閑話 聖夜の屋敷①
9月になって、日差しも少し弱くなり、朝夕は過ごしやすくなった。赤いバラの屋敷の裏庭の花壇には秋の花々が咲き始め、そこを吹き抜ける風が爽やかに感じられる。
タイリア伯爵領に行けず拗ねていたプレヤも、たくさんのお土産を渡されて、気分を持ち直したようである。アースやアイーダからはもちろん、ヴェーヌやセルク、フェネからも、食べきれないほどの海の食べ物や貝殻を使った装飾品をもらったのである。
そして今、冒険者パーティ、『星とバラの妖精』として、アースに狩りに連れて行ってもらえるように実力をつけること。それが彼女たちの目標となっている。今月末のイスス伯爵領のお祭りの後に、狩りに行きたいからである。
赤いバラの屋敷の野外訓練場
「「星魔法 ペガスス座」」
ロータスワンド、先端に睡蓮の花の造形飾りがある杖を持つ少女とスターワンド、先端に星の造形飾りがある杖を持つ少女が星魔法の訓練をしている。プレヤとヴェーヌである。
プレヤは右手をヴェーヌの左手とつなぎ、左手にロータスワンドを持っていて、プレヤは右手にスターワンドを持っている。
「上手にできた、ちゃんと翼のある馬が出せた。さすが僕たち幼馴染、息がピッタリだ。完全同調、シンクロ率100パーセントだ」
「そうね、後はどれくらいの時間維持できるかだわ」
「僕たち2人とフェネ、セルク、パシファの5人を乗せて、草原を走ったり、空を飛んだりできる大きさで1時間は欲しいね」
「ポーションや竜王丸を飲めば、大丈夫よ」
「そうだね。よし、この2人で協力して使う魔法に名前を付けよう。2人とも生まれがふたご座だから、ジェミニ マジックだ。これでいい?」
「なんだか安易なネーミングね。まあ、それでいいわよ」
2人は5人で狩りや冒険に出かけるための魔法訓練をしているのである。
「そろそろヴェーヌの部屋に行こうか。フェネとセルクが帰って来ているだろうから。実は重大発表があるんだ」
「えっ、重大発表っていうほどのこと? 大げさじゃない?」
「いいや、重大発表だよ。とても大切なことだよ」
「そう、私はパシファの所へ寄ってから行くから、先にフェネとセルクを連れて私の部屋に行っていて」
ヴェーヌは重大発表とは、ヴェーヌも赤いバラの屋敷に部屋をもらったこと。お泊り用ということになっているが、主な目的は4人で遊ぶための部屋。そのことだと思っていた。
*
ヴェーヌの部屋
「フェネ、セルク、やったよ~」
フェネ、セルクと一緒にヴェーヌの部屋に入るなり、満面の笑みでプレヤが飛び跳ねながら叫ぶ。驚きながらもフェネが尋ねた。
「何かいい事があったの、プレヤ」
「うん、僕もこの屋敷に住めるようになったんだ。来週からだけどね。それにガリレさんがお付きメイドしてくれるって」
」
「本当? よくお父様が許してくれたわね」
「本当だよ。お父様からお許しが出たんだ。何故アース様のお屋敷だと言わなかったって怒られたけどね」
「「わー、良かったね~」」
抱き合う3人の女の子たち。ひとしきり喜んだあと、プレヤが言う。
「これで、3人一緒に暮らせるね。でも僕たち一緒にいるとして、もっと頑張らないと。基礎トレーニングや剣術や魔法のトレーニングをもっと頑張らないといけないね」
ソーミュスタ王国の軍部を担当する星魔法一族の一員であるプレヤらしい考えである。セルクは、少し考えてから、
「わかりました。私もバービレさんに回復魔法と剣をもっと鍛えてもらいます」
「そうだね。あと実戦に備えてのチームワークの訓練も必要だ、と僕は思うよ」
プレヤがそう言った時、ヴェーヌとお茶を載せたトレイを持ったパシファが入室してきた。
「こんんちわ、フェネとセルク。何を騒いでいるの?」
「ヴェーヌ、僕も来週からここに住むことになったよ」
「まあ、お兄様と婚約したってことかしら。プレヤが私のお義姉様になるのね」
