表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/28

第17話 夜会① 

 祝賀式典から赤いバラの屋敷に帰って、しばらくの間はぐったりしていた。初めての公式行事出席で精神的に疲れたのだ。周囲にたくさんの見知らぬ人間、張り詰めた空気の中に長時間いたことがダメージになった。


やはり、気楽に行動できる雰囲気の中で、自由に過ごす方がいい。そうは言っても、最低限の義務は果たさなくてはならない。息の詰まる、堅苦しい場面には、できるだけ近寄らない、そうするしかない。


 数時間後、いったんアルタイルの森に帰ったアイーダも、屋敷に帰ってきた。アイーダはあまり疲れていないようだ。いや、疲れている暇はないのだろう。この後、夜の夜会のための準備をしなくてはいけないのだ。アイーダにとって、今夜が社交界デビューの夜であるからだ。


貴族女性にとって、社交界デビューはとても大切なイベントであるが、それが国王陛下の出席なさる夜会である。すごいプレッシャーがかかっているはずだ。  社交界デビュー、デビュタントボールとも言われる、が王家主催の夜会になるということで、着用するドレスをどうするかにも悩まされたらしい。


普通、デビュタントボールでは純白のボールガウンと呼ばれるドレスと白のオペラグローブ、指から肘と肩の間までの長い手袋、の着用となるのだが、母親の青色のドレスを、という要請もあり、純白と青色を基調とするドレスと白のオペラグローブ着用となった。


それを受けて、ガリレが、アルタイルの森で織られたシルクを用いて、全力で作成したドレスが今夜アイーダを飾るのだ。俺もガリレの作ってくれた服を着せられている。

準備をするお付きメイドたちの気合も鬼気迫るものがある。アイーダのメンタルは大丈夫だろうか?




アイーダと2人で、屋敷から箱馬車で王宮に向かう。


「いよいよ夜会デビューだが、大丈夫か?」

「たぶん大丈夫よ、でもダンスを上手に踊れるかしら?」

「練習した曲だけ踊れば大丈夫さ。後はお茶や軽食の用意されている部屋や庭園で休んでいればいい」

「そうね。音楽コンクールやお祭りの舞台ほど、見ている人も多くないわよね」


夜会の会場に向かう箱馬車の中での、俺とアイーダの会話だ。これまでの赤いバラとしての舞台経験からか、それほどアイーダは緊張していないようだ。


夜会の会場は王宮の隣の建物。千人ほど入れる広さがある大きな建物である。 建物の正面玄関で箱馬車を降りると、侍従が夜会の会場まで案内してくれた。会場の大きな扉の前で、アイーダの手を取る。アイーダは緊張していない、いたって普通通りだ。エスコートの準備を整えると扉が開いた。


係の侍従が大きな声で、入場者の名前を告げる。


「アース フォン ステラ様、アイーダ フォン ムジカ様」


天井から吊るされたシャンデリアが、明るく照らす会場には着飾った500人ほどの人々がいたが、その視線が一斉にこちらに向けられる。祝賀式典で、見事な星魔法と音楽魔法を披露した2人。幻の御曹司と呼ばれ、実在が疑われていた俺、音楽魔法一族の族長の令嬢アイーダ、その2人が揃って登場したのだ、注目を集めないわけがない。


最初は静まり返っていた会場だったが、あちこちでホウとため息がもれ、女性の「まあ」という声がした。おそらくアイーダの美しさに対するものだろう。嬉しいやら、誇らしいやら、いい気分である。


会場を見渡すと、奥の方で俺の両親とアイーダの両親が歓談しているのが見えたので、そこへ向かう。俺たちが歩みを進めると人々の群れがサーと割れる。


とても美しいご令嬢だとか、お似合いの二人ですわとか、私がもっと早くアース様とお会いできていればとか、小声で囁かれる。その中をゆったりと歩いて両親たちの所へたどり着いた。最初に話しかけてきたのは母上だ。


「あらアイーダさん、素敵なドレスね。それに、髪飾りも指輪もとても綺麗よ」

「ありがとうございます。お義母様のドレスもとても美しいですわ」


アイーダの髪飾りは、『緑色のハプー』、緑色をした球状で赤いハートの絵が描かれている髪飾りである。指輪は『紫色のシルバ』、赤いバラの模様が描かれている紫色の宝石。2つともこの世界に1つしかないものである。ネックレスやブレスレッドも最高級品だが、それらよりも圧倒的に美しい。


俺の両親、アイーダの両親、俺とアイーダの着ている服は、アルタイルの森で織られたシルクで作られている。普通のシルクより光沢が鮮やかで、着心地もよい。この夜会で評判が広まるだろう。


2週間後に開始される屋敷商会の一般販売に、予約が殺到することは間違いない。アルタイルの森の職人さんは大変忙しくなるだろう。


「アイーダ、子どもはまだかしら?」


アイーダの母親、ディーナさんが尋ねた。それを聞いたアイーダは顔を真っ赤にして、下を向いた。ディーナさんは続ける。


「音楽魔法の使える子どもが3人は欲しいわ。星魔法の使える子どもは何人でしょうか、モントさん」

「そうですわね、星魔法の使える子どもも3人は欲しいですわ。合計6人とすると、1人目はそろそろ欲しいですわね」


それを聞いたアイーダが呟く。


「ろ、ろ、6人。無理よ、無理、無理」

「無理なら、フェネに手伝ってもらうのがいいわ」

「あら、フェネさんとはどういう方ですの?」


「第二夫人の子で、アイーダの妹でしてよ。まだ11才ですけど、もうお屋敷で一緒に住んでいますわ」


母親2人で話が進んでいく。俺とアイーダの意見は聞かれない。何故だ。


「一緒に住んでいるということは、婚約したという事ですわね。星魔法一族からも1人くらいは送り込みましょう」

「それがいいですわ。誰かいい娘がいますか?」


「小さい頃からアースを好きだった伯爵家のプレヤという娘がいますの。この子もまだ11才ですが」


「あら、それはいいですわ。でも2人とも11才ですとあと4年待つことになります。やはり、15才以上が望ましいですね。この後、アースへの縁談の申し込みが殺到するでしょうから、ご一緒に検討していただけませんか?」

