第18話 夜会②
「アイーダ、アイーダではありませんか」
振り向くと赤髪縦ロール、青目の若い美人が、こちらに歩いてくる。誰だろうと不思議に思っていたら、
「あら、レジェラじゃない、こんばんは」
アイーダが答える。髪型やお化粧のためか、俺には全く分からなかった。恐るべき女の子の変装術、いや化粧術である。
「冒険者ではなく、貴族令嬢として会うのは初めてでしたわね。では、改めて自己紹介しますわ」
俺とアイーダはイスから立ち上がる。
「レジェラ フォン ラフスン、ラフスン侯爵家の次女ですの」
「アイーダ フォン ムジカ、ムジカ家長女ですわ」
「アース フォン ステラ、ステラ公爵家長男だ」
自己紹介が済むと3人で笑った。今更自己紹介する仲でもないからだ。
3人でイスに座り、会話を再開する。
「アイーダの服はシルクで作られているのですか? とても素敵ですわ。ふつうのシルクではないようですが?」
「そうよ、アルタイルの森で織られたものよ。素敵でしょう」
「ええ、とっても美しいわ。どうしたら手に入るのかしら?」
「2週間後に屋敷商会が販売を開始する予定よ。でも、明日の午後お屋敷に来てもらえれば、差し上げるわ。バービレも欲しがるかな、今夜はいないの?」
「ほんとに? いいの? お願いするわ。バービレは猫耳ですから、今夜はいませんわ。たぶんバービレも欲しがるでしょう」
「じゃあ、2人分用意しておくね」
「そうそう、こんど行くイスス伯爵領と言えば、最近魔物が出ているらしいわ」
魔物と聞いて、俺は口を出してしまう。
「それは本当か?」
「ええ、もうすぐ討伐依頼が出るそうよ」
「よし、討伐しよう。いいな、アイーダ」
アイーダが首を縦にコクコクと振る。聞くまでもなかったようだ。
「今度は『コラール』もご一緒したいですわ。よろしくて?」
「いいぞ、舞台の出番を早くしてもらおう。その後で魔物討伐だ」
「それは私の方で手配しておきますわ。それからイオにも連絡しておきましょう。これまで通り大盾使い3人でよろしいかしら?」
「ああ、それでいい。彼らは優秀だからな」
うん、万全の体制だ。話が一段落したところで、アイーダが質問した。
「第五王女ってどんな方かしら。レジェラは知っている?」
「アイーダと同じくらい美人で可愛い人よ。年齢は私たちと同じ15才ね」
「それでなぜ婚約していないの? 王族は婚約、結婚は早いらしいけど」
「彼女は自分より剣と魔法の腕が上でないとダメらしいの。剣だけ、魔法だけならいるかもしれないけど、両方となるといないわ。アースしかいないわ。」
「どういう性格の人?」
「優しいけど、負けず嫌いね。でもアイーダとは仲良くなれると思うわ」
「そう、音楽は好きかしら?」
「ええ、大好きよ」
「だったらいいわ。音楽の好きな人はいい人だから」
何がいいのかわからないが、気になった事がある。
「第五王女のことについて詳しいな」
「私は第五王女のご学友でしてよ。お互いに8才のときから、一緒に遊んだり、勉強したりの仲ですわ。2人とも親の決めた方と婚約、結婚。その後は家の仕事や出産で自由な時間はほとんどありません。だから、若い今のうちに好きな事をしようと意気投合しておりますの」
なるほど、侯爵令嬢なら王女のご学友なのも納得できる。
後ろから、急ぎ足の靴音が2つ、コツコツとこちらへ近づいて来た。
「レジェラ、ここにいたのか。公爵様の所へ行くぞ。もう長い行列ができている、急げ、急げ」
「何をするためでしょうか、お父様」
「お前とアース様の縁談の申し込みに決まっているだろう。これまで存在がはっきりしなかった公爵家のご子息の存在が、今日確認されたのだ。しかも、あの整った容姿。国中の貴族とその令嬢が押し寄せるに決まっておろう。我ら侯爵家が遅れをとってはならぬ」
「そうですよ、レジェラ。アース様の夫人の席はあと4つです。急がなくては。あなたにとって、こんな良いお話を逃してはなりません」
「お父様、お母様、落ち着いてくださいまし。アース様なら目の前にいますが」
「縁談というものは、まず親に、えっ、今何と言った」
ここは俺の出番だと思い、立ち上がり挨拶をする。
「初めまして、アース フォン ステラです」
「えっ、あっ、初めまして、ハリス フォン ラフスンです」
最初は驚いていたラフスン侯爵だったが、冷静さを取り戻すのも速かった。
「先日は、我が領で魔物人魚セイレを討伐すていただきありがとうございます。とても助かりました。お礼は何がよろしいでしょうか」
お礼などはいらないのだが。いや、ラフスン侯爵は内政関係貴族のトップだ。
「アイーダと共に討伐しましたから、音楽魔法一族がこの国でうまくやっていけるようにお願いします」
「それは言われるまでもない事ですが、より一層努力しましょう」
「ありがとうございます」
「では、急ぎますので、これで失礼します」
ラフスン侯爵夫妻は、レジェラの手を引いて部屋から出て行った。
俺たちも休憩部屋を出ると、若い男たちが1人の令嬢の周りに群れているのが見えた。その緑髪青目の令嬢は俺たちを見ると、こちらへやって来た。その令嬢にアイーダが声をかけた。
「リリーさん、お久ぶりです」
えっ、リリー? 全く分からなかった。リリーがカーテシーをして挨拶する。
「リリー フォン ベルランです」
「アイーダ フォン ムジカですわ」
「アース フォン ステラだ」
「アイーダ様、先日のラフスン侯爵領のお祭りでは、大変失礼いたしました」
