第5話 ステラ家①
今日は箱馬車を用意してもらった。実家に行くからである。ステラ家は王国の軍務を担当する貴族家のトップだ。屋敷からして、軍事拠点となるように造られている。1個師団、約1万人が駐屯できるほど敷地は広い。
敷地内には兵士用宿舎、武器防具庫、訓練場、食料保管庫、病院などがある。敷地の外周は高さ10mほどの石壁と水堀で囲まれている。屋敷というより要塞である。そう、ステラ家の屋敷というよりはステラ要塞と人々が呼ぶ建物、場所である。
門から屋敷の玄関まで、歩くと1時間ほどの距離がある。だから、箱馬車が必要なのだ。
アイーダは、朝から身支度に忙しい。入浴、マッサージ、髪の毛や肌の手入れ、ドレスの着付け、どれも過去最高の時間がかかっている。ドレスはガリレの力作で、母上の好きな色の青を基調とするもの。
髪飾りや指輪、ネックレスもドレスやアイーダの髪色に合わせて選んである。これなら母上に会っても大丈夫。まあ、母上は外見で人を判断する人ではないが。父上は母上以上に外見にこだわらない人だ。父上が見るのは、魔法や剣の実力だ。
今回のお付きメイドは、護衛としては必要ではないので2人だけ、ヒマリアとアマルだ。ガチガチに緊張している。公爵家など平民が入れる所ではないからだ。アイーダはもっと緊張している。俺の両親に会うのだ、無理もない。
門で箱馬車が待っていた。御者は乗っていない。俺は詠唱する。
「星魔法 ぎょしゃ座」
御者が星魔法で出した御者であれば、ステラ家の門を通過する時の手続きがとても楽になる。御者を見ただけで、一族の者が乗っている箱馬車だとわかるからだ。通常の検問チェックが20分かかるところを顔パスできる。
全員が乗ったところで、箱馬車が動き出し、通用口の大転移陣から転移して、ステラ家の門横の転移陣に到着する。30人の警備兵の中から、1人が馬車の横にやって来た。顔見知りの小隊長だ。
「坊ちゃん、お帰りなさい。お久しぶりの帰宅ですね」
「おお、ヘイグ小隊長、久しぶり。元気だったかい」
「はい、おかげさまで。連日の訓練で多少疲れ気味ですけど。おっと、今、門を開けます。少しお待ちください」
開いた門を通り、敷地内に馬車を進める。道の左右には一定間隔で防御陣地が設置されている。ここを突破して屋敷まで行くのは、普通の軍隊ならば無理だろう。珍しいのか、それを見たメイド2人がキョロキョロしているので、注意しておく。
「ここで見たことは口外しないように。軍事機密だからな」
「「はい、絶対に口外しません、ご主人様」」
慌てて2人が声を揃えて返事した。軍事機密なんて物騒な言葉を使ったからだ。
玄関には、執事長を先頭に、執事、メイド30人ほどが整列していた。全員が深く一礼してから、執事長が出迎えの挨拶をする。
「若様、お帰りなさいませ」
「出迎えご苦労様です」
「ありがとうございます。ご主人様と奥様がお待ちです」
執事長の案内で応接室に向かう。2人のメイドは別室に案内された。応接室の中に入ると、父上と母上がいた。
「父上、母上、お久しぶりです」
「お帰り、アース」
「お帰りなさい、アース。もっと家に帰って来なさい」
「申し訳ありません、母上」
「これこれモント、それぐらいにしておきなさい。それで、アース、そちらの女性が手紙にあった人か?」
「はい、私が第一夫人にと選んだアイーダです」
アイーダの方を向き、頷く。アイーダが1歩前に出て、カーテシーをする。
「初めてお目にかかります。アイーダ フォン ムジカと申します」
「ゾンネ フォン ステラだ。よろしく頼む」
「モント フォン ステラですわ。とても可愛い方ですこと。そのドレスもとても素敵よ。今後ともよろしくね。アイーダさん」
