第19話 夜会の翌日
夜会の翌朝 屋敷の執務室
この部屋にいるのは俺と執事のサタールさんの2人。サタールさんから予想していなかった質問をされた。
「ご主人様、昨夜の夜会では婚約申し込みが殺到した、と今朝のかわら版に出ておりましたが、本当でしょうか?」
「ああ、本当です。俺にではなく両親にですが、それが何か?」
「婚約の申し込みは親にするものですから、当然の事です。それでは、夫人の数が増えるということですね」
「う~ん、可能性はあるかもしれません」
「いえ、必ず増えます。本人の意思だけで決まる問題ではありません、アイーダ様のご意向もありますから。そこで、夫婦用の寝室を作りたいと思いますがよろしいでしょうか?」
ここで必要ないと言っても無駄だろうから、同意しておく。
「お願いします。それから、いつも遊びに来ているプラネート伯爵家のプレヤもこの屋敷に住むことになるだろうから、部屋の準備をお願いします」
「お付きメイドはいかがいたしましょうか」
「それは、まだわかりません。プレヤが連れてくるかもしれませんから」
「承知しました。いろいろと準備の都合がありますので、この際お聞きしておきますが、愛人は何人ほどお持ちになる予定ですか?」
この質問も意表をつく質問だ。俺は慌てて答えた。
「えっ、愛人は持たないつもりだけど」
「いえ、男性の少ないこの国では、夫人を5人、愛人を10人は持つことが経済的に余裕のある男性の社会的義務のようなものです。ご主人様でしたら、愛人を20人ほど持つべきかと思いますが」
無理だ、無理。経済的には可能でも無理だ。俺はアイーダだけでいいのだ。そんな俺の気持ちも知らず、サタールさんが続ける。
「屋敷の従業員の内、若い未婚男性は5人、若い未婚女性は60人です。できましたら、屋敷の警備隊隊長のイスリやお付きメイドの何人かを御主人様の愛人にしていただきたい、とメイド長のジュリと話しております。もちろん、本人たちも希望しております。特にイスリは強く希望しております」
「親の承諾は必要ないのですか? 愛人ですよ、夫人ではありませんよ」
「愛人の場合も、それが貴族の娘であろうと平民の娘であろうと、親は関係ありません。第一夫人の承認があれば、本人同士の意思だけが大事です。もちろん、公的な契約書は作成されます。これは、ご主人様が愛人とその子どもの生活を十分に保障するという内容の契約書です」
う~ん、そんなことは知らなかった。アイーダと良く相談しなくては。
「え~と、保留にさせてください。アイーダとも相談させてください。」
「良い返事をお待ちしております」
愛人は不要だが、サタールさんとジュリさんの頼みだ。従業員の結婚問題まで考えてあげるとは、なんて家庭的な職場だろう。これはアイーダとじっくり相談してみよう。そう思っていたら、窓からコツコツと音がした。
見るとオレンジ色の鳩がいる。この地域を管轄する北部方面軍の司令官からの鳩だ。そう言えば、昨夜この屋敷に護衛隊を置きたいと司令官から要望があった。
手紙を読むと、内容は俺の護衛のために30人ほど常駐させたいが、そのための場所は確保できるか、というものだった。サタールさんに尋ねてみる。
「サタールさん、北部方面軍から30人ほど、俺の護衛として、ここに常駐させたいとの事ですが、必要ありますか?」
「アルタイルの森との専用転移陣が設置されて、その警備用に騎士団も派遣されていますし、屋敷の警備隊もありますから、それほど必要ないと思います。」
俺もそう思う。しかし、俺は閃いた。
「サタールさん、常駐する北部方面軍の者の大部分を若い未婚男性にして、訓練場を自由に使ってもらい、お茶や食事も従業員と同じ場所で無料提供するのはどうでしょうか?」
「なるほど、若い男女の出会いのチャンスの場を作るのですね。女性の従業員も喜ぶでしょう。いい案だと思います」
「では、そのように北部方面軍に返事をお願いします。あと、常駐用の建物の建設もお願いします」
「承知いたしました。お任せください」
コン コン コン
返事をすると、入って来たのは食品工房長のビュルギさんだった。
「ご主人様、今よろしいでしょうか?」
「はい、用件は何でしょうか?」
「食品工房で製造しているワインやビール、ジュース、ハムなどに『赤いバラ』のマークを付けています。それが、アイーダ様のグループ『赤いバラ』の人気が急上昇したことで、注文量が急増しました」
「製品の品質が高いことが一番の理由でしょうが、『赤いバラ』のマークがイメージアップに役立ったということでしょうか? それは素晴らしいことです」
「はい、とても有り難いことです。ところが生産量を増やすためには、従業員の労働時間を増やすか従業員の数を増やすかの2つです。ところが、従業員を1人前にするためには5年かかります。すると、労働時間を増やすしかないので、どうしたものかと」
なるほど、アイーダたちのおかげでイメージがアップしたのか。同じ商品でも、イメージで売り上げが左右されるとは、思わなかった。しかし、問題も生じたのは困った。俺は結論を言う。
