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勘違いされています。


「ノアル・シュヴァルツ」


 皇帝陛下が自信満々におっしゃる。


「アマンダにかけられた不妊の呪いを解いたのは、おまえじゃな?」

「は?」


 全然違いますけれど。

 シュヴァルツさん、ノアルっていうお名前なのか。

 

「いえ、あの、陛下……?」

「それは僕も疑っていたところだ」


 若い魔術師のリリィさんが大きく頷く。

 これは、何か大きな勘違いが起きているみたいだ。

 私にとっては、かなり好都合なことだけれど。


「ノアル・シュヴァルツ。その出自は詳細不明……ということにはなっておりますが、先帝と東方の巫女の間にお生まれになったとか?」

「……それをどこで」

「くだらない宮廷内の噂話だけれど、当たらずとも遠からずといったところか? 隠密隊としての卓越した体術や隠遁術も、東方の技だとか」


 ふむ、とアインツさんが唸る。


「シュヴァルツの身のこなし、只者ではないと思ったが……なるほど。異国の武術がルーツとなれば納得だな」


 たしかに、と私は納得する。

 泥蛙竜(トード・ドラゴン)を倒した身のこなしは、人間業とは思えなかった。

 リリィさんが続ける。


「僕の見立てでは、少なからぬ魔力を持っていると見える。解呪の法を心得ていても不思議ではないし、隠密隊ってのは色々とヤバいやつらもいるからな~」


 シュヴァルツさんが、困り果てた表情で口ごもる。


「あー……その……」

「なに、明言せずともよい。隠密隊、騎士団、魔術会の帝国の三本柱において、わしが最も信頼しているのがお前たちだ……主君に対しても明かしていない、隠し刀や奥の手のひとつくらい、なくては困る」

「……はぁ」


 シュヴァルツさんの沈黙が、なんだか勘違いを加速させてしまったようだ。

 私にとっては好都合だけれど。


「ノアル、お前は昔から卓越した隠密の才を持っていた……これからも期待しておるぞ」

「恐れ入ります」


 どうやら、シュヴァルツさんのほうでも、この勘違いを受け入れたらしい。

 たぶん……私が「大聖女」だとこの場で知られるのはよろしくない、と思ってくれているようだ。

 皇帝陛下の口ぶりだと、リリィさんやアインツさんだけではなく、シュヴァルツさん本人が幼少期から帝国で働いているのではないだろうか……前世の私と同じように。


(うーん……これは、絶対に魔力についてバレちゃいけないわね……)


 私は決意を新たにした。


「では、帝都大聖域の赤子……サクラちゃんの処遇は早いうちに決めるつもりだ。反対派の口を塞ぐことができれば、近いうちに両親のもとに返せるじゃろうて」


 サクラちゃん。

 おじいちゃま気分になるのが本当に早い人だな……。


「……しかし、その子も聖女ではないか。死の疫病を──魔塵症(まじんしょう)を祓える力を、なぜ天は我らに授けてくださらんのか」


 もうひとしきり私のほっぺをぷにぷにしてから、皇帝陛下は去っていった。


「はぁ……最後の最後まで疲れただろう。さっさと寝よう」


 シュヴァルツさんが、ごろりとベッドに横になる。


(……「まじんしょう」って……?)


 さっき聞いた単語について、私は記憶を探る。

 たしか、HPが削れていくデバフが付与される状態異常バッドステータスだった気がする。ゲームプレイ動画の中だったら、少し厄介な状態異常だって程度だけど……それがもし、現実の病気だったら……?


 ぶるる、と思わず身震いする。

 そんな病気、絶対になりたくない……!


「なあ、サクラ殿」

「わっ」

「……あなた、本当に異界から召喚されるという『大聖女』なの……?」


 ぽん、ぽん。

 シュヴァルツさんが私のお腹をそっと叩いてくれる。

 少しだけ甘えたような声と口調だ。きっと、シュヴァルツさんの本当の喋り方はこうなんだろう。今までずっと、気を張っていたのだと思う。

 心臓が脈打つよりも、ちょっとだけ、ゆっくりのリズム。

 お母さまがしてくれるのと、おなじように優しい手つきだ。

 あっという間に、瞼が重くなってくる。


「だとしたらさ……絶対に知られちゃダメだよ……子どもでいられる時間が、なくなっちゃうから……」


 体温の高い赤ちゃんに触れていたからなのか、シュヴァルツさんもあっという間に声がふにゃふにゃになる。


「ふふ……あなた、お日様の匂いがするのね……」


 すぅ……と安らかな寝息を立て始めたシュヴァルツさん。

 帝都に連行される間、シュヴァルツさんがまともに眠っているのを見た記憶がない。赤ちゃんの私は、お父さまやお母さまよりも眠っている時間が長いからかもしれないけれど。


 もうすぐにでも寝落ちしてしまいそう。

 幸せでほわほわの意識のなかでシュヴァルツさんの寝顔を眺める。不思議な人だ。大人にも、少女にも見える。寝顔なんて、本当にあどけないんだ。


 お父さまとお母さまと引き離されたとは思えないほどに、リラックスした気持ち。

 いつの間にか、すやや……と眠りに落ちてしまった。


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