ピンク髪の男爵令嬢【短話コミカライズ・アンソロジー収録】
※アンソロジー、収録予定です! 今年の夏、予定!
「……ピンク髪の男爵令嬢!」
「え?」
私、アリーゼ・カルセルは、その言葉に振り返りました。
そこに立っているのは、同じ学園の制服を着た男子生徒。
「私のことでしょうか?」
私は、首を傾げます。
その動きで自分の髪の毛が流れて視界に入りました。
その色は、指摘されたようにピンク色。
はい。私の髪色はピンクです。
そして、確かに私は男爵令嬢です。
だからって、そんな呼び方しなくても……。
「うん……。君だけど、えっと……」
「何か私にご用でしょうか?」
「い、いや、ないよ! ごめんな!」
「えっ、ちょっと!」
その男子生徒は、まるで逃げるように私の元から去って行きました。
「ええ……?」
まったく意味が分かりませんでした。
私の身体的特徴と、それから身分の、何が引っ掛かったのでしょうか?
貴族の子が集まる王立学園。
ここに通う私、アリーゼ・カルセルは、1年程前までは、ただの平民でした。
名前も、ただの『アリーゼ』でした。
長く父親はおらず、母と共に教会に身を寄せながら、貧しく清い暮らしを続けていたんです。
ですが、そんな生活が一年前に劇変しました。
実は私は、母がかつて男爵家でメイドとして働いていた時、カルセル男爵に見初められてできた、男爵家の庶子だったのです。
カルセル男爵には正式な妻が居たため、母が受け入れられることはなく。
やむなく男爵家を出て、教会を頼り、私を生んだわけですが……。
カルセル男爵夫人が病で亡くなられ、喪に服した後。
男爵が母を迎えにやってきたのでした。
なんでも二人の間には、まだ愛情らしきものはあったようで……。
母は、正式に後妻の男爵夫人として、カルセル家に迎え入れられたのです。
私、アリーゼも一緒にカルセル男爵家に入りました。
「貴族といっても男爵家だ。平民と大した違いはない。貧しい暮らしをしてきた君からすれば、暮らしの面では違うかもしれないが……。少なくとも平民が妻になったとて、誰かに文句を言われることはないんだ」
「……そうなんですか。えっと、お父様」
血縁上は確かに私の『父』ですが、なにせ15年経ってからの登場でしたから。
私の中で、彼を父と認めるのも一苦労でした。
「いいじゃないか。可愛い妹が出来て、僕は嬉しいよ。亡くなった母さんには気の毒だったけれど。血の繋がった兄妹には違いない。歓迎するよ」
「あ、ありがとうございます。お、お兄様」
父と前妻との間にできた、母親違いのお兄様には、疎まれるかと思いきや、本人は、こんな風に軽い感じで。
「母さんの病は、誰のせいでもなかったし、父さんも手を尽くした。これは間違っても勘違いしないでやって欲しいんだけど。本当に父さんに後ろ暗い事はないからね」
「は、はい。それはもう……」
ちょっと思いますよね。
父が母と添い遂げたくて、前妻をどうにかしてしまったかも、なんて。
でも、特にそういう事はないそうで。前妻は、元々が病弱であったのだとか。
「……問題、ないのかなぁ?」
病気で亡くなられた前妻の墓参りだけは、欠かさないようにしておこう、なんて思いました。
それから1年間、男爵家のマナーを叩き込まれ、晴れて王立学園の生徒として入学を果たした私は。
ただのアリーゼから『アリーゼ・カルセル男爵令嬢』となったのでした。
……とても大変な1年でした。
お兄様は、これでも男爵家のマナーなんて楽な方だとおっしゃったけれど。
それは、生まれてこの方、貴族として生きてきた方の価値観です。
私からすれば、高位貴族様とやらが、どれほど大変かは雲の上の話。
男爵家のマナーでさえ頑張って身に付ける事でした。
