にしようって剣士がゴム玉に怯むとは。
この腰抜けっぷりはもはや手に負えないレベルである。
卓球を満喫した後食堂に行くと、机の上に小さな瓶が三つ置かれていた。
魚のオイル漬けのようだ。
フォークは用意されているものの、皿すら無い。
つまりこのまま食べろということらしい。
「こんな山の上ですし、こうして食事ができるだけでも感謝しなくては。ありがたくいただきましょう」
「うぅ~まぁ3000リグじゃ贅沢は言えないかぁ~」
ユーティアは例によってポジティブに受け止めているが、マリオンはあからさまにゲンナリしている。
客の少なそうなこの宿では、その都度人数分の料理を作るというのが非効率なのだろうが。
しかし温泉の後にこのオイルまみれの魚の切れ端というのは、なんとも風情の無いことだ。