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閑話 男爵令嬢 セルク

 ギルベ男爵の5女セルクが赤いバラの屋敷にやって来た。護衛1人とメイド1人が一緒だ。フェネとプレヤが応対している。3人とも11才なので、その方が安心するだろうし、仲良くなりやすいだろうとの配慮からだ。



屋敷の門に転移したセルクが、最初に驚いたのは、そこから見える風景が、湖と対岸の森、つまり田舎の風景だったことだ。王都から来た冒険者たちだったから、家は街の中にあると思っていたのである。


そして、門の前にいた警備の者にその森の名前をアルタイルの森と教えられて、また驚いた。最近、音楽魔法一族に関するかわら版でよく目にする名前だからだ。彼女は冒険者パーティ『青い花』の家に遊びに来たつもりだったのだが、門から中に入ってまたまた驚いた。


家ではなく屋敷がそこにあった。冒険者が大きな屋敷に住むなんてありえない。しかし、この屋敷の主人は、森で自分を助けてくれた少年だという。もう何が何だかわからなくなってしまった。


混乱するまま屋敷の中へ入って、案内された豪華な応接室で待っていたのは、彼女と同年齢の女の子2人。1人は先日ギルベ男爵領の森で会った女の子。もう1人は初めて会う女の子だ。


自己紹介で、初対面の女の子はプラネート伯爵家の令嬢のプレヤと名乗った。伯爵はギルベ男爵より上位の軍務族の貴族である。ここでセルクは考えることを止めることにした。


森で会った女の子はムジカ家の令嬢フェネと名乗った。ムジカ家という家名は聞いたことがないが、ムジカ家は公爵相当の家だと言う。


彼女らの後ろに控えているメイドのメイド服も、彼女の連れてきたメイドのメイド服よりずっと上等な服だ。同じ貴族でも、違い過ぎる。自分とは住む世界が違う。セルクは圧倒されてしまった。


しかし、この2人が自分たちと友達になってくれと言う。2人の護衛という名目で、給金と屋敷内に部屋がもらえ、この屋敷に住み込みという条件である。


どうしようかと考えながら、屋敷内にもらえる予定の部屋を見せてもらうと、とても広くてお風呂付だった。ギルベ男爵家での自分の部屋はこの半分の広さだし、お風呂もない。お付きメイドも付けてくれるという。これは夢じゃないかと信じられなかった。


屋敷の敷地もずいぶん広かった。美味しいイチゴジュースも無料で飲めるし、果樹園には果物がたくさん実っていた。牛や鶏も多く飼っていて、美味しい牛乳や卵も生産されているらしい。


室内訓練場でプレヤと木剣で練習試合をした。プレヤの腕がやや上だったが、面白い試合だった。プレヤとはいい友達になれそうな気がした。剣を交えると相手の人柄が、なんとなくだがわかるのだ。


薬草園には多くの種類の薬草があり、フェネとの話は有意義で尽きなかった。こんなに薬草の話ができる同年代の女の子は、初めてだった。



 セルクはギルベ男爵家の第二夫人の子どもとして生まれた。母親である第二夫人は父親の部隊の医療班の一員として働いており、その縁で結婚したらしい。    

男爵家の子として、午前中は他の夫人の子と一緒に勉強と剣の訓練。


午後はそれぞれの子が、自分が興味を持ったことを勉強する時間。その時間にセルクは第二夫人から薬草のことと回復魔法を教えてもらった。元医療班員だけあって、その実力は確かなものであり、教え方も上手だった。


そして、第二夫人の子どもはセルク1人だったこともあり、母親は大変熱心に教えてくれた。たまには、一緒に森に薬草を採取に行ったりして、薬草の知識もどんどん増えた。擦り傷くらいの小さなケガを回復魔法で治癒できるようになった。とても楽しい毎日が続いた。

 