「様は要らないわ、アイーダでいいわよ。お互い音楽が好きな者同士仲良くしましょう。」
「そう言って頂くと、ありがたいですわ。でも、今は貴族が多い場所なので、次からにします。では、次の機会にゆっくりと」
リリーはそれだけ言うと、一礼して男たちの所に戻っていった。婚活に忙しいらしい。
「アイーダ、夜会というのは疲れるな」
「そうね。知っている人もいないし、何をしていいか分からないわ。挨拶すべき人は、誰がいるの?」
「東部、西部、北部の方面軍司令官とセルクの父親のギルベ男爵くらいかな。南部方面軍の司令官は午前中に会ったから、挨拶する必要はないだろう」
「ギルベ男爵には、私もお礼を言いたいわ。じゃあ、さっさと済ませましょう」
その後、東部、北部の方面軍司令官との挨拶を終わらせ、西部方面軍司令官との挨拶も済んだところで、ギルベ男爵を見つけた。彼は西部方面軍所属だったのだ。
階級章を見ると、中佐だから地位は中隊長くらいだ。
「ギルベ男爵、こんばんは」
俺が話しかけると、ギルベ男爵は目を丸くして驚いた。
「軍団長閣下、私のことをご存じなのでしょうか」
「はい、ギルベ男爵領のお祭りの日、密輸事件の犯人引き渡しのときに会っています。ご挨拶はしませんでしたが」
ギルベ男爵は、俺の顔を見て少し考え込んでいたが、
「ひょっとして、あの時私の娘セルクのすぐ後ろに立っておられましたか?」
「はい。セルクさんには、妹のヴェーヌが仲良くしてもらっています」
ここでアイーダも挨拶をする。
「初めまして。夫人のアイーダです。私の妹のフェネーナが護衛してもらっています。また、妹はこちらの国では友人が少ないですけど、ヴェーヌさんやプレヤさん、セルクさんたちと一緒に遊んでいて楽しそうですわ」
ギルベ男爵は固まってしまった。自分の娘がどこかの高位貴族屋敷に住み込みで働いているのは知っていた。しかし、その屋敷が軍団長の屋敷で、さらに軍団長夫妻の妹たちと仲良くしているとは知らなかったからである。
「お、お、恐れ入ります。何か失礼なことをしていなければ良いのですが」
彼にはそれだけしか言えなかった。そして、会話を聞いて顔を青くしている男が1人いた。少将の階級章を付けている男だ。
「軍団長閣下、西部方面軍第三師団長のプラネートです。プレヤとは私の娘のことでしょうか?」
「はい。とても良い子でとても助かっています。なあ、アイーダ」
「ええ、プレヤさんは11才とは思えないほど、体術も魔法も優れていますわ。そんな方が、妹たちと仲良くして頂いています。ありがとうございます」
プラネート少将の顔はもう真っ青になって、ガックリとうなだれてしまった。理由は、俺の屋敷に住みたい、というプレヤの希望を許可しなかったから。それは俺との婚約を許可しなかった事になるからだ。
もっとも、あの時点では俺の屋敷とは知らず、どこかの貴族令嬢の屋敷だと思っていたのだから、不許可は当然である。プラネート少将の隣にいた夫人が言う。この人は俺の母親の友人だ。
「娘のプレヤはアイーダ様をお姉様と呼んでいるようですが」
「はい。私もプレヤさんを妹のように思っていますわ」
「でしたら、今からでもお屋敷に置いていただけませんか?」
「私は大歓迎です。アース様、どうでしょうか?」
そう言ってアイーダは俺を見る。
「もちろんいいですよ。その前に私の両親に挨拶をされた方がいいかと思います。婚約ということになりますから。」
プラネート少将の顔が輝いた。
「ありがとうございます。では早速挨拶に行って参ります」
プラネート少将夫妻は一礼して、急ぎ足で行ってしまった。
*
ワルツ 『春の声』を楽団が演奏し始めた。待ちかねた春を迎えた幸せを表現しているような曲で、音楽魔法一族の帰還を喜ぶ夜会の優雅なダンスにふさわしい曲だ。そして、アイーダとのダンス練習で使った曲だ。この曲なら無難に踊れるはずだ。
「知っている曲だ。いつも練習していた曲だし、踊ろうか、アイーダ」
「そうね。たぶん、大丈夫よ。それに、なんだか身体を動かしたい気分だわ」
明るい曲だ。踊っているうちにいろいろ忘れることができて、楽しくなった。アイーダの踏むステップは軽やかで、春の到来を喜ぶ蝶が舞うようだ。それでいて優雅。蝶の妖精の王女様と踊っているような気持ちになる。リード役のはずの俺がリードされている。だから、夢中になって踊ってしまった。
踊りが終わると大きな拍手が聞こえたので、周囲を見ると俺とアイーダだけが踊っていたことに気づいた。恥ずかしかった。まあ、拍手がもらえたから、下手ではなかったようだ。何回も周囲に一礼して拍手へのお礼をした。
踊り終わって身体が熱くなったのと恥ずかしかったので、庭園に出て涼むことにした。華やかな衣装に身を包み、優雅に踊る人々の邪魔にならないように、庭園に出る。庭園にはあまり人影はなく、離れて2人組がいるだけであった。
「美しい花壇ね。見ていると落ち着くわ」
「そうだな。今日は大変な1日だったから、余計にそう感じる」
「アース様は私のこと好き?」
「もちろん、他の誰よりも好きだ」
「ねえ、今夜はフェネが寝るまで部屋で待っていて」
「わかった。待っているよ」
今夜は満月がきれいな夜だった。
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参考
ワルツ 「春の声」 作曲 ヨハン・シュトラウス2世