第13話 フェネの初めてのお買い物
コン コン コン
ノックの音が響く。このノックの仕方は執事のサタールさんだ。一流の執事はノックの音からして違うからわかる。
「どうぞ。入ってくささい」
「依頼されていた物を、お持ちしました」
「ありがとうございます。テーブルの上に置いてください」
依頼したのは、いろいろな硬貨が入った皮袋4つだ。フェネにお金の事を教えるために用意してもらった。
「今日は警備隊のイスリは出勤日ですか?」
「はい、昼過ぎからの出勤になっております」
「では、出勤したらここに来るように伝えてください」
あっ、夜会の服の事を忘れていた。ガリレに作ってもらわなくてはいけない。
「それから、今、ここに来るようにガリレに伝えてください」
「かしこまりました」
ガリレはすぐにやって来た。この子はいつも動きが素早い。ガリレに青い星4つの階級章と式典用の軍服、濃紺色のマントを見せて、頼む。
「まだ正式発表はいが、1ヵ月くらい後に、音楽魔法一族の帰還を祝う式典と夜会が行われる予定だ。式典にはこの軍服と濃紺色のマントを着用することになっている。夜会には、この青い星4つの階級章を左胸に付けた、青を基調とする服を着用するよう言われている」
ここまで説明すると、ガリレは階級章と式典用の軍服を調べ始めた。
「この軍服に少し手を入れたいのですが、ダメでしょうか?」
「ああ、残念だが、その服は細かい部分まで、規則で決まっているからダメだな。昔から決まっている伝統あるデザインだから、古く感じるのは当然だ」
「やはりそうですか。では、夜会用の服にも規則があるのでしょうか?」
「いや、さっき言ったのがすべてだ。自由に作ってくれ」
「では、布はベガの森で織られたシルクを使いましょう。同じシルクでも、ベガの森のシルクは、美しさが違います。桑の葉がいいのか、カイコガの種類が違うのか、糸にする技術が違うのか、わかりませんけど」
実に興味深い。ベガの森のシルクが特別な理由は何か、知りたいものだ。
「ほう、そうなのか。では、そのシルクで頼む。アイーダも服を作る必要があるはずだが、何か聞いているか?」
「いいえ、まだ聞いていません。この後アイーダ様にお聞きします。お二人の服のデザインはお任せください。ご主人様とアイーダ様、それぞれすばらしい服にします。そして、お二人が並ばれたときに、調和のとれた美しさになるような2着にします」
「アイーダの服も青を基調としてくれ。母上も希望してくださっている」
「承知しました。お任せください」
「アイーダも式典と夜会に出席するはずだ。フェネは11歳だから式典だけだ。アイーダとフェネの式典用服は巫女服かな? 2人と相談して、式典用服も作ってくれ。忙しくて大変だろうが、頼む」
「承知しました。では、さっそくですが、採寸しましょう」
「それはちょっと待ってくれ。フェネに用事があるから、後にしてくれ」
「では、後でゆっくりと採寸いたしましょう」
ガリレがニッコリ微笑んだ。少し怖い。
「わかった。フェネにパシファと2人でここに来るよう伝えてくれ」
「はい。では後でゆっくりと」
そして、ガリレはいそいそと退室した。アイーダの所へ行くのだろう。服の事はガリレに任せれば安心だ。
しばらくして、フェネとパシファがやって来た。ベガの森の住民に先駆けて、お金の説明をするつもりだ。さて、どのように、フェネへのお金の説明をしようか。まずは基本からだ。ソファに座ったフェネに尋ねる。
「お金を知っているか?」
「はい、少しだけ知っています。買い物とか、屋敷シリーズで遊ぶ時に必要なものですよね?」
