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命乞い

作者: 足立

習作

春うららな季節。暖かな陽光が庭に降り注ぐ。

庭で開かれるのは優雅なお茶会。

この国の西部を牛耳る名家の娘の一人であるアイリ・ストーリアは手にした紅茶をソーサーに戻し、眼前のそれに視線を下げる。


そこには一人の男が服が汚れるのも構わず、地面に頭をこすりつけ土下座をしていた。


男の名前はエスト。エストの婚約者である。


「それで、エストさん。どんなお話を聞かせてくれるのでしょうか」


 その絶対零度の声にエストは体を震わせると——


「この度は——」

「誰が、頭をあげていいといいましたか?」


 顔をあげようとして、制止させられた。


「すでに理解しているとは思いますが、今回のエストさんの立場は被疑者ではありません」


あくまで顔はにこやかにアイリは告げる。


「あなたの立場は処刑寸前の罪人です」

「厳しすぎじゃないですかね」

「そうですか?問答無用で処刑しないだけ温情があると思うのですが」


 ストーリア家が王都に構えるこの別邸には現在二人と少数の従者しかいない。

 彼らのいる庭は大きく、よほど大きな音を出さない限り、外に聞こえることもない。

 

 つまり、現在関係者以外の目撃者がいない以上、エストに何かあっても不幸な事故で片づけられてしまう可能性があった。


 流石に殺されはしないが、相当な酷い目にあわされる可能性は高い。


 このたおやかに笑う、清楚で可憐な自分の婚約者がやる時は一切躊躇せずやることを知っているエストは自分の未来を救うため、話を始めた。




                  ✟




王城で働いている人は知っているかもしれないけど、うちの国にはうんざりするほど部署がたくさんある。

昔のお偉いさんが、役に立たない親族をどうにか役職付きの仕事に就かせようとして無制限に部署を増やし、その後その役立たずのボンボンが退職した後も取り消されることもなくそのままにした結果今の状態になったらしい。


だったら今からでもいらない部署は消したらいいなんて声もあるが、事態はそう上手くいかない。

 

昔のお偉いさんも、単なるアホだったわけではなく部署をつくる名目にはそれなりの理由を作る必要があった。


そこで彼らが目を付けたのは魔法である。


今より魔法の研究が進んでいないこと、魔法の細分化をするべきだと彼らは主張し、学者の意見を持ち出して、魔法の細分化とそれに伴う部署の増設をした。

 

 それぞれが異なる考えをもった学者の意見を利用したことで、同じ魔法でも異なる解釈での部署が立ち上げられ、今でも実質同じなのに下手に片方を潰すと、潰した方のメンツがつぶれるという面倒な事態が起こってしまう。


 それゆえ、ボンボンの坊ちゃんが退職した今も、下手に部署をつぶして問題を起こすぐらいなら、とこの問題は放置されている。


 まあ、いくら部署数が多いといっても無制限に働けるわけじゃないのだから、その無駄に増やされた部署に所属しているのはせいぜい二人か三人。

 ひどいところは誰も所属していないけど、倉庫として使われている部屋の名前に部署の名前が使われているところもある。


俺が所属する『レイズ王国第二魔法部隊所属特殊公務実働部隊補助室』なんて長ったらしい名前の部署も、自分と先輩の二人しか所属していない。


先輩の名前はクレア・ルージュ。あの国防の中枢を担うルージュ家の長男である。


ルージュ家は代々エリートを排出することで有名な一族である。王家からも信頼が厚く、生まれるのは美男ばかり、たまに女の子が生まれたとしても例外なく美女に育つという、それでいて教育がしっかりしているのか、社交界に現れるのは紳士ばかり、まさに結婚相手としてみれば優良物件を生み出す一族だといっても過言ではない。


そんなルージュ家ではあるが、娘を持つ大人たちからの評判は非常によろしくない。王都にある学院には多くの生徒が入学するが、娘が入学する年にルージュ家の血縁者がいると分かったら、娘に必ずこう言い聞かせるらしい。


“絶対にルージュ家の男には近づくな”


