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第8話 ギルベ男爵領

ギルベ男爵領は西の隣国と接している。つまり、ソーミュスタ王国の西側の辺境にある領地である。


隣国との国境は、広い荒野の中を流れる川であり、荒野には隣国へと続く1本の道がある。友好国ではない西の隣国と我が国との間は、転移陣を使って移動できない。だから、道を通って隣国の特産物であるワインなどの酒類が輸入されていて、そこから得られる関税がギルベ男爵領の大きな収入源である。


領土は森と畑が半々で、農業を主産業とするのんびりした土地だ。領都も人口3000人ほどの小さい町である。


辺境の領主には、武力が優れていることが求められる。ギルベ男爵はステラ家がトップを務める軍務族、星魔法一族の貴族である。領兵は200人ほどで、副業として畑を耕す生活をしている。


もし隣国が攻めて来た場合は、防衛戦に専念し、王都からの援軍を待つのが基本戦略である。


ギルベ男爵領では小麦の収穫も終わり、開かれた収穫祭に参加予定のグループの1つが、『コラール』と『赤いバラ』であった。



王都の冒険者ギルドで護衛を依頼した大盾使い3人と落ち合った。護衛リーダーはイオ、アースとは旧知のB級冒険者であり、もうすぐA級の実力者だ。早速、挨拶を交わす。


「やあ、イオ。今日はよろしく」

「やあ、アース、今日1日の護衛で本当にこんな高額な報酬をもらっていいのか? なんか悪いな」


「ああ、気にしないでくれ。俺の大切な人たちの護衛だからな」

「アースがいるのに護衛が必要なのか?」

「舞台上では無防備に近い。『コラール』と『赤いバラ』が舞台に上がっている時は、舞台前で警戒してくれ。俺1人で護衛するには、舞台が広いから無理だ。イオたちを頼りにしている」


「舞台前で大盾を構えて、等間隔に立っていればいいか?」

「それでお願いする。もう1つは『コラール』が魔獣狩りに出かける時の護衛だ。コラールの護衛は必要ない。それに同行して、見学させてもらう『赤いバラ』たち8人の護衛だ。こちらは護衛対象の数が多いから、護衛も複数必要なんだ」


「『赤いバラ』は6人だよな。残りの2人は誰だ」

「赤いバラの知り合い2人の女の子たちだ」


2人の女の子とは、フェネとパシファ。アイーダとフェネには、王宮から音楽魔法一族の帰還が正式発表されるまでは、外で音楽魔法を使用しないように言ってある。だから、念のために護衛が必要なのだ。



ギルベ男爵領のお祭り会場


近隣の村からも人が来て、多くの人が集まっている。盛り上がっているが、大騒ぎではない。秩序を守って楽しんでいる様子で、好感が持てるし、安心だ。俺は舞台の横から『コラール』の合唱と『赤いバラ』の歌を聞いていた。


『コラール』は古典的な2曲『アメイジング・グレイス』と『森のくまさん』を歌ったが、2曲とも有名な曲である。『アメイジング・グレイス』は、神殿で歌われる曲で、コラールの得意分野の曲だ。


『森のくまさん』は土地柄を考えたいい選曲に思えるし、誰でも歌えるユーモラスな曲だ。観客も一緒に歌い出したり、手拍子を叩いたり、大盛り上がりであった。


『赤いバラ』の2曲は恋の歌であり、若い世代に大好評。その上の世代にも好感を持って受け入れられた。1曲目の『赤いバラの恋 ―乙女座宮の女の子―』も大きな拍手をもらったが、2曲目の『赤いバラの夏』は、夏の海辺の恋を歌った曲で明るい曲であり、今は季節も夏であることからも大好評だった。


盛大な拍手がもらえて、赤いバラのメンバーも嬉しそうであった。一方、舞台が狭いことで、ダンスがやりにくいという経験が得られたことは、良かったと言える。


無事に出番を終えて昼食をとり、『コラール』と魔獣狩りに出かけることになった。行先はお祭り会場から、歩いて1時間ほどの森である。


冒険者ギルドの説明では、以前は森の奥でしか姿を見かけなかったサル型の魔獣が、3ヶ月前から森の浅い場所でも見かけるようになったらしい。これを狩るのが『コラール』の受けた依頼である。


未成年のフェネとお付きメイドのパシファのために馬を1頭借りる。2人で1頭の馬に乗るのである。


森に入るとコラール、アイーダ、フェネが小動物を狩った。アイーダが短弓を上手いのは知っていたが、フェネも上手かった。ベガの森で、よく狩りをしていたらしい。フェネは薬草を採取したりもした。