ちなみに王立学園は、貴族の令息・令嬢が通う学舎でして、入学費用はありません。
高位貴族や王家の出資で運営されている学園のようですね。
貴族であれば、誰でも通えるようにされているのは、私たちの住む王国の、貴族の品位や学力を保つためらしいです。
1年頑張った私の成績? ……普通です、普通。
◇◆◇
「ピ、ピンク髪の男爵令嬢だ……!」
「本当だわ。ピンク髪の男爵令嬢よ」
(……まただわ)
入学してから、私のことをこうして確認しにくる生徒が、よく現れます。
(まるで悪者みたいな扱い……)
思わず、溜息が漏れました。
彼らが確認に来る度に、その顔を確認しますが、誰一人、知り合いなどではありません。
そもそも知り合いならば私を『アリーゼ』と呼ぶはずであって、髪色と身分で呼ぶ人は、間違っても友人ではないでしょう。
どこの誰が『貴方は赤髪の伯爵令息だわ!』『貴方は銀髪の公爵令嬢ね?』って呼び合うんですか。
(まぁ実際、私は、そう呼ばれてるんですけど……)
何の用かと尋ねても、彼等は怯えたように逃げていくのです。
(いじめかしら? でも、これといって何かされるワケでもないのよね……)
むしろ、距離を置かれているぐらいで。
これは、これでイジメでは? そう思うけれど、何故?
『ピンク髪の男爵令嬢』というだけで怯えられ、距離を置かれなければいけませんか?
腑に落ちない日々が続きつつも、私は王立学園で一生懸命、勉強に励みました。
学業が適当でもどうにかなる、普通のお貴族様達と違い、私は努力しないと平均レベルに辿り着けませんからね……。
そんな時です。殊更に腑に落ちない事件が起きたのは。
「ピンク髪の男爵令嬢が居るそうだが。……おお、いた! 本当にいるぞ!」
また、私の下へ新たな客人がやって来ました。
私の居る教室に入ってきたのは、見るからに高位貴族の雰囲気を持った男子生徒たちでした。
「ライオネル殿下!」
殿下!? 今、あの人、殿下って呼ばれました? つまり、本物の王子様!
「凄いな、本物だ。本物のピンク髪の男爵令嬢じゃないか」
「おお……。あれが伝説の?」
(伝説の!? なに、伝説って!?)
ちょっと待って。いったい、どういう事なのよ。
あの一団って明らかに高位貴族よね?
絶対に軽々しく関わらないほうがいい。
金髪碧眼の王子様、赤い髪の男子、青い髪の男子、それに銀髪の男子までいる。
(キラキラなオーラがすっごいわー……)
如何にも、王子と麗しき貴族令息様たち、って感じの人たちでした。
そんなキラキラな四人組が、思いっきり私を、まじまじと観察しているんです。
(怖っ……。なんかすごい見てくる……。なんで私、目をつけられてるのよ)
伝説って? ああ、もう!
その伝説とやらについて聞いてみたい。王子様に聞けば、答えてくれそうだし。
でも、あの一団に自ら話し掛ける度胸はない。
というか、学園内とはいえ、王子においそれと話し掛けるのは、普通に不敬でしょう。
彼らと関わり合いたくはない。
だって、問題が起きる予感しかしないんだもの。
だから、私は好奇心を抑え込み、注目されているのを分かっていながら、話し掛けには行かなかった。
「……あれ? こっち来ないね。ピンク髪の男爵令嬢なのに」
「本当だ。ピンク髪の男爵令嬢なのに?」
いや、ピンク髪の男爵令嬢だったら何なのよ。
ピンク髪の男爵令嬢だったら、彼らに話し掛けに行かなきゃいけないの?
なによ、その意外そうな顔は!
ピンク髪の男爵令嬢に一体、何の期待をしているの!?
「……ふむ。話しかけてみようか? ピンク髪の男爵令嬢に」
(げっ!)
ライオネル殿下が、とんでもない事を言い始めた。
なんで、よりによって王子が率先して動こうとするのよ!
