第1話 べガの森①
この物語は『星魔法使いの少年と音楽魔法使いの少女』シリーズの2作目です。
この第1話は1作目の『星魔法使いの少年が出会った女の子は音楽魔法使いでした(改)』の最終話の続きです。
1作目の『星魔法使いの少年が出会った女の子は音楽魔法使いでした(改)』と3作目『星魔法使いの少女たちと音楽魔法使いの少女たちは活躍する』のページへ移動するには、目次ページの作品タイトル上部に、小さい文字で「星魔法使いの少年と音楽魔法使いの少女」の文字列があります。そこをクリックして移動先の作品を選択してください。
白鳥は虹の示す通りに、どこまでも続く大森林の上を飛び続けた。この大森林はオールト大森林と名付けられている。多くの魔物や魔獣がいて、一攫千金を狙う冒険者がこの大森林に足を踏み入れるが、帰って来た者はいない。
音楽魔法一族がここに住んでいるとしても、誰もオールト大森林に立ち入る事はできない。だから、屋敷商会がどれほど大陸中を探しても見つからないわけだ。やがて虹のアーチの終わりが見えて来た。
「あそこが私の故郷、ベガの森よ。湖の周辺をベガの森と言うの。湖はベガの森の近くにはあれ1つだけなの」
アイちゃんがオールト大森林の中の湖、アーチが消えている場所辺りを指さして言う。そして一呼吸おいて続ける。
「いきなり着水すると、魔物や魔獣と間違えられて攻撃されるかもしれないわ。とりあえず湖の周りを低空でゆっくり飛んで」
アイちゃんの言う通りに、湖の周りをゆっくりと周回していると、湖岸に松明が灯された。そして横笛の演奏する曲が流れてきた。
「魔物、魔獣除けの曲ね。こちらが誰かわからないから、魔物か魔獣かもしれないと思って用心しているのだわ」
そう言うとアイちゃんは詠唱した。
「黄金のクラーフル アウト」
そして、現れた横笛を演奏する。演奏された曲は古い童謡で『きれいな森のバラ』だ。
子どもが森に中で、きれいなバラの花を見つけた。うっとりと見入っていると、小鳥やリスも集まって来て、バラの美しさを褒めたたえた。
そんな内容の歌詞の童謡だ。演奏を始めて5分くらい経つと、湖岸で松明が大きく振られた。
「今いったい何が起こったんだ?」
「今の曲は私のテーマ曲よ。松明が振られたから、白鳥に私が乗っているのが分かったようね。もう着水しても大丈夫よ」
白鳥に指示を出すと、白鳥は湖にゆっくりと着水した。湖岸には多くの人が待ち受けていた。白鳥が泳いで接岸し、アイちゃんが白鳥から陸地に飛び移ると、10人以上の子どもたちが、アイちゃんに駆け寄って来た。
「アイお姉様、お帰りなさい」
「アイお姉ちゃん、どこに行っていたの~」
「どうして白鳥に乗っていたの?」
「私も白鳥に乗りた~い」
口々に叫んでいる。アイちゃんの弟や妹たちだろうか? 俺も陸地に飛び移る。アイちゃんは、しばらく子どもたちの相手をしていたが、やがて俺の手を引き、1人の男性の所へ案内した。黒髪青目の壮年の男性の前で、アイちゃんは止まって、一礼して挨拶をする。
「お父様、ただいま帰りました。ご心配をかけました」
それに男性が答える。
「お帰り、アイーダ。急にいなくなったから心配していたぞ。それに湖に突然虹が現れて、何事かと思っていたら、白鳥が飛んで来て、アイーダが現れたではないか。もう驚くばかりだ」
えっ、アイは愛称でアイーダが正式な名前だったのか、知らなかった。
続いてその隣の金髪黒目の女性にも挨拶をする。
「お母様、ただいま帰りました。ご心配をかけて申し訳ありません。」
女性がニッコリ微笑んで答える。
「お帰りなさい、アイーダ。心配していたわ。元気だった?」
「はい、元気です。こちらのアース様のおかげです。大変お世話になりました。とても良くして頂いて助かりました」
俺は一歩前に出て、アイちゃんの両親に自己紹介をする。
「初めまして。アース フォン ステラ です」
「初めまして。アイーダの父のヴェル フォン ムジカ です。娘がお世話になったようです。ありがとうございます」