ベガの森での仕事の1つであったとのことだ。そのためか、フェネは薬草に詳しく、珍しい薬草が多いと喜んでいた。30分くらい経って一休みしていた頃のことである。


「誰か助けて~~~」森の奥から、若い女の子の助けを呼ぶ声が聞こえた。俺は、すぐに馬に乗り、声の聞こえた方へ急いだ。すぐに何かに追われている若い女の子を発見した。ケガはしていなそうだが、かなり疲れた様子でヨロヨロ走っている。


どうやら間に合ったか? 女の子を追いかけているのは、サルと思ったが違う。頭に1本の角がある。あれはサル型魔獣、5体のサル型魔獣だ。俺はすぐに詠唱する。


「星魔法 ペルセウス座の剣」


背負った剣を抜き、女の子とサル型魔獣の間に割って入る。剣を5回振り、サル型魔獣5体を倒す。サル型魔獣は、5本の薄い灰色の煙と5個の魔石を残して消えた。魔獣は致命傷を受けると、煙を残して消える。


弱い魔獣は白い煙、強くなるほど黒い煙になる。そして、1体につき1個の魔石を残す。この魔石が魔獣の討伐証明になる。


森の奥の方が騒がしい。そちらの方向を見ると、多くのサル型魔獣、数は100体ほどか、がこちらに向かって来る。


「あ、あ、ありがとうございます」


息も絶え絶えながら、女の子が礼を言う。事態が切迫しているので、すぐに女の子を馬に乗せて、仲間の所に戻る。


「サル型魔獣100体ほどがすぐに来る。防御体制を取るぞ」


そう叫ぶと、フェネを呼び短剣クリス君を渡す。


「これはアイーダとお揃いの短剣で防御結界が張れる。名前はクリス君。これをお前に与える。結界を張る時は、『バリア オン』、解除するときは『バリア オフ』と詠唱する。防御結界は半径2m、半球状だ。わかったな」


フェネがコクコクと頷いたので、


「お付きメイドはフェネの近くに集まれ」


と指示すると、6人がフェネの近くに集まった。フェネが詠唱する。


「バリア オン」


よし、防御結界が張れた。次はアイーダだ。


「アイーダ、お前も防御結界を張れ」

「いえ、私も戦います。サル型魔獣程度は水魔法で一撃です」

「そうか、じゃあ、フェネの近くにいてくれ」

「わかったわ」


次はイオだ。


「大盾使い3人はここの7人を守ってくれ。指揮はイオに任せる」

「了解。まかせてくれ」


コラールは? と見ると、すでに迎撃体制を整えていた。俺は馬に乗り剣を構える。上からの攻撃に備えるためだ。ここは森だ。地の利は敵にある。火魔法は、火事になるから使えない。サル型魔獣は木から木へと飛び移り、上空から襲うことができる。この攻撃を馬に乗り、少しでも高い場所で迎え撃つのだ。


サル型魔獣の群れが近づいて来た。まずは、遠距離からの先制攻撃だ。矢と魔法で攻撃する。アイーダの水魔法、コラールの魔法使いレジェラの風魔法、弓士アレグラの矢が放たれる。俺も土魔法で攻撃する。


「水魔法 水矢」

「風魔法 風針」

「土魔法 小土球」


どの魔法も多くの小さい矢や針、球で多数の敵にダメージを与える魔法だ。80体ほどのサル型魔獣が木から落ちた。その半数ほどが薄い灰色の煙となって消えた。消えなかった魔獣も動かない。よし、残りは20体ほど。大盾使い3人以外で、フェネの結界を背に半円陣を組む。


残りが襲って来る。バービレ、ヴィーヴロ、ドルチラが剣を振り、リエーロが槍で突き刺す。救った女の子も、力を振り絞り剣で戦っている。3人の大盾使いは大盾でサル型魔獣を弾き飛ばし、剣を振る。俺も上空から襲って来る敵を切り捨てる。


5分もかからず戦いは終わった。簡単に終わってしまった。コラールは倒れているサル型魔獣を煙に変えて、魔石を集めている。大盾使いは、7人の女の子の護衛を続けている。他にも危険があるかもしれないからだ。助けた女の子がお礼を言いにきた。


「危ないところを助けていただき、ありがとうございます。私はギルベ男爵家の5女のセルクと申します」


女兵士の軍服を着ている女の子が名乗った。剣の腕もバービレほどではなかったが、なかなかだった。なるほど、男爵家の娘だったか。


「気にするな、困ったときはお互い様。俺はアースだ。なぜ魔獣が出る森に入ったんだ?」

「薬草を採取するためです。私の母は第二夫人だったのですが、去年馬車の事故で亡くなりました。それ以来、家に居づらくなって。まだ11才の私にできるのは、回復魔法かお薬作りだけなので、森で薬草を採取するために来ていたのです」