「お、お待ちください、殿下! 王子殿下が『興味深い』と思いながらピンク髪の男爵令嬢に話しかけるのですか? それは……」
「まさにあのパターンでは!?」
「確かにそうだな……。僕からピンク髪の男爵令嬢に話しかけに行くのはダメか……」
なんで!?
話しかけてほしくないけど、話しかけに行くのがダメって何!?
王子でしょ!?
たかだか男爵令嬢に、話しかけられないって、どういうことよ?
そのまま、距離を保ちつつ、かなり互いに意識してはいるのだけど、どちらからも踏み出さない、動かない。
謎の膠着時間が過ぎていったわ。
(やっぱり、いじめ? でも、いじめとも何か違うような……)
とにかく、みんな、興味があるらしい。
私個人というよりは『ピンク髪の男爵令嬢』に。
(……なんか嫌だわ。そういうの)
誰かに『やぁ、アリーゼ』と話しかけられるのと、『やぁ、ピンク髪の男爵令嬢』では話が全く違うでしょう。
学園に来てから、こんな調子だったから、私は教室でも孤立していた。
そもそも庶子の私と、元から貴族の皆さんとでは、色々と違い過ぎるから、ただの友人にはなり難いし。
ヒソヒソ、ザワザワと、遠巻きにされて、それでいて無視するでもなく、興味深そうに私を見てくる彼ら。
(私に用があるワケではないのよね?)
……伝説? 何かあるのかしら。学園の歴史? 王国の歴史?
分からない……。
(ただ、いつまでもこうしてるワケにもいかないし。対策は必要だわ)
だから、まずは調べよう。
人に聞こうとすると避けられるから、学園の図書館とかがいいかしら?
そうね。そこがいいわ。出来る事から片付けましょう。
そういった理由で、私は王立学園の図書館へと出向いたんです。
まずは、学園の歴史から調べてみましょう。
◇◆◇
「ぴ、ピンク髪の男爵令嬢!」
「……はぁ」
(もう、これで何度目だろう)
王立学園の図書館で、私を待ち受けていたのは、銀髪・赤目の令嬢でした。
彼女もまた、如何にも高位貴族の令嬢といった雰囲気です。
はっきり言って、見た限りだと今まで会った誰よりも美しい女子生徒でした。
それに輝くような銀髪は、艶めいていて、よく手入れされているのが分かる。
……そんな彼女までが私の事を見て『ピンク髪の男爵令嬢』と判定したんです。
しかも、その彼女は。
「おい見ろ。フェリシア様と、ピンク髪の男爵令嬢が!」
「とうとう出会ってしまったのか。フェリシア・メルフィス公爵令嬢と、ピンク髪の男爵令嬢が!」
(公爵令嬢!? また大物じゃないの!)
「銀髪の公爵令嬢と、ピンク髪の男爵令嬢が、同じ場所に!」
なに? 『銀髪の公爵令嬢』も何かあるの?
なんで、公爵令嬢と男爵令嬢がセット??
というか身分差が、あり過ぎるんだけど!?
相手が公爵令嬢と知れた以上、私から話しかけるなど出来ない。
そもそも別に彼女に話し掛けたくて図書館に来たワケじゃない。
でも私の事を見るや、フェリシア・メルフィス公爵令嬢、『銀髪の公爵令嬢』が、私を見て驚愕の声を上げたのだ。
……とりあえず、逃げよう!
「あ、貴方……!」
「ま、待ちなさい! 下手に動いてはいけないわ……。喋ってもダメよ? 私からは何も指示していないし。私は、彼女に何もしない。いいわね?」
「は、はい、フェリシア様……」
いや、何?