「そうだ、物を買う時に、必要なものだ。買いたい物の値段と同じ金額の硬貨を店に支払う。その硬貨のことをお金という。これを見てくれ」
皮袋から金貨、小金貨、銀貨、小銀貨、銅貨、銭貨を1枚ずつ取り出し、テーブルの上に置く。金貨から順に指さして、説明する。
「これは金貨だ。この中では一番価値がある」
「お姉様の髪の色と同じですね。お小遣いとして貰ったことがあります。名前は金貨、覚えました」
「これは小金貨だ」
「金貨と同じ色ですが、金貨より小さいですね。だから、小金貨でしょうか?」
「そうだ。そして、これは銀貨だ。金貨の次に価値がある」
「アースお義兄様の髪の色と同じですね。銀貨、覚えました」
同じように、小銀貨、銅貨、銭貨を教えた。
「では次に、硬貨と硬貨の関係だ。この表を見てくれ」
用意していたボードを取り出す。
硬貨の関係表
金貨1枚=銀貨100枚 金貨1枚=小金貨2枚 小金貨1枚=銀貨50枚
銀貨1枚=銅貨100枚 銀貨1枚=小銀貨2枚 小銀貨1枚=銅貨50枚
銅貨1枚=銭貨10枚
「銅貨50枚と小銀貨1枚が同じ価値、銅貨100枚と銀貨1枚が同じ価値。そして、小銀貨2枚と銀貨1枚が同じ価値になる。わかるか?」
フェネがコクコクして、即答する。
「はい。小金貨2枚と金貨1枚が同じ価値になるわけですね」
理解が速くて助かる。よし、次だ。皮袋から銅貨と銭貨を追加して、金貨、小金貨、銀貨、小銀貨がそれぞれ1枚、銅貨10枚、銭貨5枚がテーブル上に置かれているようにする。そして羽ペンを取り出して聞く。
「この羽ペンが、銅貨1枚と銭貨3枚の値段だとして、買うのに必要な硬貨を手にとってくれ」
フェネは、すぐに正解の硬貨を手にした。いいぞ。次にコップを取り出す。
「このコップが、銅貨2枚と銭貨7枚の値段だとして、買うのに必要な硬貨を手にとってくれ」
フェネは、銅貨2枚と銭貨5枚を手にして、困っている。少しして言った。
「銭貨が2枚足りません。これでは、買えないのですか?」
「うん、足りないね。この場合は、お金を値段より多く払う。銅貨3枚を払うと店は銭貨3枚分、物の値段より多く受け取ったから、銭貨3枚を返してくれる。これをお釣りという」
「わかりました。お釣りですね」
その後、いくつも問題を出したが、フェネはすべて正解した。フェネは知識がなかっただけで、頭はいい子だ。
「よし、大丈夫だ。午後はお前とセルク、パシファの3人で買い物に行くぞ。護衛はイスリだ。準備しておくように」
「はい。嬉しいです。欲しいものがありますから」
フェネが笑顔で答えた。嬉しそうである。
*
昼食後、しばらくしてフェネ、セルク、パシファとイスリを連れて王都に来た。4人にお金の入った皮袋を渡して、代金は各自で支払うように伝える。入った店は、雑貨や小物を売っている店。フェネが最初に向かったのは日傘売り場だ。
「フェネ、日傘が欲しかったのか?」
「はい、アース様。森の中と違って直射日光が当たるので、暑いのです」
森の中で育ったフェネに8月の太陽の直射日光はきついだろう。それに王都の道は石畳だから、照り返しでもっと暑さが厳しくなる。日傘は必需品だと思う。見ていたら、代金を銀貨と小銀貨で支払い、お釣りをちゃんと受け取っている。
「ねえセルク、この髪飾り私に似合うかしら?」
「似合っていると思うけど、パシファの青い髪にはこっちの髪飾りも似合うと思うわ」
他の子どもたちも大丈夫と判断する。何かあれば、イスリが対応してくれるだろうと思い、俺はいつものように控室に行く。そこで見たかわら版に全面広告が載っていた。
音楽コンクール最優秀賞の『赤いバラ』、蓄音盤デビュー
夏の恋の曲『赤いバラの夏』、いよいよ来週発売開始!
