第22話 アースクイーン
季節は進み、春、4月になった。音楽魔法一族の帰還はとっくに完了している。アルタイルの森では、シルクの生産と染色に大忙しだ。夜会以降、貴族や裕福な平民からの注文が大量に舞い込み、予約申し込みからシルク布が手元に届くまで3ヵ月待ちらしい。
薬草も、こちらでは滅多に採取できないものが、オールト大森林では豊富に採取できるので、注文が殺到し、捌ききれない状況だ。聖なる癒しのバラからの秘薬も少量ずつ作られており、非常事態に備えて貯蔵されている。
ベガの森の住居は別荘として残されている。カイコの養殖はシルク生産のために続けられているし、水田も引き続きコメを生産するために残されている。
ここ300年の間に発明された楽器にも慣れて上手に演奏できるようになり、音楽魔法一族の演奏会を開く計画もある。人々は王都に出かけ、不自由なく買い物ができるようになった。子どもたちの中には、将来屋敷商会で働くことを希望する者もいるくらいだ。こちらでの生活にすっかり馴染んでいる。
一方、アイーダたち『赤いバラ』は4枚目の魔音盤を出し、大ヒットした。曲名は『冬の恋物語』、寒い冬のお家デートを歌った曲である。5枚目ももうすぐ曲が出来上がるらしい。曲名は『風が運んでくれた恋』、吹いてきた風がきっかけで始まった恋を歌った曲とのことである。
『星とバラの妖精たち』は、訓練に励む一方、アイドルグループとしてのデビューを目指して頑張っている。俺も、成功できるよう応援している。
『コラール』の6人もよくこの屋敷に来ている。バービレは以前から来ていたのだが、他の5人も来くるようになった。『赤いバラ』だけでなく、『星とバラの妖精たち』とも仲良くしているようだ。
平穏、平和な日々が続いており、万事順調であった。
*
赤いバラの屋敷 会議室
「レジェラ、この屋敷にいつから住むの?」
アイーダの質問に、顔を少し赤らめてレジェラは答える。
「もうしばらく後ですわ。夜の作法を学び終えてからですので。侯爵令嬢はすべての作法を完璧に身につける必要がありますの」
「そう、その作法を私にも教えてね。楽しみにしているわ」
「いいですわ。それよりバービレのことですわ。そろそろ既成事実作戦を決行しても良いのでは?」
「そうニャン。もう待ちくたびれたニャ。それに第四王女が、なにやら怪しい動きをしているニャン」
アイーダとレジェラ、バービレの3人で、バービレをアースの愛人にするための作戦会議をしているのだ。
愛人と認定されるためには、第一夫人の承認の下で、当事者2人が合意して、寝室デビューをすれば良い。だから、バービレが寝室デビューにすればいいのだが、問題はアースである。正直に話せば、アースに断られる。
そこで、以前からバービレがセルクの家庭教師として、夕方から夜、この屋敷にいても不思議に思われないように、時間をかけて準備してきたのである。
「第四王女? 王妃陛下のお話は第五王女だったと思うけど?」
「第五王女もアースの夫人になることを望んでいるのは確かですわ。第四王女はある侯爵家の長男と婚約の話が進んでおりましたの。ところが、夜会でアースの姿を見て、公爵家の話を白紙に戻してアースに乗り換えようとしているらしいですの。すでに結婚されている第一、第二、第三王女殿下たちより上になりたいのですわ」
「どうして、レジェラがそういうことを知っているの?」
「お忘れかしら。私は第五王女のご学友でしてよ。第五王女のメイド秘密情報部が得た情報を第5王女から聞きましたの」
「王女っていうだけでご遠慮願いたいのに、そんな性格の王女は嫌だわ」
アイーダのその言葉に、表情を暗くしながらも同意するレジェラとバービレ。一方アイーダはこの話にどこか違和感があった。
「ねえ、バービレは愛人になるのよね。それが、どうして夫人になりたがっている第四王女のことを気にするの?」
「そ、それは、……」
思いがけないアイーダの質問に、なぜか口ごもるレジェラ。その姿を見たバービレが口を開く。
「それについては、私が答えるニャ」
その後のバービレの説明に大変驚いたアイーダだったが、立ち直って言う。
「それなら急ぐ必要があるわね。今夜作戦決行しましょう。バービレ、夜着は持ってきているかしら」