公爵令嬢の隣に座っていた女子生徒が、私に向かって何か言おうとしたところを、その公爵令嬢によって止められていました。
そして、何故かそのまま沈黙を選び、動く事を周囲にまで止めさせつつ、私から目を離さない。
……いや、だから何? 何なの、この状況は。
「お、おい。これ、ライオネル王子を呼んできた方がいいんじゃないのか?」
「バカ! 余計な事するな! ライオネル王子なんか呼んだら、それこそピンク髪の男爵令嬢の独壇場だぞ!?」
「た、たしかに! でも、俺、ちょっと見たいかも……」
「そ、それは……。たしかに……興味はあるけど」
「バカ! そんな事言ったら公爵家に目を付けられるだろ!」
「いやいや、流石に何かあってもメルフィス家が黙ってないだろ?」
「いや、メルフィス家が動いてしまったら、それこそメルフィス家の『負け』じゃないか? だって、相手はピンク髪の男爵令嬢だぞ? 何か間違ったら……」
「うっ……たしかに。下手したら公爵家が……ピンク髪の男爵令嬢に!?」
いやいやいやいや!
何、何、何!? 怖い!
周りの生徒たちから不穏な言葉しか聞こえてこない!
公爵家が何? なんで、男爵令嬢如きを相手するの?
しかも、下手したら公爵家が負けるピンク髪の男爵令嬢って何!?
(まずいわ。何かまずい。変に言い訳とかさえ出来ない。角が立たないような発言をしたつもりでも、それだけで周りになんて言われるか!)
思えば、銀髪の公爵令嬢様も、私と同じ考えなのかもしれない。
下手な言葉は口に出す事もできない。
ともすれば身動きすらも……。
先に動いた方が……危ない??
「…………」
「…………」
ゴクリと互いに唾を飲み込みながら、まるで騎士同士の決闘かのように、間合いを計っている。
なぜ、こんな事をしているのか、まるっきり分からないまま。
互いに先に動くまいと息を殺している……。
「ここか! フェリシアと、ピンク髪の男爵令嬢がいるというのは!」
そこに、あろう事か現れたのはライオネル殿下だった。
(嘘でしょう? 王子まで来ちゃった……! 嫌な予感しかしない……!)
「うおっ……、本当にいる……」
王子殿下ともあろう人が、私たちが居る場所を見て、なぜか息を詰まらせた。
いや、何? だから、なんで?
どこにそんな動きを止めてしまう要素があるの?
「バカ! 誰だよ、ライオネル様を呼んだの! 事態が悪化しただろ!」
「これは……『銀髪の公爵令嬢』と、『その婚約者の王子』と、『ピンク髪の男爵令嬢』が、揃った……!!」
「と、いうことは……!!」
え、何。今、婚約者って言った?
公爵令嬢と王子って婚約者なの?
その二人が私のこと敵視してるの?
それ、終わってない? 私。
(もしかして、この二人に目をつけられているから、学園での扱いも……?)
だとしたら、取り返しがつかない。相手が悪過ぎる。
王子殿下と公爵令嬢。
そんな2人を相手に男爵令嬢風情で何ができる?
下手をしたら、『処刑』なんてことも……。
不敬罪、とか。死罪を言い渡す! なんて、言われて。
(……ごめん、お母さん……。私、何か高貴な人たちにしてしまったのかも……)
「あれ、動かないな? ピンク髪の男爵令嬢なのに」
「確かにな。そろそろピンク髪の男爵令嬢の見せ場じゃないのか?」
(何なの、一体何なのよ……。ピンク髪の男爵令嬢だから、一体、何だって言うの……?)
それが、そんなに罪な事なのか。
ただのピンク髪の平民だった私は、こんな風に扱われたことなどなかった。
男爵令嬢というだけなら、学園にも数多く居る。
でも、ピンク髪で、男爵令嬢なのは……学園で私だけ。
それが、そんなに……いけないことなの?
周りから、こんなにも疎まれて。
王子や公爵令嬢からも目の敵にされなくちゃいけないことなの……?