「うん、でもお義姉様って呼ばないで。プレヤって呼んでくれ」
「はい、お義姉様。フフフ」
「止めてくれーーー」
なごやかな雰囲気の中、プレヤが提案する。
「ヴェーヌとパシファにも星とバラの妖精に入ってもらおうよ」
「「賛成~」」
「ヴェーヌ、パシファ、僕たち3人で、冒険者パーティ『星とバラの妖精』をギルドに登録するつもりなんだ。でも3人は少ないから、参加してくれないかな?」
ヴェーヌは即座に了承したが、パシファは戸惑った。
「あの~、私はメイドですが良いのですか」
「冒険者に身分は関係ないよ。アイーダ様の『青い花』だってそうだよね?」
「あっ、そう言えばアイーダ様のパーティも」
「そうだよ。嫌かな?」
パシファは首を横にブンブン振り、はっきりと答える。
「嫌じゃありません。喜んで参加させてもらいます」
「よし、次はリーダーを決めるわよ。家の格だとヴェーヌね」
「冒険者パーティと家の格は関係ないわ。フェネがいいと思うわ。」
「私はこの国の事をよくしらないから、ダメよ。プレヤはどう?」
「いいよ。僕がリーダーをやる」
「「「「賛成~」」」」
パチパチパチパチと拍手もあり、あっさりとリーダーが決まった。
「では、狩りをするだけではなく、お姉様たちみたいに歌って踊れるグループになりましょう」
すぐにフェネが提案する。賛成したのはパシファだ。
「いいですね。でも、曲はどうするのですか?」
「音楽魔法一族の2人で作るのよ。作曲は私がするから、作詞はパシファが担当して」
「わかりました。先に曲名を決めて、作曲してください。それを聴いて私が作詞します」
「ねえ、僕たち星魔法一族3人は何かすることないの」
「曲が完成したら、ダンスの振り付けを考えてもらえる?」
「了解。でも、曲ができるまでの間にも何かやろうよ。訓練だけじゃなくて、面白いことをして遊ぼうよ」
するとフェネは屋敷シリーズのパンフレットを取り出した。
「みんな、これを見て。お姉様の持っている屋敷シリーズのパンフレットの中にいい屋敷があるのよ。聖夜の屋敷、っていうのがあるわ」
「どんな屋敷?」
プレヤの問いかけにフェネがニッコリして答える。
「子ども用の屋敷よ。攻略するとプレゼントがもらえるわ。私は欲しいプレゼントがあるの。パシファは大人だから、チャレンジの間は控室で待つことになるのだけど、いいかしら?」
「私は大丈夫です。控室で待っています」
パシファが答えるとプレヤが声を上げた。
「よし、そこに行こう。みんなお揃いの防具と赤い靴で行くぞ」
プレヤが早速リーダーシップを発揮するが、ヴェーヌがアピールする。
「私はお揃いの防具も赤い靴も持っていないわ。パシファは持っているの?」
「私も持っていません」
「そうだった。みんなでアース様にお願いに行こう」
プレヤが、みんなを引き連れてアースの執務室に向かう。
執務室
「アース様、お願いがあります。ヴェーヌとパシファに僕たちとお揃いの防具と赤い靴を買ってあげてください」
「わかった。でも、俺はこの書類の山を読んでサインしなくてはいけないから、一緒に行けない。お金はパシファに預ける。それからパシファ、イスリに護衛をお願いしてくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
*
聖夜の屋敷
ヴェーヌとパシファの防具と赤い靴を買った後、星とバラの妖精のメンバーとイスリは聖夜の屋敷に来た。
聖夜の屋敷は、尖塔とそれを囲む外壁の建物であった。尖塔は赤や緑、オレンジの色がまだら模様に塗られていて、外壁にはリスや子猫、子犬などの小動物と色とりどりの花が描かれていた。
プレヤを先頭に星とバラの妖精のメンバー、イスリの順に尖塔の中に入ると、廊下にはたくさんのぬいぐるみが展示されていた。受付の部屋に入ると、待っていたのは、犬の着ぐるみを着た若い女性であった。
