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第20話 イスス伯爵領①

「おーい、お前たち、俺の護衛対象にそれ以上近づくな」


イオの大声が王都の冒険者ギルド中に響き渡る。『星とバラの妖精』5人に近寄っていた6人の中年冒険者パーティが、イオの姿を見てギョッとした顔になり慌てて逃げ出した。


王都の冒険者ギルドでイオの顔を知らない者はいないし、逆らおうとする者もいない。

 

あの中年冒険者パーティは、星とバラの妖精の5人を騙して利用しようとしたのだろう。そうでなければ、逃げ出さないから。冒険者になりたての若者たちを利用しようとする悪い冒険者は、どこのギルドでもよく見かける。騙されないように注意しなければならないのだ。


「ありがとうございました。おかげさまで冒険者登録と冒険者バンクにパーティ名の口座を作ることが無事にできました」


ヴェーヌがお礼を言うと、


「なあに護衛の仕事をしただけだ。まあ、これで王都の冒険者ギルドでお前たちに悪さをする者はほとんどいなくなるだろうさ」


イオが何でもない事のように答えた。まあ、イオより強い冒険者はほとんどいないから、『星とバラの妖精』のここでの安全は保障されただろう。さて、これで今回の参加者は全員揃った。俺と、『赤いバラ』、『コラール』、『星とバラの妖精』と護衛の大館使い3人。合計21人の大所帯だ。全員で冒険者ギルドの転移陣へ向かう。


*   


イスス伯爵領はソーミュスタ王国の東部にあり、広さはソーミュスタ王国中4位だが、半分は山。残り半分は広大な盆地とその周辺の高原が占める。特産品は高原で生産されている高原野菜、果物や牧場の牛や豚の肉や乳製品である。


領都は、盆地の中心にあり、人口20万人の大都市である。夏は涼しい気候で、夏は避暑地として観光客で賑わう。標高が高いこともあり、紅葉が始まるのが早くて、秋も観光客が多い。9月末の今は紅葉真っ盛りである。


イスス伯爵領の冒険者ギルドの転移陣に着くと、お祭りの関係者が出迎えてくれて、彼女の案内で特設転移陣を使い、会場の控室に着いた。彼女の説明によると、お祭り会場の観客数は5万人で満員の状態。


『コラール』の出番が40分後で、その後『赤いバラ』が出演、1曲だけ歌ってすぐに退場、着替えて転移という手順ということだ。時間がないので、『コラール』と『赤いバラ』はすぐに更衣室に行く。


ステージ衣装に着替えて、準備するとすぐに『コラール』の出番が来た。『コラール』が舞台に上がると大歓声が沸き上がった。相変らずの人気である。大歓声が鎮まるのを待って、『コラール』が歌い始める。


1曲目は『紅葉』。昔からイスス伯爵領に伝わる童謡で、秋になって赤や黄色に色づく木々の葉の美しさを歌った曲だ。コラールは澄んだ女声で輪唱、同じメロディを時間差で歌う方法、で美しく歌い上げる。


輪唱はカノンと言われることもあるが、輪唱とカノンは少しだけだが違う。フーガとはもう少し違いが大きい。輪唱は全く同じメロディで追いかけっこをする。


2曲目は、『白い高貴な花 エーデルワイス』。エーデルワイスは高山植物で、高原の多いイスス伯爵領に多く見られる植物である。美しい白い花で、イスス伯爵領の多くの人たちに愛されている花だ。

  

2曲ともイスス伯爵領の人たちになじみ深い曲で、観客は静かに聴いていたが、コラールの歌が終わると大きな拍手がコラールに贈られた。コラールが一礼をして、退場すると舞台を照らしていた照明が消えて舞台上は真っ暗になった。


観客が少しザワザワしたが、舞台端の司会者にスポットライトが当たり、彼が口を開くまでだった。


「皆さま、次の出演者はプログラムにはありませんが、『赤いバラ』の皆さんです。曲は新曲の『恋は秋色 ―色づく森と街―』で~~~す」


司会者が紹介を終わると、舞台の照明が明るくなり、『赤いバラ』の姿を照らし出した。すぐに曲が始まっても観客は状況を把握できずに、会場には曲が流れ続けた。観客は横笛の演奏と歌、ダンスの美しさにうっとりとするばかりだった。


新曲は、秋になり木々の葉が色づく頃、夏の恋を失った少女が再び立ち上がり、大人へと成長する様子を歌った曲である。ダンスも激しすぎる動きはほとんどなく、全体的に落ち着いたダンスだ。


曲が間奏に入ると、舞台にいるのが赤いバラだ、と気づいた数人の観客が叫び出した。


「キャーーー、『赤いバラ』よ~~~」

「女神様だ、女神様が降臨された~~~」

「ウォ―――、俺もう死んでもいい~~~」


その叫びに、ほとんどの観客が状況を把握して、叫び出した。もう、歌声は聴こえない、いつものように。そんな大混乱の中、曲が終わり最後のポーズが決まると舞台上は暗くなり、『赤いバラ』は舞台から控室に駆け込んだ。