ルージュ家の男と在籍する年がかぶったと分かった瞬間入学する年をずらす家があるというのだから、その警戒っぷりは大層なものである。


 まあ、個人的な意見を言わせてもらえるならば、その警戒は妥当なものである。


 なにしろ、ルージュ家の血族は一部の例外を除いて全員がハーレムを形成しているのだから。

 

 大体一人につき、5~9人くらいの妻がいるらしい。法律によって禁止されないとはいえ一夫一妻制が基本的な形態でこの国でその様子はすさまじい。


 先輩に聞いた話だと、本家の集まりに顔を出すと。


「お前まだ妻を三人しかとらない気かよ。相変わらず一途なんだな」


 なんて狂った会話が平然とまかり通るというのだから恐ろしい。


 それでいて、いままで離婚をした家族もおらず、妻同士のなかが悪いわけでも、兄弟同士の骨肉の争いが起こるわけでもない。もはや魔法かなにかを使ったかとしか思えない一族である。


 そんなわけでポンポンと子供を産みながら、内部同士の争いによって数が減ることがないのだから、ルージュ家は国内でぶっちぎりの大所帯である。なんでも領地の9割以上が血縁者らしい。


 そして、そんなに多くの子供が生まれればそのなかに一人変わり者が生まれることもある。


 それがクレア先輩だ。


 先輩はルージュ家にもかかわらず、学院に在学中に、いやそれどころか現在に至るまで彼女を作ったことがない。


 これはルージュ家にとっては大変な異常事態と受け止められたらしい。すくすくと成長しながら、異性に興味を持たない両親を含めた親族は本気で心配し、先輩は王族の専門医である医者に異常がないか調べてもらったことがあるそうだ。


 結果として検査で異常は見つからず、先輩は色事に狂った一族のなかで生まれた突然変異として受け止められたらしい。


 そうすると、事態は一変する。


 彼女や妻がいる身分にも関わらず、所かまわず手を出し、大切に育ててきた娘を魔法のような手口で誑し込んできた——しかも自分の娘は幸せそうにしているから何も言えない。——一族の中に、色ごとに狂っていない人物が現れたのだ。


 例え女癖が悪くても、その優秀さと実績から、国の中枢に居座り続けている一族である。

 その唯一にして最大の欠点を克服した男が現れたというのであれば、玉の輿を狙う女性から見ても、力を欲しがる名家としても狙わない理由がない。

 

 幸いというべきか、先輩は優秀といわれるルージュ家の中でも異彩を放つ天才であったし、魔力の保有量も百年に一度といわれるレベル。

 

 ルージュ家じゃなくてもモテる要素しか持っていないのに、奇跡と呼ばれる確率で名家の中から生まれた存在。


 ひっきりなしにデートの申し込みを受けていたし、ファンクラブの会員はこれまで存在したルージュ家のファンクラブをぶっちぎる人数が加入したという。


それでも舞い上がることなく、冷静にともすればつれない態度で女性に接する様子からつけられた名前は『氷の貴公子』。


 随分と大げさな名前である。


 そんな先輩ではあるが、学院に入学した時から現在まで付き合いのある自分から言わせてみれば、先輩は『頭の良いアホ』である。


 いや、別に先輩に倫理観や常識がないわけでも人間関係に何があったりするわけでもない。


 ただあの人には思いもよらないことを、思いついてはためらいなく実行してしまうところがあるのだ。


 ついこの間もこんなことがあった。


 ある日、昼飯を外に食べに行った俺が部署に帰って来た時のことである。

 

 その時部屋にはいつも通り先輩一人しかいなかった。


 うちの所属する部署の仕事は先輩が国防を担当するルージュ家の一員であることもあって、都市で事件がおこった時に人手が足りるよう、部署を超えて手伝いを行うという補助を行うというものである。


 そのため、要請がない限り忙しくなく、一日の仕事の多くは雑務や書類整理を行うことである。

 

 優秀な先輩はその能力を用いて、振り分けられた仕事を午前中に終わらせて、後は勤務時間が終わるまで自由に過ごしている。

 

 俺の仕事を手伝ってくれることもあれば、なにか本を読んでいるときもある。


 いちおう緊急時の補充要員のため、部屋を開けるわけにはいかず、昼食を食べに外にいく時なんかは交代で待機しているが、部屋に誰もおらず暇な時、先輩は様々なことをして時間をつぶしている。