「もちろん協力させていただきますわ」


母親2人は、もうすっかり仲良しだ。ディーナさんは俺の夫人探しに積極的に協力してくれるらしい。それはいいのだが、一緒の屋敷に住んでいると婚約なのか。知らなかった、そんな大切な事。ちゃんと教えておいてください、俺の両親。


待てよ、とすると、セルクはどうなる? いや、彼女は従業員として住んでいるから、他のメイドたちと同じはずだ。セーフだ、セーーーフ。


アイーダを見ると、何か考えているようだ。まあ、子どもを6人と言われれば、そうなるか。子どもの数は俺とアイーダに任せて欲しいものだ。どうしたものか、と考えていたら、父上が聞いてきた


「アース、ラフスン候爵領で魔物人魚セイレを討伐したか?」

「はい、アイーダと2人で討伐しましたが、なぜ知っておられるのですか?」


「魔物を討伐した若い冒険者が星魔法を使ったらしいが、誰かわかるか? とラフスン候爵から問い合わせがあったのだ。魔物討伐ができる若い星魔法使いと言われれば、思い当たるのはアースだけだからな」


「なるほど。たまたまラフスン候爵領にいましたから。それに、アイーダと協力して討伐したのですよ。それから、タイリア伯爵領でケンクラーを討伐しました。これで、魔物2体討伐完了です」


「そうか、あと魔物1体だな」


その時楽団が演奏を始めた。曲名は『威風堂々』。夜会に国王陛下夫妻が入場されるときの曲だ。会場内の男性は片膝をついて深く頭を下げ、女性はカ-テシーをする。合唱の部分が始まると、舞台の王家専用扉から、曲に合わせて威風堂々と歩かれた国王陛下夫妻は席に座られて、国王陛下が言葉を発せられる。


「皆の者、楽にしてよいぞ。今宵は大いに楽しんでくれ」


全員が立ち上がる。そして、俺の両親、アイーダの両親、俺とアイーダの順に国王陛下夫妻の御前に進む。挨拶が始まるのだ。順番は決められている。 最初は公爵家のステラ家、次が公爵相当のムジカ家。


それが終わったら、3家の特別侯爵家、10家の侯爵家、そして、伯爵家、子爵家、男爵家の順だ。挨拶と言っても、貴族家の数が多すぎるから、国王夫妻の傍らに控える侍従長が、貴族の家名を呼ぶのに合わせて頭を下げるだけである。


俺の両親とアイーダの両親の挨拶が終わり、俺たちの番になった。一礼して終わったと思ったら、国王陛下から声をかけられた。


「祝賀式典における2人の星魔法と音楽魔法は、とても素晴らしかったぞ」

「ありがとうございます」


アイーダと2人で頭を下げる。王妃陛下の声がする。


「アース、アイーダは第一夫人ですか?」

「はい」

「お似合いのカップルですね。アース、第二夫人に第五王女はいかがですか? 持参金をたっぷり持たせますわ」


えっ、第五王女は全然知らない人だし、でも王妃陛下のお言葉だし、アイーダはどう思うだろうか、などと答えに困っていると国王陛下が助けてくださった。


「これこれ、アースが困っているではないか。アースすまないな。第五王女の嫁入り先がなくて、王妃もあせっておるのだ。あの子は自分より強い男でないと結婚しないと申しておってな。あの子より強い男など、そうそういないのに」


もう一度礼をして国王陛下の前から下がった。王女殿下なんて夫人にしたら、どうなるのか? 堅苦しくて肩が凝るのではないか? 我が儘王女だったらどうする? もう不安しかない。できれば、辞退したい。いやいや、アイーダも嫌だろう。そう思って訪ねてみた。


「アイーダ、王妃陛下から第五王女を第二夫人にと言われたが、お前はどう思う。嫌だろう?」

「何とも答えようがないわ。第五王女のことを何も知らないから」


もっともな答えが返ってきた。そう言えば俺も第五王女のことは何も知らない。身分や立場で人を判断してはいけない。でも、貴族の結婚は家柄だけで決まることが多い。いや、いや、俺の夫人はアイーダだけでいいのだ。


考えることにかなり疲れたので、お茶や軽食の置いてある休憩部屋に入って、休むことにした。部屋の中に入ると、若い女性が2人でお茶を飲んでいたが、俺たちの姿をみて、1人が部屋を出て行く。その女性は美しく気品のある女性だった。


のんびりと2人でお茶を飲んでいたら、残った1人の若い女性が声をかけてきた。長い赤髪を縦ロールにセットし青目の美少女だ。誰だ? 俺たちには、夜会に出るような若い女性に知り合いはいないぞ。


お読みいただきありがとうございます。


いいなと思ったら、評価等お願いします。


参考

『威風堂々第1番』(作曲 エドワード・エルガー)の中間部主題の旋律 

(希望と栄光の国 作詞 ベンソン・アーサー・クリストファ) 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