「労働時間は増やさないでください。身体を壊してはダメです。現在の従業員の負担が増えない範囲で新規の従業員を増やしてください。10年後くらいに生産量が増えればいいですから」
「それでよろしいのですか?」
「はい、商品の品質を落とす訳にはいきません。それに品質以上に従業員はもっと大切です。これまでの取引先を優先して、新規はお断りしてください」
「ありがとうございます。では、そのようにいたします」
ビュルギさんが部屋を出て行くのと入れ替えに、アナンが入って来た。
「ご主人様に手紙が届きました」
サタールさんが受け取り、俺に渡してくれる。イスス伯爵領からだ。手紙は、お祭りに赤いバラが出演することは公表せずに、サプライズで出演することにして欲しいという内容だった。理由がわからないので、サタールさんに内容を話して相談することにした。
「なぜ、こんな事をするのでしょう?」
「それは、アイーダ様のグループの出演が公表されると、大変なことになるからでしょう。先日屋敷商会のザイが話しておりました。デビュー曲の魔音盤売り上げが国内だけで50万枚以上、近隣諸国の分を合わせると100万枚以上になっていると。生の赤いバラを見ようと多数の観客が押し寄せるでしょう」
「それは本当ですか。知らなかった」
「本当です。もし、多すぎる人が短期間に転移陣を利用すると、転移陣がスムーズに機能しなくなり、最悪の場合故障します。またお祭り会場に入れない人が多すぎると、暴動が起こる可能性もあります。処理できない大量のゴミが発生するかもしれません。宿も足りないでしょう」
なるほど、人が多すぎると多くの問題も発生するのか。それを回避するための赤いバラ出演の非公表か。
「わかりました。了承の返事を返してください」
「承知いたしました。それでは早速」
「ああ、それとアイーダを呼んでもらえますか?」
サタールさんが退出して、しばらくしてアイーダがやって来た。
「俺は愛人はいらないと思っているが、サタールさんに愛人を持つように勧められたのだが、アイーダはどう思う?」
俺の質問にアイーダは即答した。
「たくさん持っていいわ。仲間は多い方が楽しいから。お母様たちを見ていて、そう思うの。できれば、星魔法一族か音楽魔法一族の女の子がいいわ。お付きメイドたちとかイスリとか。それ以外だとレジェラやバービレがいいわ。レジェラは夫人でもいい。バービレも貴族の令嬢なら夫人でもいいけどね」
「俺がいろいろと大変なのだが」
「大丈夫。私たちで話し合って解決するから安心して」
俺はガックリと肩を落とした。頭に思い浮かんだのは、俺を気の毒そうに見る
アイーダの父親ヴェルさんの疲れた顔だった。
*
午後 応接室
「やっぱりバービレも新しいシルクが欲しいのね?」
「レジェラがすごいシルクだって言ったからニャ」
「じゃあ、これがレジェラ、こっちがバービレのシルクよ」
「おー、すごいニャン。ピカピカでツヤツヤしているニャン」
「でしょう、バービレ。ありがとうアイーダ。お礼は何がいいかしら?」
「レジェラには、アース様の夫人になって欲しいわ。レジェラ、アース様のこと好きだからいいでしょう?」
顔を真っ赤にするレジェラ。
「どうしてわかりましたの?」
「見ていればわかるわ、バレバレよ。じゃあ、レジェラが夫人になるのは決まりね」
「私は何をお礼に帰せばいいニャ?」
「バービレは貴族の令嬢かしら?」
「違うニャン」
「残念だわ、貴族夫人は貴族の令嬢しかなれないらしいの」
「あら、王女殿下も貴族夫人になれましてよ」
「えっ、王女って貴族じゃないの?」
「王女殿下は王族ですわ」
貴族と王族は違う事に驚くアイーダ。しかし、いいタイミングだと思い気になっていたことを尋ねることにした。
「残りの夫人の席に、第五王女殿下が割り込んできそうなの。私は王族の人と仲良くやっていける自信がないわ。誰かいいい夫人候補の人を知らない?」
それを聞いたレジェラはバービレを見る。すると、バービレはニッコリ微笑んで首を横に振った。
「残念ながら、知りませんわ」
答えを聞いたアイーダは話を戻すことにした。
「じゃあ、そのことは置いといて、バービレが良ければアース様の愛人になって」
「もちろん、いいニャ。望むところニャン」
「でも、問題があるのよ。アース様は愛人がいらないみたいなの」
「それは困りましたわ」
レジェラは考え込む。そして、
「そうであれば、既成事実作戦しかありませんわ」
「既成事実を作るのね。私が協力すれば、うまくいくわ。早く作戦決行よ」
「あせっては、ダメですわ。まず、バービレがこのお屋敷に夕方から夜にいることが普通になるようにしますの。その後決行ですわ」
アイーダは少し考えて言った。
「バービレがセルクに回復魔法や剣を教えることにしましょう。毎日夕方に来てもらって、お礼に夕食を提供することにする、これでどうかしら?」
「私はそれでいいニャン」
「では、そういうことで」
こうして、アースの周囲は徐々に女の子で埋められつつあったのである。アースの意思とは関係なく。
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