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第2話 べガの森②

 翌朝起きてから、まず手紙を書く。音楽魔法一族の森は、アルタイルの森から北へ歩きで3週間くらいの距離にあること、早ければ今日の夕方、遅くとも明日中には赤いバラの屋敷に帰ること。

屋敷商会の会頭さんにも伝えて欲しい事、の3つがその内容だ。


「星魔法 はと座」


青い鳩を呼び出し、メイドのヒマリアへ届けるように命じる。


窓から飛び立った鳩を見送っていたら、子どもが朝食の準備ができました、と呼びにやって来た。昨夜、アイちゃんと一番長い時間話していた青色の髪、エメラルドグリーンの目の女の子だ。


朝食は、パンではなく、ご飯と呼ばれるお米を炊いたものが出された。この森では、昔から朝食と夕食にはご飯を食べるそうだ。スープはミソスープ。湖で取れた魚を塩焼きにしたもの。まるで、話に聞いている倭国の朝食だ。


ひょっとして、音楽魔法の一族の遠い先祖は倭国から来たのか? そんなことを考えながら、ナイフとスプーンで食べた。森の人たちはハシという2本の木の細い棒で食べている。昨日の夕食の時、俺はハシの使い方を練習したが、まだ使いこなせていないから、ナイフとスプーンを使わせてもらった。


朝食を食べている人数が昨夜より多い。女性が3人、子どもが7人増えている、愛人とその子供たちだそうだ。女性同士も子どもたち同士もみんな仲がいい。

赤ちゃんがいるなど、子育ての都合やいろいろな理由で一緒に住めないそうだ。


もっと大きな家が欲しいが、現状では無理。だから、せめて食事だけは一緒にということらしい。アルタイルの森では、家の大きさも希望を聞いてもらえることを話したら、大人も子どもも歓声を上げた。


夫人と愛人の違いはない。昔はあったそうだが、現在はない。ただ、夫人は5人までという決まりだけが残っているとのことだ。男性の数が女性に比べて少ないので、そうなったらしい。第一夫人のディーナさんが、話しかけてきた。


「アースさん、あそこの女の子は第二夫人の子でフェネーナです。いい娘ですよ。アイーダとも仲がいいですし、どう思いますか?」


その女の子を見ると、さきほど呼びに来た青色の髪、エメラルドグリーンの瞳の可愛い女の子だった。


「まだ、11歳だけど、私もお薦めするわ」


アイちゃんも押してくる。何に薦めているのだろう? ひょっとして、俺の夫人の1人にと勧めているのか? いや、俺の夫人はアイちゃんだけでいいのだが。


「いい子みたいですね。そうですね、候補の1人に考えておきます」


そう答えると、父親のヴェルさんが尋ねてくる。


「向こうの音楽魔法一族の男性は多いですか?」

「ここよりは、多いと思います」


子どもの男女の数から推定して、そう答えると


「それは良かった。この森の男は疲れ気味でして。そのうちアースさんにもわかる時が来ると思いますが」


ヴェルさんはしみじみと語った。そうか、力仕事ができる男の数が少ないと、責任が重い立場の人は大変なのか。単純にそう思った俺だが、数年後深い共感を持って、この言葉を思い出すとは知る由もなかった。



 朝食後、広場で集会が開かれた。最初にアイちゃんが帰って来た事が発表され、続いてアイちゃんの横笛の演奏が行われる。集会での演奏は巫女長の第一夫人が慣例だそうだ。しかし、今のアルタイルの森の様子を伝えるために、副巫女長のアイちゃんが演奏するのだ。この一族では、言葉より音楽の方がよく伝わるらしい。