涙が、じわりと浮かんできた。
(私が、何をしたっていうのよ……)
「ひっ……! ち、違っ、私は何もしてないわ!」
目尻に涙を浮かべた私を見て、銀髪の公爵令嬢は慌て始めた。
恐怖すらしている。
まるで私が涙を浮かべる事さえ、いけないことであるかのように。
泣くことさえも否定されたら、私はどうしたらいいと言うのだ。
暴れでもしたら良いの? そんな事をすれば、それこそ処刑まっしぐら。
いったい、どうしてこんなことに……。
誰か、助けて……。
「──あー! 待った、待った! ちょっと待ったぁ!」
……と。場の空気を引き裂くような声が、図書館に響いた。
「ちょっと待って下さいね? この場は、俺が責任を持って預かります!」
そんな事を言いながら、私のそばに寄ってきたのは、黒い髪の、地味で、素朴な男子生徒だった。
「まず、ライオネル殿下! お話をさせていただいてよろしいでしょうか」
「……君は?」
「サントリノ子爵家の長男、アレックス・サントリノです! いずれは、子爵家を継ぐ予定であります!」
その男子生徒は、殿下の前に片膝をつき、礼を尽くして名乗りを上げました。
「サントリノ子爵令息……。分かった。話とはなんだ?」
「感謝致します! まず……彼女に説明をしてあげるべきです!」
その人、アレックスという男子生徒は、そう殿下に告げる。
「……説明?」
「……説明?」
すると、王子と公爵令嬢が、息を合わせたように一緒に首を傾げました。
仲良しだな、この人たち……。
「はい。えっと、キミの名前は?」
「わ、私……?」
彼は、私のそばに来ると、私の名前を尋ねてきます。
「うん。皆、キミの名前も知らないんだ」
名前も知らない。知らないのに、皆で私を、あんな風に扱ったと言うのか。
「……アリーゼ・カルセル」
「アリーゼか。いい名前だね」
と。アレックスは、私を落ち着かせるように、安心させるように、微笑んだ。
「あのね、アリーゼ。実は、この学園には大昔の伝説が残っているんだ」
「大昔の……?」
「うん。その話、聞いたことある?」
「……ない」
私は、ぶんぶんと首を横に振った。
「だろうね。僕も学園に来てから知ったような、ただの与太話さ」
「与太話?」
「そうだよ。あのね。昔の学園にキミみたいな、ピンク髪の男爵令嬢が、編入してきたことがあるんだって」
「私のような」
「うん。それでね? その子は、当時いた王子と恋仲になったんだ」
「王子様と? 男爵令嬢なのに!?」
「そう。しかし、その男爵令嬢と王子は、あろうことか当時、王子の婚約者だった令嬢に、冤罪を着せようと考えた」
「冤罪……!?」
何それ!
「うん。いろいろあって、王子は廃嫡。元の婚約者は、隣国に嫁いでいったらしい」
「……それが、私となんの関係が?」
だって、その人は、髪の色と身分が同じだけで、私とは、まったく関係ない。
赤の他人だ。
「伝説は、それだけじゃない。また別の世代で、同じように『ピンク髪の男爵令嬢』が現れたんた」
「え?」
「そして、同じように、その子は当時の王子と恋仲になった。それどころじゃない。王子の側近だった、騎士見習いの伯爵令息や、宰相の息子の侯爵令息、公爵家の長男にまで手を出して、あらゆる高位貴族令息を侍らせていた」
「はぁ!? よくそんなことできるわね! 男爵令嬢でしょ? 身分を考えたら恐れ多過ぎる! そんなの命がいくつあっても足りないじゃない!」
「そうだ。キミの言う通り。彼女の逆ハーレムは破綻することになった。高位貴族たちを道連れにするような形でね」
バカみたい……。そんなの当たり前なのに。
というか、一人の男爵令嬢に群がる高位貴族たちってなによ。
どんな教育を受けたら、そういう事になるの?
一度、私の厳しいマナー教師に教わって出直してきて欲しい。
「そして、また別の時代にピンク髪の男爵令嬢は現れた」
「ま、また!?」
「そう、またなんだ。3度目となれば、もはや伝説だ。伝説の『ピンク髪の男爵令嬢』だ」
「なるほど……」
分かってきた。周りの私に対する反応の意味が。
「とはいえ、今度現れたピンク髪の男爵令嬢の舞台は、なんと隣国だった。当時の王子が、隣国に留学しに行っていてね……。そこで出会ったのさ」
「ピンク髪の男爵令嬢に?」
「そう。ピンク髪の男爵令嬢に」
なんで出会うのよ。
王族はピンク髪を好きになる呪いでもかかってるの?