ガリレの力作のドレスは、母上に気に入られたようだ。よし、第一関門は突破できた。最初の挨拶も済んだので、アイーダと並んでソファに座る。父上が口を開いた。
「さて、早速本題に入ろうか。アース、確認だ。第一に、我がステラ家では、2人に結婚の希望があれば、親はそれを認める。ただし、正式な結婚は今日から1年後となる。
そして、第一夫人の場合は2つの課題をクリアしなければならない。ここまでは良いな、アース」
「はい、父上。第一夫人として以外なら、結婚しても良いということですね」
アイーダ以外を第一夫人にする気はない。しかし、そのように答えておく。
「その通りだ。では、第一の課題。第一夫人は貴族家の出身であることだ。どうだろうか? ムジカ家という家名は我が国の貴族家にはないはずだ。どこの国の……」
父上がそこまで言った時、隣に座る母上から冷たい声が響く。
「旦那様、ムジカ家の名前はご存じですよね」
「えっ、……」
父上は困惑した様子で、しばらく考え込んでいたが、
「禁書庫で調べものをしてくる。少し時間がかかるかもしれない。後はまかせる、モント」
そう言い残すと、慌てて部屋を出て行った。禁書庫は、よほどのことがないと、当主以外は立ち入ることが許されない。俺も入ったことはない。母上がアイーダを見て、謝罪する。
「ごめんなさいね、アイーダさん。うちの旦那様は魔法のことしか頭にないの。星魔法一族の男性には多いのよ、そんな人が。もう少し、他の事にも関心を持ってくれるといいのだけど」
母上が俺の方をチラッと見た。どういう意味だ?
「いえいえ、お気になさらないでください。ご存じなくて当然です。むしろ、それをご存じのお義母様はすごいですわ」
「あらあら、お義母様と呼んでくださるのね、嬉しいわ。ところで、ムジカ家ということは、アイーダさんは音楽魔法一族の方かしら?」
「はい、私は音楽魔法一族の族長の長女です」
「音楽魔法一族の族長は300年前から行方不明になっているわよね。一体どういうことかしら?」
説明は俺が引き受けることにする。
「母上、アイーダは先日アルタイルの森に帰還したのです。まだ公表していませんから、内密にして欲しいのですけど」
「まあ、そうなの。それは良かったわね。だったら。アイーダさんに是非、見て欲しい場所がありますわ。さあ、参りましょう。旦那様のことなら、しばらく禁書庫から帰って来ない、と思うから大丈夫よ」
*
俺とアイーダ、お付メイド2人は母上に連れられて、箱馬車に乗る。前後に馬に乗った護衛兵士が10人ずつ護衛に付く。こんな大げさな護衛は、本当に息苦しい。だから、この屋敷に居たくないのだ。
30分ほど進んだ頃、箱馬車は止まった。馬車を降りると、そこには「第一夫人の花園」の文字が彫り込まれた大きな石板が置いてあった。
「ここは歴代の第一夫人が愛された花が、集められている場所です」
そう言って、母上は花園の中の道へ歩いて行く。道の左右には1辺10mほど、奥行き100mくらいはあるだろうか、花壇が並んでいる。
少し歩いたところで、アイーダが、あっと声を発して走り出した。止まったアイーダの前の花壇には、赤いバラが植えてあった。異国風、高貴な雰囲気を漂わせている赤いバラだ。
「アイーダ、急にどうした?」
「ここの赤いバラに呼ばれた気がしたの」
「やはりアイーダさんは、音楽魔法一族の方でしたのね」
「母上、それはどのような意味でしょうか?」
「ここの赤いバラは、第23代第一夫人が愛された赤いバラで、名前は『聖なる癒しのバラ』。そして、第23代第一夫人は音楽魔法一族の方、当時の巫女長様の妹と伝えられています」
母上は、「第23代第一夫人ヤヨイ」の文字が刻み込まれた石板を指さしながら言う。アイーダは、それを聞いて驚いたようだ。