「『故郷』を演奏します」 


アイちゃんが横笛を口に当て、演奏をする。遠く離れた、生まれ育った土地を懐かしむ曲だ。300人ほどの一族の人たちは目を閉じて演奏に聞き入っている。


演奏が終わって、しばらくは静寂に包まれていた。しかし、徐々に人々は言い出した。


「帰ろう、故郷の森に」

「みんなで帰ろう。アルタイルの森に」

「そうだ、早く帰りたい。アルタイルの森に」


やがて、それは広場全体へと広がった。アイちゃんの演奏が一族全員の心に届いたようだ。

次に族長のヴェルさんが演説する。


「我が一族は先祖の土地、アルタイルの森に帰ることとする。魔物や魔獣のいるオールト大森林の中を長く歩く必要はない。転移陣なるものを使えば一瞬で移動できるそうだ。各自の住む家、工房の詳細な内容については、現地の音楽魔法一族の子孫に準備してもらえる。希望を各家、各工房でまとめておくように。さあ、全員で帰るぞ、皆の者」


大歓声が起こった。全員、明るい表情で、動き出した。


その後、アイちゃんの案内で森を見学した。最初は多くの桑の木の中にある、マユからシルク糸を巻き取る工房。茹でたマユから1本の細い糸が巻き取られる。1本の糸はいつまでも巻き取られ続ける。


その糸6本がより合され、1本の糸になる。そうしないと、糸が切れやすいからだそうだ。こうして、光輝くシルク糸ができる。現在の王国では、失われた技法だ。この糸で織られた布は王都で人気になるだろう。


 次に染色工房群。たくさんの建物がある。原料となる植物や虫ごとに分けてあるそうだ。俺が案内されたのは、糸や布を藍色に染める建物。使う植物はタデアイ。そう、ここは藍染の工房だ。


大きな壺の中の液体に浸けられていた布を、取り出して水洗いする。最初は薄い緑色だが、乾燥するにつれ青色、藍色に変化していく。不思議だ、魔法みたいだが、魔法ではないらしい。案内が終わった後、工房長が話しかけてきた。


「アース様はステラ家の方でしょうか?」

「はい、そうです」

「ステラ家の族長の方は、澄んだ赤みの紫色の服をお持ちでしょうか?」

「いいえ、見たことはありません。普通の紫色の服なら、公式行事のときに着ているのを見たことがありますが」


「そうでしたか。澄んだ赤みの紫色はロイヤルパープルと言われる色です。昔、我々が王家とステラ家だけに、その色で染めた布を献上していた、と言い伝えられています」


「では、ロイヤルパープルの服を着るのは、王家とステラ家の長だけだったのですね」

「いいえ、もう1人います。それは我が一族の巫女長様です」


何故だろう? 考えていたら、アイちゃんが話しかけてきた。


「巫女服は巫女の位により服の色が決まっているの。私のお母様、巫女長が紫色、副巫女長の私が青色、次が赤色、黄色、白色、黒色ってね。そして、特別な時に着る巫女長の服の色がロイヤルパープルなの」


工房長が後を続ける。


「この森では、ロイヤルパープルを作る材料の巻貝が手に入りません。しかし、製法技術はしっかり受け継がれています。アルタイルの森へ帰って、ロイヤルパープルの布を王家とステラ家に献上できる日が楽しみです」


最後は、薬草とポーションの工房。薬草が作られる薬は王国で作られる薬と大差なかった。ここでも工房長が尋ねてきた。


「アース様、アルタイルの森に高貴な雰囲気の赤いバラはあったでしょうか?」


俺が思い出そうとしていると、アイちゃんが答える。


「私も探したけど、無かったわ」

「そうですか。残念です。あのバラがあれば、傷を一瞬で治療し、万病に効く薬ができるのですが」

「森をすべて探した訳ではないわ。まだ可能性はあると思うわ」


ポーションの種類は王国より少なかった。材料がオールト大森林の植物や獣だけだからだろう。試しに疲労回復ポーションを飲ませてもらった。飲みやすい。


いい香りがして、ほんのり甘い味がした。貯蔵している時に、貯蔵庫で定期的に、香りや味を付けるための曲を演奏している事が理由だそうだ。王都で販売すれば、爆発的に売れること間違いない。



 族長の家に帰って食べた昼食は、野菜炒めとソバという細長い麺類だった。これをキノコの1種のシイタケからとった出汁につけて食べる。俺はフォークにソバをグルグル巻きつけて食べた。