「いいえ、持ってきていないニャ」
「じゃあ、私の夜着を貸すわ。身長も体形もほぼ同じだから大丈夫よね。」
「ありがとうニャン」
「作戦はね、アース様の弱点を利用するの。その弱点とは、アース様が夜のことに無知であることよ。詳しく説明すると、……」
*
その夜、アースとアイーダの寝室。寝室には15人は寝ることができる大きさのベッドが置いてあり、アースは先にベッドに入っている。ノックがあり、アイーダが入って来るが、いつもと違って後ろにもう1人いる。
「アース様、今日から護衛も一緒にベッドに入ることになります。これは、音楽魔法一族では普通のことです。他の貴族家でも同じだと思いますが」
「そうなのか。知らなかった。まあ、アイーダがいいならいいか」
「最初の夜ですから、よく知っている人にお願いしました」
「私が今夜の護衛ニャン」
護衛がバービレであることに驚くアース。
「アイーダ、バービレが護衛でいいのか。知っている者が同じベッドで寝ていいのか。恥ずかしくないのか?」
「大丈夫です。バービレは友達ですから、心強いですわ」
「そうか、バービレも夜着だが」
「私たちだけ夜着だと、バービレに悪い気がするするでしょう?」
「それもそうか」
*
翌朝、アースが目を覚ますと右隣にアイーダが、左隣には見知らぬ美少女が寝ていた。慌てたアースはアイーダを起こす。
「アイーダ、起きろ。隣に知らない女の子が寝ている」
「う~ん、ああ彼女はバービレよ」
「アイーダ、ちゃんと目を覚ませ。バービレとは別人だぞ」
2人の会話にバービレも目を覚ます。
「おはよう。アイーダ、アース」
やっとはっきり目覚めたアイーダが、朝の挨拶を返す。
「おはよう、バービレ。あれ、猫耳はどうしたの?」
「寝る時は外しているの。え~と、この辺りに置いたはず。あっ、あったわ」
美少女が猫耳をセットすると、淡い光が放たれて顔がバービレの顔になった。
「これはニャン語自動翻訳機能付きの変装用魔導具ニャン」
「えっ、そんな便利な魔導具があるのか。俺は知らなかったぞ」
「王城近くの貴族専用魔導具店でしか売ってないから、知られていないニャン」
「2人とも、今、大事なことはそれじゃないわ。バービレ、ちゃんと自己紹介しないと話が進まないわ」
バービレは猫耳を外して、自己紹介をする。
「アース、私、第五王女のノービレですの。寝室デビューしましたから、夫人にしてくださいますか?」
「アース様、第一夫人の私は大歓迎ですわ。もちろん、アース様も承諾されますよね」
「あ、ああ、いいぞ。アイーダがいいなら」
それを聞いたアイーダとバービレは、ベッドから出て抱き合って喜んだ。
*
野外訓練場でバービレが魔法訓練をしていると、レジェラがやって来た。
「バービレ、作戦はうまく行きまして?」
「うまく行ったニャ。でも困った事があるニャン」
「困った事、それは何ですの?」
「これまで私の護衛兼メイドとして働いてくれたヴィーヴロとリエーロの事ニャン。王宮で雇っていたから、私が王宮を離れると失業するニャ」
それを聞いたレジェラは、少し考えてから答えた。
「そうですわね。アースとアイーダに頼んで、ここで雇ってもらえばいいと思いますの。王宮よりこのお屋敷の方が、給金や他の条件もいいらしいですわ」
「それは本当かニャン? 2人に話してみるニャ」
「それがいいですわ。私も護衛兼メイドのドルチラとアレグラに、そろそろ話さなくてはいけませんわ」
そこにアイーダが来て話しかけてきた。
「2人ともここにいたのね、バービレ、レジェラ。第二夫人はバービレ、第三夫人はレジェラでいいかしら? 寝室デビューの順番ということで」
「それでいいですわ。問題ありませんことですわ」
「私もそれでいいニャ。第二夫人も第三夫人も同じニャン」
「では、そういうことで。そろそろ夫人会議の時間ですわ。行きましょう」
*
屋敷の会議室にアイーダ、バービレ、レジェラ、フェネ、プレヤの5人が集まっていた。アイーダが口火を切る。
「それでは、夫人会議を開催します」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチ
「盛大な拍手ありがとう。最初だから、自己紹介からね。まず私は第一夫人のアイーダ。ではバービレどうぞ」