「初めまして。アイーダの母のディーナ フォン ムジカです。ここでは、ゆっくり話すこともできませんから、私たちの家に行きましょう」
誘われるまま家に向かう途中、アイちゃんに尋ねた。
「子どもたちに人気があるみたいだね」
「あれは私の弟や妹たちよ。私の母親は5人いるから、弟や妹も多いの。ディーナは私を産んでくれたお母様で、第一夫人よ。後の4人のお母さまはたぶん、家で待っているわ。小さい子どもたちや赤ちゃんもいるから」
「どうして母親が5人もいるの?」
「私の一族では、男の人の数が女の人の数に比べて、とっても少ないの。だから、一族の人数を減らさないために、男の人は奥さんが5人くらいいるのが普通よ」
なるほど、俺の国、ソーミュスタ王国でも同じだ。争いごとや魔物、魔獣との戦闘が原因で、男の数は少なくなる、戦うのは男が多いから。だから、第一夫人が許せば、夫人は5人までいい。愛人も第一夫人が許せば何人でもいい。
ただし、生活の面倒をキチンとみる事や子どもへの責任を果たす義務がある。歪んでいるけど、子孫を残すためのやむを得ない制度だ。
10分くらい歩くと家に着いた。大きな家だった。1階しか無い平屋建てだが、面積が広い。30人くらいは余裕で住めそうな大きさだ。母屋以外にも建物がいくつかあり、庭も広い。さすが族長の家というべきか。
父親と母親5人、子ども15人で住んでいるそうだ。メイドや庭師などは通いで働いているとのことだ。アイちゃんは1番年上で、弟3人、妹が12人。大家族だ。でも、女の子が多すぎる気がする。広い大広間に家族全員が集まったところで、父親のヴェルさんが俺とアイーダに挨拶をする。
「アース殿、ようこそベガの森へ」
「お世話になります。よろしくお願いいたします」
型どおりの挨拶をしたところで、アイーダに父親が訪ねた。
「アイーダ、15歳の誕生日に、神殿から突然姿が消えた時は心配したぞ。どこへ行っていたのだ?」
「神殿で横笛の奉納演奏をしていたら、頭の中で神様に話しかけられて、気がついたらソーミュスタ王国の王都にいました。そこで、アース様に出会い、アルタイルの森に住むことになりました。そして、聖なる響きの館に入ることができました」
「なんと、我ら一族の故郷、アルタイルの森に行ったのか。そして、聖なる響きの館は残っていたのか? 言い伝えでは、300年前襲撃を受けた時、聖なる響きの館を守るために、当時の巫女長様が1人だけで残られたとあるが。ご立派に聖なる響きの館を守られたのか?」
「はい、聖なる響きの館で300年前の巫女長様からのメッセージを受け取りました。巫女長様は立派に聖なる響きの館を守られました」
「そうか、ということは聖なる響きの館で奉納演奏したのだな」
「はい、この横笛で」
アイちゃんは、詠唱する。
「黄金のクラーフル アウト」
紫色のチョウチョウの絵のある黄金色の横笛が現れる。それを見たヴェルさんが驚いて言う。
「黄金色に紫色のチョウチョウの絵! それは失われた巫女長様の横笛!」
部屋にいた全員も固まって、声が出ない。
「携帯魔法です。巫女長様が私に授けてくださった魔法です。そして、この横笛はソーミュスタ王国の王都で手に入れました」
「巫女長様の残されたものは、別れの時に言いつけられたこの地の名、ベガの森だけと考えられていたのだが、他にも残されていたのだな。ありがたいことだ」
「ベガの森の名も巫女長様の創り出された音楽魔法、『天の川にかける虹』のためで、その魔法のおかげで、私は帰って来ることができました」
「そうか、そうか、巫女長様はそこまで考えておられていたのか。巫女長様はなんと思慮深い方だったのだろう、恐れ入ることだ。それで、音楽魔法の一族の者は残っているのか?」
「それについての説明は、アース様にお願いします」
アイちゃんに代わり、俺が説明する。
「300年前、アルタイルの森の外に出ていた音楽魔法一族の者の子孫が残っています。音楽魔法が使える者はいませんけど。彼らは300年前の財務担当重臣の子孫が指揮を執り、現在も、あなた方を探しています。