しかし、ある日突然、母親が馬車の事故で亡くなってしまった。父親や他の夫人たち、その子どもたちはセルクにとても優しくしてくれた。でも寂しさはいつまでも続いた。家にいることが辛くなり、薬草を採取に1人で森に行くことが多くなった。薬草を採取していると、母親と一緒にいるような気分になるからだ。


ある日、森で薬草採取をしているとき、サル型魔獣が襲ってきた。1体だけなら自分1人で討伐できたが、だんだん数が増えて対応できなくなった。逃げた、必死で逃げた。助けを呼ぶために大声を出した。

 

足がもつれて走れなくなるほど疲れて、ついに倒れてしまった。もうダメかと思ったとき、馬に乗った少年が来た。少年は圧倒的に強くて、あっという間にサル型魔獣5体を煙に変えてしまった。少年の整った顔を見た瞬間、顔が熱くなり、胸がドキドキして、お礼もちゃんと言えなかった。


その後、少年の仲間たちと合流して、サル型魔獣100体を迎え撃った。少年の仲間たちも強くて、瞬く間にサル型魔獣100体は煙になった。そして、隣国からお酒を密輸していた傭兵グループも捕らえたのだ。その日から気が付けば、あの日のこと、少年のことを思い出していた。



セルクはこの屋敷に住まないか、という申し出を受けることにした。少女2人といい友達になれそうだし、あの少年と同じ屋敷に住める。それに冒険者の中にいた、かっこ良くて可愛いお姉さんとも親しくなれるかもしれない、それが理由だった。


3人で友達になる約束をして、冒険者パーティを組み、パーティ名も『星とバラの妖精』とした。男爵家に帰り、今日のことを話して、父親に赤いバラの屋敷に住みたいと言ったら、あっさり許可が出た。


「我がギルベ男爵家は星魔法の一族であり、プラネート伯爵は私の上官である。上官の令嬢と友人になるのは、名誉なことであり、義務でもある」


これがセルクの父親の言葉だった。嬉しかった。でも、悲しくもあった。ああ、少しも迷うことなく、この家を去る許可が出るなんて。自分はもう、この家にはいらない子なのかと思ったから。しかし、父親は言葉を続けた。


「環境を変えるのも良いかもしれない。もしも辛くなったら、いつでもこの家に帰って来なさい」


父親は、自分のことをしっかり見ていてくれたのだ。それがわかって目に涙が浮かんだ。



2日後、赤いバラの屋敷に行ったら、買い物にお出かけするという。フェネとプレヤとセルクのお付きメイドに決まったアナン、それにアイーダ、アースの6人で出かけた。


王都はとても人が多くて、お店も多かった。領地から出たことのないセルクは、ビックリして、ずっとキョロキョロしながら歩いた。武器屋で、プレヤとお揃いのとても高価な剣、防具屋では、3人お揃いの立派な防具、靴屋でもお揃いの赤い靴を買ってもらった。


靴は魔法靴、魔法靴なんて値段の高い靴は初めてだ。服屋ではドレスやワンピースなど、いっぱい買ってもらった。そのうち、ちゃんと採寸して作ってもらえるらしい。嬉しいやらビックリやらである。


屋敷に帰ってから、プレヤ、フェネとお茶を飲みながら話をしていて、一番驚いたのは、あのかっこ良くて可愛いお姉さんが、アイーダという名前で『赤いバラ』のセンター、メインボーカルだということだ。


もう舞い上がってしまった。男爵領のステージは、森に行っていたので見ていなかったが、赤いバラが人気急上昇中のグループであることくらいは知っていたのだから。


その赤いバラとマネージャーということになっているアース、護衛ということになっている『星とバラの妖精』の3人とパシファで、明日ラフスン侯爵領に行くと言われた。今日の買い物は、そのための準備だったらしい。


貧乏男爵令嬢セルクの生活は一変した。何といってもお小遣いが増えた。これまで、1ヶ月に銀貨10枚だったのが、金貨5枚、50倍に増えたのである。


お読みいただきありがとうございます。

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