「しかも、その子は、婚約者のいる隣国の王子と、ウチの国の王子で二股をかけていたんだ」
うわぁ!
「バカじゃないの!? いくらモテても相手がおかしいし、二股もおかしい! 男爵令嬢なんて爵位の一番下よ!? 処刑されても、おかしくないじゃないの!?」
「さすがに処刑はどうかな。いや、程度によっては、あり得る……。とにかく、そうなんだ。もはや『ピンク髪の男爵令嬢』は、伝説の存在になった。今、ざっと話しただけじゃ済まない程のエピソードがある。ちなみに、この題材でベストセラー本まで出てる」
何がベストセラー!? いい迷惑にも程がある!
同じピンク髪の男爵令嬢として謝って欲しい!
「め、迷惑! え? 私、そんな人たちと同じだと思われてたってこと!?」
「そう、皆が思い込んでた。君は何にも知らないのにね」
「じゃあ、王子様たちが、こぞって教室に来た時、さも私が話し掛けに行かないといけないみたいに待ち構えてたのは」
「……君の方から話しかけてくるだろうって遊び気分だったんだろうな」
「私と公爵令嬢が、出会った瞬間に警戒されたのは!?」
「……うん。だいたい、ベストセラーにセットで出て来る王子の婚約者が『銀髪の高位令嬢』なんだよね。しかも、ピンク髪の男爵令嬢は、彼女を冤罪で陥れようとする。『彼女にいじめられたんです! 信じて王子様!』が、お約束だ。最終的には、階段から突き落とされたと言う。読者はそこで拍手喝采さ!」
「バカじゃないの!? 階段から落ちたら大怪我するから! 下手したら死ぬから!」
「しかも、だいたい自分から飛び降りるのがパターンなんだよね。いや、勇気あるなぁ、って思う」
「ない! そんな勇気要らない! 誰が飛び降りるの!? 嫌よ!」
「……うん。まぁ、キミはそうだろうね。所詮はキミじゃない。赤の他人のエピソードだ。今ここにいるアリーゼ・カルセルは、ただのアリーゼだと思う」
「当たり前じゃない! そんな人たちと一緒にしないで! というか王子とか、高位貴族だとか私、無理だから!」
「えっ」
……と、何故か、そこに居る王子が驚いているけど。
普通に考えて、そうでしょう?
フィクションじゃあるまいし。
王国には、はっきりとした身分がある。
つまり、キラキラしたヒーロー的な王子様じゃなくて、王族という意味での王子がいる。
……絶対、関わると面倒なこと、この上ない。
下位貴族も平民も、下の方で日々が満たされていれば、それで幸せなのだ。
私は、たった一年の貴族教育しか受けていないものの、そんなこと身に染みて分かっているし。
男爵家程度の、家の切り盛りだけでも大変そうなのに
その上、王族と恋人とか。
どう考えても無理無理の無理である。そういうのは上の方の人が、頑張って欲しい。
……結局、私は平民根性が抜けていないままだった。
だって、一年しか貴族やってないんだもん。
今は一生懸命、やれる事をやるしかない。
「──ということなのです。ライオネル殿下。実は、ここ最近、彼女のことが気になっていて、目で追っていたのですが……」
「えっ」
なんかさらっと告白みたいな事言われたんだけど……。
え。生まれて初めてされる告白で言っていいシチュエーションじゃなくない?
「アリーゼ・カルセルは、そもそも伝説の内容や、ベストセラー本の事を知らないし。王子どころか高位貴族・公爵令嬢に関わろうとなんてしてない。むしろ距離を置いて、できる限り皆さまに無礼は働かないように心がけていました。ましてや冤罪で他家令嬢を貶めるなど考えているとは思えません。
──これは『ピンク髪の男爵令嬢』に対する、風評被害です。
これでは彼女が、あまりにかわいそうで、皆で彼女をいじめていたのと変わらない。
今、泣きそうになっていたのも、このように理不尽な扱いを、まったく身に覚えもないのに受けては……。か弱き女性として当然のことではないでしょうか?