もし、あなた方が、アルタイルの森へ帰ることを希望されるのであれば、住む家や工房を作る準備を済ませています」
「アース殿」
俺はヴェルさんの言葉をさえぎる。
「アースで結構です」
「そうですか。では、私もヴェルで。アースさん、言い伝えによると、アルタイルの森までは、魔物、魔獣がのたくさんいるので、3週間はかかると言われています。とても老人や子どもを含む大人数で帰るのは無理だと思います」
「大丈夫です。一瞬で長距離を移動できる転移陣がありますから」
「ほう、300年の間に便利なものが発明されましたな。それであれば、ほぼ全員が帰ることに同意するでしょう。明日にでも一族全員を集めて集会を開きましょう」
話が一区切りしたところで、母親のディーナさんが口を開いた。
「アイーダ、お腹は空いていない? それとあなたとアースさんはどのような関係なのかしら?」
「軽食を私とアース様の2人分お願いします。それから、アース様とは結婚のお約束をしています」
アイちゃんが顔を赤くして恥ずかしそうにしながらも、ハッキリ言うと、女性陣から歓声が上がった。
「おめでとう! アイーダ」
「やりましたわね! アイーダお姉様」
「結婚式はいつでしょうか?」
みんなが口々にいう。父親もうんうんと頷いている。
「ヴェルさん、私たちの結婚を認めて頂けるのですか?」
「認めるもなにも、本人同士が希望すれば、それで結婚できる。それが一族の決まりだから、親が言うことは何もないですよ。ア-スさんのご両親はどうですか? 承諾されていますか?」
「私の一族も同じ考え方をします。ただ、第一夫人だけは、両親から与えられる課題をクリアしないといけません。クリアできない場合も第二、第三夫人などとしで結婚できます。ただし、正式な結婚は1年後になります」
「そうですか。第一夫人でなくても構いません。アイーダをよろしくお願いします。この子はとても良い娘ですから。アイーダもそれでいいな」
「はい、私はアース様と結婚できさえすれば、それでいいです」
いやいや、俺の第一夫人はアイちゃんだから。他の女の子が第一夫人になることはない。そんなことを考えていたら、子どもたちがアイちゃんの周りに集まってきた。
「お姉様、その横笛を見せて頂けませんか?」
子どもたちの中で一番年上らしい青髪、メラルドグリーンの目の女の子が言うと、アイちゃんは横笛をその女の子に手渡した。その女の子がジーとそれを見てため息をもらす。
「なんてきれいな横笛でしょう!」
他の女の子たちも口々に言う。
「ピカピカ光っているわ」
「紫色のチョウチョウがかわいい!」
「私にもその横笛を持たせてください」
その集団の中から、小さい女の子が1本の横笛を持ってやって来た。
「お姉ちゃんの横笛、私が借りていたの。返しますね」
「私がここからいなくなった時に、神殿に残してしまった横笛ね」
それは、木製だけどよく磨かれた横笛だ。アイちゃんは続ける。
「ジルダはまだ5才だから、横笛を持っていなかったのね。私にはあの横笛があるから、その横笛はジルダにあげるわ。練習して上手に吹けるようになってね」
「わーい。本当? お姉ちゃんの横笛をもらえるの? 大切にしていっぱい練習するわ。ありがとう、お姉ちゃん」
その後もワイワイガヤガヤやっていたが、ラッパの音が聞こえてきた。
「あれは魔物、魔獣を遠ざける曲です。長い間続けてきたので、この周辺には魔物、魔獣はいませんが、念のためです。安心してください」
その後、俺とアイちゃんはお雑煮と言われているものを頂いた。長い時間魔法を使い続けたためか、少しお腹が空いていたのだ。初めて食べたのだが、お雑煮の中に入っているお餅が柔らかくて美味しかった。
夜も更けてきたので、その夜はお開きになった。
お読みいただきありがとうございます。
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参考
ムジカ(イタリア語 Musica) 「音楽」(日本語)