 その日は何かを机の上で作っていた。

 

「ただいま戻りました」

「おかえり、エスト。私ももう少ししたら外にでる」

「わかりました。ところで先輩何してるんです?」

「よく聞いたな」

 

 先輩は作業を止めるとドヤ顔でこっちを向いてきた。


 その手にはなんだか小さい人形が握られていた。


「何すか、それ」

「全自動お茶くみ人形だ」

「は?」

「最近———」



「ちょっと待ってください」



 俺の話の途中で目の前のアイリが割り込んできた。


 現在の状況は昼下がり、椅子に座っている婚約者のアイリに対して地面に正座を指定折る俺という状態。

 

 絶賛尋問中である。


 弁明の為、これまでの経緯を最初から話していたのだが、俺の話を目だけが笑っていない笑顔で黙っていたアイリだったが、遂に言葉を挟んできた。

 

絶賛土下座中の俺にはその顔を見ることは出来ないが、先程の声音から恐らく非常に冷たい顔をしているのは間違いない。


その恐ろしさから言葉遣いもしぜんと敬語になっていた。


「なんでしょうか」

「そのクレア先輩の話をする様子しか感じられませんが、その話は長くなりますか?」

「あと10分ほど」

「……そのかたの話はしなくていいですから、結論だけ言ってくれませんか」

「いや、クレア先輩の話が重要になって——」

「わかりました。じゃあ、もう少し端的にお願いします」


 なんとなく、怒りのオーラが背後に立ち上るのを幻視する。

 しょうがなく、俺は先輩のエピソードを省いて話を再開することにした。


 先輩は異性に興味を持たない変わり者という話だったが、じつはそれにはあるからくりがある。


 ……いや、これは本当に重要な話だから、話させて。



 これは先輩本人から聞いた話だが、いくらルージュ家が色狂いといわれても、皆が皆生まれた時からそうだったわけじゃない。幼いころには性愛もなく、ただの中の良い友達として異性と一緒に遊ぶこともあるらしい。


 だけど、他の家はルージュ家という事だけで警戒をする。まあ、当然だと思うけど。


 ある日先輩は中の良かった女の子から当然避けられるようになったことがあったらしい。

 パーティに行けば、必ず席を共にして楽しくしゃべる中だったらしいが、ある日その子のテーブルに近づいた途端にその子は別のテーブルに移ったらしい。

 

 一回や二回なら偶然で済んだが、その日を境にその子と一緒の席に着くことは無かったらしい。

 疑問におもった幼い先輩は、ある日その子を捕まえて理由を尋ねた。

 その女の子は最初は応えることを渋っていたが先輩が諦めずに尋ねると観念してこう話した。


「お父様が誑し込まれるからルージュ家の男の子には近づくなって」


 クレア先輩は幼い子供には難しいその言葉の意味を正確に理解し、愕然とした。

 そしてその真意を探るため、自分の一家について周りからどう見られているかも含めて調査した。

 調査の結果、先輩は愕然としたらしい。


 無理もない、自分が色狂いの一族の一員として見られていると知ったら、普通の感性を持っていたらそう思うだろう。

 

 そして、先輩は決意した。自分は“ああ”ならないようにしようと。

 そしてすぐさま行動に移した。


 これが全ての元凶となったのだけど。


 先輩はさらに持てる力を尽くして、どうして自分の一族がそのような女性にだらしないようになってしまうのか、原因を調べた。

 その結果どうやら、性欲と呼ばれる人間の欲求が原因であるという事を突き止めたらしい。

 その欲求が暴走することで女性に手を出してしまうのだという。


 すぐさま、それをなくそうと考えた先輩だったが、その欲求は生物として必要なものであるという情報もあった。


 情報によれば、その欲のおかげで生物は子孫を残すのだという、つまりそれをなくしてしまえば自分の子を成せず、一族が滅んでしまうかもしれない。

 

 流石にそれはまずいと思っていたのだろう。

 それを今の自分の一時の感情でなくしていいものか、先輩は悩んだ。


 そして一つの結論をだす。


「思春期の性欲を魔力に変換する魔法を作ろう。その後に大人になったら、その魔法が自動で解除するようになったらいい。大人になったら流石にコントロールできるようになるだろう」