これが大きい文字で書かれている。その下には、赤いバラ、特にアイーダを絶賛する何人もの音楽評論家の文章が、紙面を埋めている。場所によって発売開始日が少し違うようだ。
今、蓄音しているはずだが、1週間で発売できるのか? そう思ったが、屋敷商会ならできるのだろう。
売り場に戻ると、みんなニコニコしている。髪飾りやリボンなどおしゃれ用品を中心に満足できる買い物をしたらしい。フェネも無事に買い物できたようだ。
次は、公園の屋台で売っているクレープを食べたいとの事で、公園に向かう。フェネは早速日傘を使って、楽しそうに歩いている。公園では、一人ひとり違う種類のクレープを買い、木陰のベンチで美味しそうに食べている。
「パシファ、あなたのイチゴ味の美味しそうね。私に少し頂戴?」
「イスリ姉さんのバニラ味と交換ならいいわ」
「あっ、フェネのメロン味とも交換して」
イスリとパシファは姉妹だったのか、仲のよいことだ。フェネとセルクは初めて食べたクレープに感激していた。
「私、こんな美味しい食べ物初めてよ」
「私も。田舎の男爵領にはクレープなんてありませんでした」
さて、帰ろうと歩き出したところで、4人の男が立ちふさがった。
「兄ちゃん、女の子を4人も連れて、いい身分だな。俺たちにも分けてくれ。」
そう言って4人の男が剣を抜いた瞬間、イスリとセルクが剣を抜き、切り込んだ。男2人の剣が地面に叩き落される。
フェネが詠唱する。「風魔法 風針」 男1人が顔を両手で覆い座り込む。
パシファが詠唱する。「水魔法 水針」 もう1人も顔を両手で覆い座り込む。
4人の男全員が無力化された。遅ればせながら俺も詠唱する。
「水魔法 氷結4体」
男4人が顔以外を氷に包まれる。これで男たちは気絶した。
「イスリ、騎士団詰所に行って騎士を連れて来てくれ」
「はい。了解です」
イスリが走り去ると、パシファが話しかけてきた。
「ご主人様、あの氷は水魔法ですか?」
「ああ、そうだ。それがどうかしたか」
「さっき飲んだジュースが暖かったので、私にも使えれば、氷で冷たくできると思いました」
おいしい飲み物に情熱を傾けるパシファらしい。セルクに頼んでジュースを5つ買ってきてもらった。そのコップ4つをくっつけて地面に置く。残りの1つをパシファに見せる。
「今、ここまで水が入っているな」
「はい」
魔法で、コップの中の水を氷にする。
「パシファ、体積が増えたのが分かるか?」
「はい。分かります」
俺は、くっつけて地面に置いたコップ4つを指さし、
「コップ1つが水を作る一番小さいもの1つとする。一番小さいものが、この状態、集まっている状態なら水。そして」
4つの中の3つで、1辺が30cmの正三角形を作り、残り1つをその中心の上に右手で持ち上げる。4つのコップで正三角錐や正四面体と言われる形を作ったのだ。
「これが氷の状態だ。さっきより体積が増えるだろう?」
「はい。体積が増えました」
「水が氷になる時、このような変化が起こる。氷の時の形が大事だ。ちゃんと覚えておくように」
右手のコップをパシファに渡して、
「さっきの形が固定されるようにイメージして、氷結と詠唱して魔力を注いでみろ。このコップの中の水が氷になるはずだ」
「水魔法 氷結」
パシファが詠唱したが、氷はできなかった。しかし、
「コップが冷たくなりました」
パシファが嬉しそうに言う。飲み物ならそれでいいが、ここまで来たら氷を作ってもらいたい。俺たち以外に人がいないことを確認して、ホッペチューする。もう一度パシファが詠唱すると、コップの水は氷になった。
イスリが騎士6人を連れて帰ってきたので、男たちの氷結を解除して引き渡した。イスリは、ずっと走っていたのだろう、汗だくだ。パシファは冷たくしたコップをイスリに差し出す。
「姉さん、これあげる」
「何これ、このコップ冷たいわ、気持ちいい~。パシファが冷たくしたの?」
「うん、ご主人様に……、アワワッ」
「ご主人様がどうしたのかな?」
パシファは慌てて口を閉じたが、遅かった。ホッペチューの秘密をイスリに知られてしまった。
屋敷に帰ってから、イスリにホッペチューした。もともと優秀な魔法使いだったイスリがホッペチューされるとどうなるか。
大威力の火魔法と風魔法が、野外訓練場に吹き荒れたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
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