第12話 赤いバラデビュー決定と妹の来訪
朝食後、青い鳥が手紙を持ってきた。妹のヴェーヌからだ。母上の言いつけで届けものを持って行きたいけど、都合がいいのはいつか、という内容だ。先日、実家のステラ家にアイーダを連れていった 時に、妹は修行中で会えなかったから、義姉になるアイーダに会いたいのだろう。
妹は、俺の事を嫌ってはいない。どちらかというと、好かれていると思うが、俺にベッタリでもない。小さい頃から、お姉さんを欲しがっていたから、アイーダに会いたいのは間違いない。
早く会いたいだろうと思い、今日の午後なら会える、と返事を返す。仲良くなってくれるといいのだが、と心配する。いや、たぶん大丈夫だろう、と思い直す。2人ともいい子だからだ。
しばらくして、屋敷商会のザイさんが訪ねて来た。会頭さんの息子さんだ。先日アイーダが提案した件だろうと思い、アイーダと2人で応接室に向かった。
*
応接室
「毎日、帰還作業で大変ですね。ご苦労様です」
「やりがいのある仕事ですので、大変とは思っておりません。帰還作業はあと3週間ほどで終わります。
そして正式発表はまだですが、1ヶ月ほど後に王宮主催の音楽魔法一族帰還の祝賀式典と記念夜会が開催されることも決定しました。これで帰還作業も一区切りです」
「そうですか。やっと苦労が実りますね。ところで、今日のお見えになった用件は何でしょうか?」
「先日アイーダ様から御提案頂いた子供用の建物の件です。族長の第二夫人と相談の結果、素案がまとまりましたので、報告に参りました」
やはり、アイーダが思いついた子ども用建物の件だった。ザイさんが続ける。
「場所は村の中央部付近で、そこに2つの建物を建てます。1つは主に子ども用で名前は子ども館とします。もう1つは、家族用で名前を家族館とします。
子ども館には、全体で50人収容可能で、大型の蓄音の魔導具などを備えた小ホールと4人が入室可能な完全防音で、蓄音の魔導具が完備の小部屋を10部屋予定しています。
家族館は10人が入室可能な小部屋を10部屋、20人が入室可能な小部屋を5部屋予定しています。全室、完全防音で蓄音の魔導具などが完備しています」
アイーダを見ると、コクコクと首を縦に振っている。満足なのだろう。
「他の備品などはどうでしょうか?」
「子ども館も家族館もそれぞれ魔音盤を千枚ほど用意して、無料での貸し出しとします。楽器も新しく発明された楽器を中心に取り揃えて、無料貸し出しの予定です。
子ども館には、音楽魔法も指導可能な方に常駐して頂くように、第二夫人が手配されております」
うん、いい案だと思う。子どもの教育もちゃんと配慮されているし、家族の人数が様々なことも考えられている。そう思っていると、アイーダが話した。
「ありがとうございます。すばらしい案だと思います」
「では、この案で建設を進めます。実は、もう1つ相談があるのですが」
何だろう、と思っていると、それまでザイさんの後ろに立っていた男性が、横に移動して自己紹介した。
「私、屋敷商会の魔音盤部門長のトーンと申します」
話が長くなりそうなので、ソファに座ってもらう。
「赤いバラさんは、音楽コンクールで最優秀賞に輝きました。また、先日のラフスン候爵領のお祭りでは、熱狂的な歓声を受けたと聞き及んでおります。もし、赤いバラさんの曲を蓄音した魔音盤を発売すれば、大ヒット間違いなしと我々は確信しております」
ここで話を一回区切り、トーンさんはアイーダの反応をうかがう。アイーダは目を輝かせている。姿勢も少し前のめりだ。それを見て、トーンさんは続ける。
「アイーダ様、魔音盤デビューなさいますか?」
「はい、デビューします」
嬉しそうに即答するアイーダ。それに勢いを得てトーンさんは続ける。
「今回は、今の季節が夏ですから、夏の歌『赤いバラの夏』でお願いします」
「はい、そうしましょう。季節感のある歌はタイミングが重要ですもの」
『赤いバラの夏』は夏の海での恋の歌だ。たしかに、この歌を発売するなら今だろう、冬に発売しても、あまり売れない。1番の歌詞は、海水浴客でにぎわう太陽の眩しい浜辺に、2番の歌詞は、花火が打ち上げられる夜の海にぴったりの歌である。