 それが引き起こした現状を考えれれば、バカの考えであるといわざるを得ない。


 当然そんな魔法が存在するわけもない。

 しかし、先輩がルージュ家のなかでも群を抜いた天才であったことが災いし、先輩は幼い身ながらその魔法を完成してしまう。


 しかもよせばいいのに、性欲を魔力に変換する設定を全ての性欲を消すものにしていた。


 ルージュ家に漏れず先輩も異性に対する興味は半端じゃない。

 それを魔力に全て変換するのだからその量は途方もない寮になるだろう。


 つまり、これが先輩の保有魔力が多い理由と、先輩がルージュ家に生まれながら異性に興味がないといわれた理由である。


 先輩は今から一カ月前を魔法が切れる期間に設定していたらしい。

 そのことを突然教えられた俺は先輩に連れられてとある空き地に連れられた。


「先輩。話はまあ、いろいろと信じたくはないですが、理解しました。けど、どうして俺を連れてこんなとこまで来たんです」


「随分前につくった魔法だからな。なにか不具合があったときに事情を知っている者がいたほうがいいと思っただけだ」


「なるほど。じゃあ、あとすこしで解除されるんですか」


「ああ、あと数分で設定した時間がおとづれる」


 数分後、先輩の周りに幾層にも折り重なった魔法陣が展開される。解除が始まるのだろう。

 

 しかし、一つ一つの魔法陣が破壊され残り一つが無くなった時、異常が起こった。


「ぐっ」


「先輩、大丈夫ですか!」


 突然、先輩が地面に倒れ込んだのだ。


 慌てて先輩に近寄り、魔法を使って検査をするも何も異常が発見できない。


 俺の手には負えないと思い、医師のもとで詳しく調べてもらおうと先輩を抱きかかえると、


「病院は止めろ」


 先輩から制止の声がかかった、その声音は真剣で、切羽詰まった顔をしていた。

「どうしてですか!ここじゃあ、何が原因かすらわからないんですよ」


「……しいんだ」


「何ですか、何か言いたいことがあるならはっきり言ってください」


「恥ずかしいんだ」


「は?」


 予想外の言葉にその時俺は、間抜けな表情をしていた。


「病院にはナースがいるから恥ずかしくて行けない」


「……」


 ナニヲイッテイルノダロウ。

 

 しばらく混乱していたが、何となく先輩の様子に見覚えがある。

 そうして思い出す、気障な告白に失敗した弟の様子と重なるのである。


 そうして落ち着いて考えたところ、一つの仮説が生まれた。

 

 性欲は生物としてなくてはならないものである。

 だが、その欲求そのままに行動すれば、人の社会の中では生きてはいけない。

 だから人は集団で生活する中で、その欲求の付き合い方を知るのだ。

 しかし、先輩はその欲求の扱いを持て余し、付き合い方を知るはずの思春期でその欲求をなくして生きてきた。

 もしも、性欲を消したまま生き続ければ、子孫繁栄という点について目をつむれば上手く生きて行けたかもしれない。

 しかし、魔法は解除された。

 経験したことのない、欲求にさらされてしまった先輩。

 しかも先輩はルージュ家の一員。その性欲は半端じゃないだろう。

 つまり、とてつもない性欲にさらされ、そして今まで作り上げてきた無駄に高いプライド、それらが組み合わされることで異性に対するとてつもない自意識を生み出したのだ。


 魔法が解除された後の、先輩はポンコツになった。

 

 異性とまともに接することが出来ないのだ。

 

 女性と会話もできないし、勤め先にも人目を忍んで女性の目から逃れるように通勤してきている。

 

とてもじゃないが仕事にならない。


 そこで俺は先輩を異性に慣らせるための特訓をすることにした。




                 ✟


「そういうわけで、俺が合コンに参加したのは、先輩に女性に慣れるためのサポートをするためであって、決して浮ついた気持ちで参加したわけではなく、そもそも、自分は一切——」


「命乞いはそれだけですか」


 アイリは立ち上がり、ゆっくりとエストに近づく。


 



その日の記憶がエストに残ることは無かった。


笑顔で人を刺せるタイプのヒロインが今の自分の中の流行りです。


感想いただければ嬉しいです。

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