気の毒な事情があったようだ。だが、ここで聞いておかないといけないことがある。


「そうか、大変だな。ところで、以前はこの森の浅い場所には、魔獣がいなかったのは本当か?」

「はい、ここ3ヶ月くらいでしょうか、魔獣が出るようになったのは」


「理由はわかるか?」

「いいえ、わかりません」

「じゃあ、森の奥へ行ってみよう。そこに原因があるかもしれない」


サル型魔獣が、それまでの縄張りから移動したのは、もっと強い何かが現れたからではないか? 俺はそう考えた。それを確認すべきと思ったのだ。


目のよい弓士アレグラを先頭に、森の奥へ30分くらい進んだ頃、アレグラが止まれの合図を出した。アレグラが指さす方を見ると、何人かの人の姿がある。よく見るために星魔法を使う。


「星魔法 ぼうえんきょう座」


望遠鏡で確認すると、転移陣の前に2人、そこから倉庫らしき建物に荷物を運ぶ者が2人、建設中の転移陣に3人、合計7人の緑と茶色のまだら模様の戦闘服、同じデザインの防具を身につけた傭兵たちがいた。セルクに望遠鏡を渡して確認してもらうと、知らない者たちだという。


黒幕がいるかも知れないから、黒幕の正体を知るために生け捕りにすることにした。剣を使うコラールの3人、セルク、俺の5人で彼らに近づき、弓士と魔法を使う2人の3人を後方支援とした。5人が近寄ると、突然傭兵たちが剣を抜き襲ってきたので、俺とバービレが2人ずつ、後は1人ずつ倒して制圧した。


転移陣から魔石を取り外し、転移陣を使えないようにする。新手がこないようにするためだ。傭兵たちを縄で縛り上げ、尋問した。


「お前たちは何者だ」

「ただの傭兵だ。頼まれた仕事をしていただけだ」

「仕事とは何だ」

「……」


その時、倉庫を調べていたレジェラが報告してきた。


「倉庫には隣国の特産物のお酒がありましたわ」

「どうやら、密輸グループだな」

「領主に引き渡した方がいいわ」

「ああ、そうしよう」



「この薬草は、頭痛に効くの」

「へぇ~、知らなかったわ。あっ、この薬草は痛み止めね」

「そうそう、フェネも薬草に詳しいのね」


セルクとフェネが薬草の話で盛り上がっている。年も同じ11才ということで、すぐに仲良くなったようだ。それを聞いていたアイーダが思いついた。


「アース様、フェネには友達が必要だと思います。フェネとセルクは年も同じですし、セルクが屋敷に来てもらえるといいのですが」

「男爵令嬢だから難しいかな。でも、本人は家に居づらいと言っていたな。本人が希望して、男爵が許可すればいい。なにか方法があれば良いけど」


「セルクをフェネの住み込みの護衛に雇うという形はどうでしょうか?」

「これまで見た通り剣の腕前は確かだし、回復魔法も使えるから護衛には最適だ。しかし、雇うというのは形だけで、お小遣いをあげる訳だな。まずは、セルクが屋敷に遊びに来ることから始めたらどうかな?」

「そうですね。やってみましょう」


そう言うとアイーダは、セルクとフェネへ話に行った。



ギルベ男爵屋敷


「セルク、そこの傭兵たちが森の奥に、酒の密輸拠点を作っていたのか?」

「はい、お父様。こちらの冒険者パーティ『コラール』と『青い花』の皆さんの協力で取り押さえることができました」


「でかしたぞ、セルク。褒美は何が良い?」

「ありがとうございます。では、この件が落ち着いたら、『青い花』の皆さんの所へ遊びに行かせてもらえませんか?」


「うむ、よかろう。ただし、メイドと護衛1人ずつを連れて行くのだぞ」

「はい、お父様」


その後、『コラール』と『青い花』、3人の大盾使いも褒美をもらった。そして、男爵屋敷の軍用転移陣を使わせてもらって、コラールと3人の大盾使いは、王都の冒険者ギルドへ帰った。3人の大盾使いに依頼完了書を渡すときに、残り3回の地方公演の護衛を頼んだら、ありがたいことに引き受けてくれた。


俺たちも赤いバラの屋敷に帰った。屋敷に帰って、アイーダが言った。


「魔物は出なかったわね。」

「ああ、魔物には滅多に姿を現さない。魔物を倒すより見つける方が難しい。もし、魔物が出たら冒険者ギルドから俺に連絡が来るはずだ」

「そうなの。待つしかないのね。でも、早く魔物を倒したいわ」


俺も同じ気持ちだ。ただ、魔物とは魔法を使う魔獣の事だ。魔物と魔獣の違いはそれだけだが、この違いは大きい。魔物はとても厄介な相手なのだ。


それでも、魔物3体を必ず倒す。倒さなくてはならない。


それにしても、今日はハードな1日だった。




お読みいただきありがとうございます。

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参考

「アメイジング・グレイス」  讃美歌  

「森のくまさん」  アメリカ民謡 

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