「えっ、過去に音楽魔法一族の巫女が、ステラ家の第一夫人になったことがあるのですか?」
「そうよ。300年ほど前のことらしいだけど」
そのような会話をした後で、アイーダは詠唱する。
「黄金のクラーフル アウト」
黄金色の横笛が現れる。それを見た母上は驚いている。
「『故郷』を演奏します。」
アイーダは横笛を口にあて、演奏を始める。その演奏に合わせて赤いバラがユラリユラリと動き始める。やがて、花壇全体の赤いバラが、まるで1つの生き物のように動く。まるで、舞っているようだ。
演奏が終わると赤いバラの動きも止まった。驚きから立ち直った母上が、アイーダに尋ねる。
「いったい今のは何なの?」
「携帯魔法で横笛を取り出しました。お義母様」
「演奏した曲はどのような曲かしら?」
「音楽魔法一族の住んでいた土地、アルタイルの森を懐かしむ曲です」
「そうなのね。そう言えば、ここのバラはアルタイルの森から持ってきたと言い伝えられているわ。きっと、ここのバラも故郷のアルタイルの森を懐かしく思っているのね」
「私もそのように思います」
母上は、しばらく赤いバラの花壇を眺めていたが、何かを決意したようだ。
「ここのバラ、『聖なる癒しのバラ』の半分をアルタイルの森に帰しましょう。半分残せば、すぐに増えて今のようになるわ」
「ありがとうございます、お義母様。一族の者も喜ぶことでしょう。『聖なる癒しのバラ』を私たち一族は探していましたけど、見つかりませんでしたから」
「えっ、一族の者って、どういうことかしら?」
そうだった、音楽魔法一族全員の帰還は、話していないのだった。
「行方の知れなかった音楽魔法一族が、オールト大森林で発見されました。そして、現在は音楽魔法一族全員の帰還を準備中です」
「まさか、そんなことが」
「母上、アイーダ1人だけが、どこか他の場所から帰還したわけではありません。アイーダもオールト大森林から帰って来たのですよ」
「そうなの。ところで、音楽魔法は300年前に失われた魔法だったわね。携帯魔法も音楽魔法の1つ。でも、音楽魔法の本道は音楽を使った魔法よね。何か見せてもらえるかしら」
「わかりました。では、音楽魔法で涼しい風を吹かせましょう」
そう言うとアイーダは横笛を口にあてて詠唱した。
「音楽魔法 旅愁」
横笛の演奏が始まる。これは秋の夜に、故郷を懐かしむ曲だ。しばらくすると、夏の暑い空気を追い払うように、涼しい風が吹いて来た。気持ちいい秋の夜風だ。
演奏が終わると、母上が驚いて言う。
「まあ、本当に涼しい風が吹いてきたわ。これでアイーダさんが音楽魔法一族の人間ということが証明されたわね」
そして、母上はニッコリ笑った。
帰りの箱馬車の中で俺は考えた。
俺のご先祖様に音楽魔法一族の人がいた。それも300年前の巫女長様の妹だ。つまり、俺の身体にはその人の血が流れている。だから、アイーダと出会い、音楽魔法一族の帰還に関わったのかもしれないと。
*
第一夫人の花園から帰った俺とアイーダは、応接室で母上を待っていた。
「お待たせしたわ。庭師に聞いたら、『聖なる癒しのバラ』のアルタイルの森への里帰りは、1週間後には可能らしいわ。受け入れは大丈夫かしら?」
「大丈夫です、母上。赤いバラの屋敷へ送ってください」
「わかったわ。それから、これが何か知っているかしら?」
母上がテーブルの上に置いたのは、透明な水晶球だった。
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参考
「故郷」 作曲 岡野貞一 作詞 高野辰之
「旅愁」 作曲 ジョン・P・オードウェイ 訳詞 犬童球渓