空気がビリビリ震えるほどの、『アンコール』の大合唱の中、冒険者の服装に着替えた『コラール』と『赤いバラ』と俺たちはイスス伯爵領の冒険者ギルドへ転移した。アンコールに応じていたら、混乱がもっと大きくなるだけだからだ。



 冒険者ギルドの中にはほとんど人がいない。今が昼前という時間だから当然だろう。冒険者は朝から森や山に狩りに出かけて、夕方に帰って来る者が多い。それに今日はお祭りに行っている者も多いだろうから。


まずは情報を得るために情報掲示板を確認する。情報掲示板には、「東の森は採取・狩猟不可能」と書かれた大きな紙が貼られていた。


「イオ、不可能ってどういうことだ?」

「さあな、禁止ならわかるが不可能っていうのは初めて見るぞ」

「詳しい事情を受付で聞こう」


俺とイオで受付に行き、赤髪の若い受付嬢に質問すると


「3日ほど前から、東の森を囲うように結界が張ってあり、誰も森の中に入ることができません。4週間ほど前から、東の森の中で行方不明になる者が出ていて、魔物がいるとの噂もあります。東の森へ行かれるのはお止めになった方が良いと思います。」


事情を受付嬢が教えてくれたが、イオが尋ねる。


「討伐依頼は出していないのか」

「出していますが、B級以上の冒険者限定の依頼で、ここにはB級以上の冒険者はいません。他の土地の冒険者ギルドへの依頼状は現在準備中です」

「では、その依頼は俺たちが引受けよう」


そう言って、イオはB級冒険者証を受付嬢に見せる。


「しかし、あの人たちも一緒で大丈夫ですか?」


受付嬢はアイーダたちの方を指さす。男4人に女の子17人、男はともかく、女の子17人はとても危ないように見えるらしい。


「大丈夫だ。あの女の子たちもかなり強い。それに女の子たちは俺たち大盾使い3人が守る。魔物を討伐するのはこいつだ」


そう言って、イオは俺の肩をポンポンと叩いた。俺が冒険者証を受付嬢に見せると、受付嬢は目を大きく開いた。


「こ、こ、この金色の冒険者証はA級冒険者証! あっ、失礼しました。A級冒険者証を見るのは初めてでして。あ、あの、しばらくお待ちください」


そう言うと受付嬢はあわてて走り去った。この国にA級冒険者は2人しかいないのだから、無理もないことだ。


帰ってきた受付嬢に応接室に案内されて、そこでギルドマスターによる丁寧な説明を受けた。それにより、東の森までは徒歩20分くらいであり、森の入り口付近には30戸ほどの小さな村があることなどがわかった。

そして依頼を受けて、荷車1台と御者1人を借り受けて東の森へと出発した。



荷車に子どもたち4人を乗せて、果樹園沿いの道を進む。ここは標高が高く、山や森の木々はきれいに紅葉している。それを眺めながら東の森まであと5分という場所まで来た時、


「誰か助けて~~~」


小さな5才くらいの女の子を背負い、10才くらいの少年が、叫びながら100m先の曲がり角から飛び出してきた。少年が50mくらい懸命にこちらに向かって走ってくると、体長30cmくらいのカラス型魔獣が20体ほど曲がり角を曲がって追いかけて来た。少年はフラフラしていたが、ついに倒れてしまう。


「水魔法 氷針」


アイーダが詠唱すると、多数の小さな氷の針がカラス型魔獣に向かって飛び、命中。カラス魔獣20体ほどは全部白煙になり、魔石を落として消えた。


「カラス型魔獣は討伐しました。大丈夫ですか?」


子どもたちに駆け寄ったアイーダが声をかけると、


「どなたかは分かりませんが、ありがとうございます。なんとか大丈夫です」


息を切らしながら少年は答えるが、アイーダが少年と少女を立たせ、身体を調べて、2人に少しケガがあることを発見する。


「バービレ、セルク、この子たちケガをしているわ、お願い」


バービレは少年に、セルクは少女に、手のひらを向けてから詠唱した。


「「回復の光」」


すると、ケガの部分が一瞬白く光りケガは治癒する。少年と少女はポカーンとした顔をする。そして言った。


「こ、これはいったい何が」


少年の疑問にアイーダが答える。


「回復魔法よ。ケガは治ったはずよ」


自分と少女の身体を調べて、少年がお礼を言う。


「はい、ケガは治りました。ありがとうございます。回復魔法は初めてみました」


そう言って少年が頭を下げる。それを見た少女もあわてて頭を下げる。


「気にしなくていいのよ。それより何があったの? 話してくれるかな?」

「はい、僕と妹はブドウを収穫しに果樹園に行っていました。それが終わって村に帰ろうと果樹園から道に出た所で、あのカラス型魔獣が襲ってきたのです」


アイーダの質問に少年は気丈に答えてくれた。


とりあえず子ども2人を村まで送ろうと、曲がり角を曲がったとき、少年が指さして叫ぶ。


「村が、僕の村の畑が……」



お読みいただきありがとうございます。


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参考

紅葉もみじ」 日本の童謡 作曲 岡野貞一 作詞 高野辰之

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