これをつけるともっと美味しいと言われた、ワサビという緑色の調味料をソバにつけようとしたとき、アイちゃんの母親のディーナさんの声がした。


「あら、アイーダ、ピーマンが食べられるようになったのね」

「そうよ、私も15歳、大人になったからね」


そう言って、アイちゃんが胸を張る。ディーナさんを見ると、やさしく微笑んでいる。ヒマリアとアマルも同じような表情を見せる事もある。そういえば、アイちゃんがヒマリアとアマルをお付メイドに選んだ時に、懐かしい感じがする、と言っていたのは、これだったのかもしれない。


そんな余計なことを考えたからか、ソバを口に入れたら、ツーンとして辛くなった。あわてて水をたくさん飲む。ワサビをつけ過ぎたらしい。子どもたちに大笑いされた。


昼食後、水田を見せてもらった。水の中に育っている植物がある。稲といって、これからお米が収穫できるらしい。コムギより稲の方が栽培面積が広いとのことだ。理由は、音楽魔法一族は、稲からとれるコメを主食としているから、との事だ。


その後、引っ越しの準備を進めるために、アルタイルの森に帰ることにした。

湖の畔で、族長のヴェルさんと今後の打ち合わせをする。


「3日後くらいにまた帰って来ます。転移陣を持ってくる予定です」

「それまでには、ある程度希望がまとまっていると思います」


そこに第一夫人のディーナさんと、薄い赤色の巫女服を着た第二夫人のイズマエーレさんが、手に横笛を持つフェネーナを連れてやって来た。第二夫人が頼んでくる。


「アースさん、フェネーナを一緒に連れていってください。聖なる響きの館の巫女として、早くお役に立つようにしたいのです」


横にいるアイちゃんも言う。


「アース様、私も賛成です。是非、フェネーナを連れていきましょう。私たちは小さい頃から仲がいいの」

「屋敷には部屋がたくさん余っているし、お付きのメイドを増やせばいいか」


「いえ、私と同じ部屋の方が、いろいろと都合がいいです。お付きのメイドも今のままで大丈夫です」

「そうか、じゃあ連れていこうか。フェネーナはそれでいいか?」

「はい、ありがとうございます、アース様」


俺は詠唱する。


「星魔法 はと座」


虹は消えてなくなったので、念のために青い鳩に道案内をさせる。鳩の方向感覚は優れているのだ。


「星魔法 はくちょう座」


続いて白鳥を出して3人で乗り込む。一族の人たちが見送る中、白鳥が飛び立つ。進むのは真南の方向だ。来る時は夜だったから、見えなかった大地の様子が見えた。見回す限りの森、オールト大森林だ。


白鳥の背でアイちゃんと相談する。


「アイちゃん、名前はアイーダだったんだね。両親への報告も終わったし、事実上結婚したことになる。これからはアイーダと呼んでいいかな?」

「はい、私もアース様とだけ呼びます。正式に結婚した後は旦那様で」

「じゃあ、練習しようか」


俺たちは、アイーダ、アース様、アイーダ、アース様、と30回ほど繰り返した。

うん、慣れた。アイーダもすっかり慣れたようだ。そこに小さな声がした。


「あの~、私はどうすればいいのでしょうか?」


そうだった。フェネーナのことをすっかり忘れていた。


「私のことは、これまで通りお姉様で。アース様のことは、お義兄様かアース様ね。私たちはフェネーナと呼んでいいかな?」


「はい、でも私のことはこれまで通りフェネとお呼びください。アイーダお姉様のこともお姉様とお呼びします。アース様のことはアース様とお呼びします。将来のことがありますから、お義兄様は止めておきます」

「そうね。フェネも将来は、アース様と結婚するのだから」


どうやら、俺の意思とは関係なく、2人目の夫人は決まっているようだ。まあ、いいか。まだこの先どうなるかわからないから。それから、しばらく飛んでいると、カメさんの湖が見えてきた。



お読みいただきありがとうございます。


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参考

「故郷」 作曲 岡野貞一 作詞 高野辰之



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