ですから……どうか。彼女に妙な偏見を持たず、また怯えず。普通に接してあげてほしいのです。
ただ、彼女に『ピンク髪の男爵令嬢』としてではなく、アリーゼ・カルセルという一人の人間として扱われる権利を」
彼……アレックス・サントリノ子爵令息は、王子に向かって言い切った。
子爵家。当然、彼だって男爵家より上でも、下位貴族だ。
だから、王子に向かって、こんな風に意見するなんてリスクでしかない。
……黙って見ていても、彼に被害なんて及ばなかったはずなのに。
私のために出てきてくれたのだ。王族の前に。公爵令嬢の前に。
「…………」
再び図書館に沈黙が訪れた。
王子は、自身の婚約者に視線を送る。彼女はコクリと頷いて。
「……分かった。すまなかったな。僕も、多くの生徒たちと同じ、面白半分の態度で彼女のことを見ていたし、人格も勝手に『こうに違いない』と思い込んでいた。
それは王族としては、あまりに良くない。とても偏った考え方だった。
……その。フェリシアに誤解を持たれては困ると思い、潔白証明のためにも過剰に警戒してしまった」
「ら、ライオネル様……」
いや、ラブラブじゃないの。王子と公爵令嬢。
私がその気でも、元から入る余地ないじゃん!
「フェリシアも。僕と同じく彼女の事を誤解していたな?」
「は、はい」
銀髪の公爵令嬢、フェリシア様が私の前まで来た。
「ごめんなさい、アリーゼさん。私、貴方のことを勝手な思い込みで判断していたわ」
「そんな……。謝られるほどの事は、されていませんので……」
「それでも、私の中に貴方に対する歪んだ見方があったのよ。それは良くない事だった。……私も、ライオネル様との仲が、引き裂かれるんじゃないかって……そう思ったら怖くて」
「ふぇ、フェリシア……」
いや、だからラブラブじゃん! 相思相愛じゃん!
私が何したら、この二人の仲を引き裂けるのよ!?
「この件は、僕たちの『恥』として生徒たちに広めよう。そして君に対する偏見を捨てるように尽力する」
「私も。友人たちにそう伝えるわ。アリーゼさんは、皆が思っているような人じゃないって」
「それは……はい。そうしていただけると、ありがたいです」
「本当にごめんなさい、アリーゼさん!」
「いえ、いえ!」
王子と公爵令嬢に謝られても恐縮するばかりだけど……。
この図書館の一件で、学園での、私の風評被害は徐々に収まることとなった。
そこはさすが、身分社会のトップ層。
そういうことは得意なのでしょう。
それから、ほどなくして私にも友人ができ始めた。
下位貴族の令嬢たちは、庶子の私とも意外と気が合って……うん。
普通に友達だと言える仲の子が増えていった。
フェリシア様が、下位貴族向けのマナー講習会を開いてくれるようになって、下位の私たちも令嬢として様になるようになった。
ライオネル殿下とフェリシア様は、互いの気持ちを確かめ合ったおかげか、より仲睦まじく過ごしているよう。
私は、二人の仲を深めた立役者になった。
こうなれば、私は新たな伝説のピンク髪の男爵令嬢と言えるかもしれない。
……そんな称号、まったく要らないけど。
そうして、私のほうは……なのだけど。
「アレックス! またクッキーを焼いてきたわ!」
「わぁ!! ありがとう、アリーゼ!」
私は私で、いわゆる『いい人』を見つける事ができた。
身分的な王子様ではないかもしれない。
それでも。
私にとっては、泣きそうになった時に、勇気を出して助けてくれた大切な人だ。
だから。
「──アレックスが私の王子様よね」
そう言うと、彼は顔を真っ赤にして、嬉しそうに微笑み返してくれるのだった。
~FIN~