「第二夫人のバービレニャン。でもこれは冒険者としての名前ニャン」
そう言うとバービレは猫耳を外す。すると淡い光が放たれて顔がノービレの顔に変わった。フェネとプレヤが驚いて言う。
「「誰ですか~?」」
「私は第五王女のノービレ、フェネとプレヤ、よろしくね」
「「ええ~、王女様~~~」」
「これまで通り、バービレでいいわよ。普段はこの変装の魔導具を身に付けるから」
「その変装の魔導具はどこで売っているのですか。私も欲しいです。」
王城近くの貴族専用魔導具店で売っているわ」
フェネの質問にバービレが答えると、アイーダがフェネを誘う。
「私も欲しいから、今度一緒にその店に行きましょう」
「はい、お姉様。是非お願いします」
「次は私ね。ラフスン侯爵家のレジェラよ。これまで通り冒険者としてお付き合いしてくださいまし」
「次はフェネとプレヤね。フェネはみずがめ座で、プレヤはふたご座だったかしら。フェネの方がお姉さんだから第四夫人で、プレヤが第五夫人でいいわね。15才になってから正式に夫人になるけど」
「「はい」」
どうやら、フェネとプレヤの自己紹介はこれで終わりのようだ。まだ婚約の段階だし、改めて紹介するまでもないからだろう。
「次はこのグループの名前ね。誰かいい名前の提案はある?」
アイーダの問いかけにプレヤが手を上げる。
「アースガールズはどうでしょうか?」
「はい、いい名前ね。でももっと年齢が高くなったらどうかしら?」
「お姉様、それでしたらアースレディズはどうでしょうか?」
「うん、いいわね。でも力強さが欲しいわ」
それを聞いたバービレとレジェラが提案する。
「アース近衛兵でどうニャン?」
「アース親衛隊でいかがかしら?」
「う~ん、女性らしさがないわよ」
「じゃあ、アイーダも提案するニャン」
「アースクイーンでどうかしら?」
「5人いるからクイーンズニャン」
「いいえ、私たちは5人で1人。だから、クイーン。わかったかしら?」
「「「「おー」」」」」
「クイーンは女王のことだし、チェスでクイーンは一番強い駒ニャン。強くて高貴な女性を表すいい名前ニャン」
アースの夫人5人のグループ名が決まって、アイーダが次の議題を提示する。
「次は愛人についてよ。愛人にしたい人を推薦してください。私は赤いバラのメイド5人を推薦するわ」
それにフェネが答えようとした時、パシファが2杯目の紅茶を持って入室してきた。
「私はセルクとパシファを推薦します」
それを聞いたパシファはフェネに尋ねる。
「私とセルクを何に推薦するのですか?」
「アース様の愛人よ。パシファもアース様の事が好きでしょう」
その言葉に顔を真っ赤にするパシファ。
「わ、私なんかに務まるでしょうか。それに私よりイスリ姉さんの方が」
アイーダがパンと手を打った。
「そうね、セルクとパシファもいいわね。それからイスリも愛人になってもらいましょう。愛人頭に適任だわ。そして、イスリにもこの会議に出席してもらうの」
「愛人頭って何ニャ」
「愛人たちのリーダーよ。事実上の第六夫人ね。イスリは屋敷警備隊の隊長として立派に任務を果たしているから、リーダーの資格十分よ。魔法学園をトップで卒業しているから、愛人の中に貴族令嬢がいても、イスリをリスペクトするから大丈夫。パシファ、イスリは愛人になってくれるかしら?」
「はい、喜んで愛人になると思います」
「じゃあ、これまで推薦された者を愛人にしていいかしら?」
「「「「意義な~し」」」」
パシファが部屋を退出すると、パタパタとあわてて廊下を走る音がした。
「あの~、星魔法一族が私とセルクの2人しかいないのですが。」
プレヤが遠慮がちに言う。
「確かにそうだわ。プレヤ、ヴェーヌとセルクと3人でいい女の子を何人か探してくれる?」
「わかりました。私たちの仲間にふさわしい女の子を探し出します」
「誰か話し合いたいことがある人はいる?」
4人の顔を見渡した後、アイーダは宣言した。
「これでアースクイーン会議を終わるわ」
こうして、アースの意見を聞かれることもなく、いろいろな事が決められたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
いいなと思ったら、評価等お願いします。