「なるべく早く蓄音したいのですが、お都合はいかがでしょうか? 蓄音作業にかかる時間は2時間程度です」
「そうですね、明日の午後でいかがでしょうか?」
「はい、大丈夫です。では、明日の午後の早めの時間にお迎えに参ります。最後に利益配分の話になります。この業界の相場は、歌い手が魔音盤売り上げの1パーセント、作詞者が1パーセント、作曲者が1パーセントです。
赤いバラさんは合計で3パーセントになりますが、アイーダ様は音楽魔法一族の巫女様ですから、その2倍の6パーセントでどうでしょうか?」
「いいえ、相場通りでいいです。こども館でお世話になっていますから」
「それはできません。私が商会会頭に叱られてしまいます。赤いばらの魔音盤については、製造から販売までの必要経費が回収できれば、十分です。残りは宣伝用の費用にしようと考えています。儲けようとは考えておりません」
歌い手や、作詞者、作曲者が1パーセントは低すぎないか? 魔音盤の材料費や加工費、流通費用がたくさんかかるのだろうか。1パーセントが適正である理由の説明が欲しい。
それに赤いバラは6人グループだから、1人の取り分は6分の1になる。ラフスン候爵領のお祭りで会った美少女隊だと20分の1になる、安すぎる。
「そうですか。6パーセントを具体的な金額で言うと、どうなりますか?」
「魔音盤の販売価格は通常、銀貨1枚です。仮に1万枚の魔音盤が売れたとすると、売り上げは銀貨1万枚になります。その6パーセントは銀貨600枚、つまり金貨6枚になります」
「魔音盤が600枚買えるわけですね」
「はい、しかし、国内のかわら版すべてに広告を出したり、いろいろ宣伝しますから、もっと売れます。我々の目標は、魔音盤売り上げの過去最高記録、30万枚を上回ることです」
お金の価値を、魔音盤の数で考えるアイーダは少し変わっている。お金に関する知識が不足している気がする。これは、帰還した人たちも同じだろう。300年間お金を使わない生活を送っていただろうから。
これは対策が必要だ。お金のことや買い物のことは、プロである屋敷商会と相談して、説明会を開いてもらおう。
「30万枚とはすごい目標ですね。大丈夫でしょうか」
「はい、大丈夫です。自信があります」
「では、私たち赤いバラも頑張ります。今日はご苦労様でした」
用件が終わり、帰ろうとするザイさんに伝言をお願いする。
「アルタイルの森の人たちに対してお金と買い物の説明をするように、会頭さんにお願いしてもらえませんか? 彼らは300年間、お金とは無縁だったのですから」
「わかりました。それは、絶対に必要なことですね。すぐに会頭に伝えて、準備に取り掛かります」
いろいろと考えさせられる事はあったが、赤いバラの魔音盤デビューが決まった。きっと魔音盤は飛ぶように売れるだろう、と俺は確信した。ギルベ男爵領とラフスン侯爵領のお祭りでのお客さんたちの反応が頭に浮かんだからだ。
*
午後、妹のヴェーヌがやって来た。赤髪、緑色の目の11才。兄の俺が言うのもなんだが、かなり可愛い顔立ちをしいている。星魔法、火魔法、水魔法、風魔法、土魔法が使える魔法剣士である。
星魔法一族、特にステラ家、は戦闘一族なのだ。ステラ家令嬢の妹ヴェーヌのスペックは高い。兄のひいき目ではなく、客観的に見てそうなのだ。妹なので、応接室でなく自室に招いた。ソファに座ると、すぐに妹が冷静に告げた。
「お兄様、これがお母様からお兄様へ渡すように、と預かったものです。式典用の服と夜会用の服の装飾品です。夜会用の服は、こちらの青い星4つの階級章を付けた、青を基調とした服にしなさい、とのことです。それから、アイーダお義姉様のドレスは青色を基調にしたものにして欲しいとのことです」
渡されたのは、青い星4つの階級章と式典用の軍服、濃紺色のマント。軍服は魔法服で青い星4つの階級章、その他のき章や部隊賞があちこちに付いている背広である。
青い星4つの階級章はソーミュスタ王国軍第2位の地位にあること、ステラ家次期当主であることを示す。一番着たくない服だ。成人の儀式で1回だけ着たことがある。その時に、決められた立ち居振る舞いをしなくてはならない事が、とても窮屈で、自由を制限された気分になったのだ。