「いらっしゃいませ。この屋敷でチャレンジできるのは子どもだけです。大人の方はチャレンジできません。よろしいでしょうか?」
「はい、子どもは4人です」
「お一人様小銀貨1枚、4人様ですと銀貨2枚になります」
パシファが銀貨2枚を支払うと、受付の女性が説明してくれた。
「障害の数が1,2,3の3種類ありますが、どれになさいますか?」
「障害の数が3でお願いします」
プレヤが独断で即決してしまう。
「3つの障害をクリアするとモミの木のある場所に行けます。そこで、モミの木に付いている赤いボタンを押すと、プレゼントがもらえます。1時間以内にモミの木のある場所に行けなかったり、道から外れたり、火魔法を使うと失格になります。付き添いの大人方は控室でお待ちください」
説明を受けた4人が、パシファとイスリに見送られて、チャレンジルームの扉を開けると林の中に道が続いていた。
「さあ、行くぞ~」
「「「「おーーー」」」」
プレヤの掛け声で道を進むこと5分、看板が立ててあった。
第一障害 雪合戦の雪玉に当たらないで、道を通り過ぎてください。
先を見ると、道の左右にペンギンみたいな動物がいて、雪合戦をしていた。道の左右からかなりの数の雪玉が飛んでいる。プレヤが言う。
「走り抜ければ大丈夫かな?」
「無理です。あの数の雪玉ですから。それに、私たちが通ると、私たちを狙ってきます。4人全員が雪玉に当たらないで通過するのは無理です。雪玉を投げている動物を魔法で倒してしまうのはどうでしょうか?」
セルクが答えるが、
「あの動物を倒さなくても、通れるいい方法があるわ、私の周りに集まって」
フェネはそう言って、他の3人が集まると詠唱する。
「バリア オン」
4人の周りに結界が張られた。そして、結界に守られて雪玉が当たることなく、4人は道を進み、簡単に第一障害を突破した。これはもう反則である。結界が張れる子どもなんて、普通はいるはずがない。屋敷側も想定していないだろう。
「結界が張れるなんて、うらやましいわ」
「こんな便利なもの、僕も欲しい」
ヴェーヌとプレヤの言葉にフェネが答える。
「アース様に頂いたの。お姉様とお揃いよ。みんなも一緒に守れる優れものだから、いいじゃない」
そんな話をしながら、少し進むと看板が立ててあった。
第二障害 雪だるま 道の外へ出ないで先へ進んでください。
直径3mの雪玉の上に、直径2mの雪玉が重ねてある物体、雪だるまが幅2mの道に置いてあった。これでは道を通れない。これを見たプレヤが提案する。
「4人で雪だるまを押して、移動しようよ」
その言葉に従い、4人が並んで雪だるまを押すが少しも動かない。セルクが言う。
「道の端の雪だるまの下に少し隙間があります。這えば通れるかもしれません」
「ダメよ。這うと服が汚れるよ」
プレヤが即座に否定した。さすがは高位貴族令嬢である。自ら服は汚せないのだ。
フェネが提案する。
「『音楽魔法 雪解け ―春一番―』で雪だるまを融かしましょうか?」
「えっ、そんな音楽魔法があるの? それいいね」
プレヤが驚いて賛成するが、ヴェーヌが反対する。
「それだと、道が水浸しになって、今日買ったばかりの赤い靴が濡れてしまうわ。ここは私に任せて」
ヴェーヌは、道の端から50cmの所で剣を上段に構えて飛び上がる。そして、トーリャーと気合の入った声を叫んで、下の雪玉を切り裂く。切り落とされた部分は下に落ちると、コロンと道の外へ転がった。
「さあ、これで幅50cmの道ができたわ。行きましょう」
無事に第二障害を突破して、歩き出して5分後。次の看板が立ててあった。
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