アイーダに、ステラ家の色である青色をドレスに使用して欲しい、という事は、アイーダをステラ家の嫁として認めるということだ。
「わかった。わざわざ持ってきてくれて、ありがとう。でも、母上も言ってくれれば、俺が取りに行ったのに」
「いえ、私が持っていくとお母様に言ったのです。お兄様が住んでいる所を見たかったですし、お義姉様にお会いしたかったのです。それで、お義姉様はどのような方ですの? 今、会えますか?」
やはり、予想通りだった。妹はアイーダに会いたかったのだ。
「歌って踊るグループの『赤いバラ』というグループを知っているか?」
「もちろんよ。音楽コンクールで見たけど、とっても素敵だったわ。特に横笛を吹いていた人は、すごく可愛いし、声も綺麗だし、もう最高です」
「その横笛を吹いていた人がアイーダだ」
俺の言葉を聞いたヴェーヌはキョトンとしていたが、ニッコリ微笑んだ。
「お兄様、面白い冗談ですわね。あの人とお兄様が結婚なんて、ありえません。あの方は女神様です。お兄様、ちゃんとわきまえてください。お兄様とは全く釣り合いません。頭がおかしくなったと思われますよ」
ひどい言われようだ。まるで説教されているみたいだ。兄の威厳はどこへ行ったのだ。これでも、俺は女の子にそこそこ人気があることを知らないのか、この妹は。ここは事実であることを証明して、兄の威厳を取り戻さなくてはなるまい。
たしかアイーダは、明日の蓄音に向けて、ダンスホールで練習中のはずだ。よし、アイーダに会わせようではないか。
「アイーダに紹介するからついて来い」
妹を連れて、ダンスホールに向かう。妹は興味津々といった風で、ついてきた。
ダンスホールに入ると、『赤いバラ』はちょうど曲が終わって、ポ―ズを決めた所だった。妹に向かって言う。
「中央にいるのがアイーダだ」
そう言ってヴェーヌの方を見ると、ヴェーヌは目を大きく見開き、プルプルと身体を震わせていた。そして、アイーダに突撃する。
「お義姉様~~~」
見事な突撃だ。敵の本陣、いやアイーダに抱きつくと、お義姉様、お義姉様、お義姉様と頭をグリグリして、呟いている。ヴェーヌのこんな姿を見るのは初めてで、驚いた。
まあ、これでアイーダと妹の関係も良い関係になるだろうから、安心だ。おっと、この状態を収束しなくては。突然の出来事に固まっているアイーダに声をかける。
「アイーダ、それは俺の妹のヴェーヌだ。よろしく頼む」
「わかりました。ヴェーヌさん、私の部屋に行きましょう」
アイーダが妹の背中をポンポンと叩き、優しく言う。すると妹はハッとした表情でアイーダから離れて尋ねた。
「えっ、いいのですか?」
「もちろんよ、ヴェーヌさん。だって、あなたは私の義妹でしょう?」
「本当ですか? あなたがお義姉様だなんて、夢みたいです。あっ、さんはいりません。どうぞヴェーヌとお呼びください、お義姉様」
そして、2人はダンスホールを出て行ったのだが、妹はアイーダの手をしっかり握って離さない様子だった。俺とアイーダの結婚イベントというより、アイーダが義姉になったイベントと思っているようだ。なんか間違っていないか?
夕食前、ヴェーヌが俺の部屋に来た。
「お兄様、私、明日からここに住んでもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいぞ。部屋はたくさん余っているからな。でも許しが出ないだろう。特に父上は絶対許さないと思うぞ」
「ですよね。まあ、言うだけ言ってみます。ダメだった場合でも、フェネたちとも仲良くなったから、毎日ここに来ますわ」
そう言って、来た時は別人のような、生き生きとした表情をして妹は帰った。この短時間でフェネたちとも仲良くなるとは、凄いコミュ力だ。とにかく、同年代の友人がとても少ない妹にとっては、歓迎すべきことである。
今日はとても疲れた1日だった。お風呂に入って、カルメにマッサージしてもらって寝るとしよう。きっとグッスリ眠れるだろう。
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