族長様からのご褒美
「黒髪の聖女よ。自らの身も危うい時でありながら、我が一族のために粉骨砕身してくれたこと、誠に感謝しておる」
「恐れ入りますわ。人と魔獣との縁をつなぐことこそが、私の願いであり、務めですから」
族長様の丁寧な謝辞には一応謙遜して答えたけれど、確かに大変だったわ。ヴィクトルと、そして私の大好きなクララだって、命を失いかけたのだから。
ここはサーベルタイガーの本拠地である岩洞。イリアの村から、すっかり安全になった深い森を一日で駆け抜けて、族長様に首尾を報告するために、立ち寄っている。もちろんこの後は、バイエルンに逃げるつもり。
「しかし……考えていたよりはるかに危険な目に遭わせてしまった、済まぬ。モルトー子爵があそこまで愚かであったこと、そして迷宮が『溢れ』たこと……申し訳ないが、儂には予想できなんだわい」
「ロッテ、俺からも詫びさせてくれ。君と、君の大切な人の生命を危険にさらしたのは、護衛すべき俺の力が及ばなかったゆえだ。本当に、済まない」
族長親子が人型に変化したまま、二人そろって私に向かって頭を下げる。
「いけませんわ、長たるものは無闇に目下の者に頭を下げては……」
あ、いけない。またいつもの説教癖がでちゃった。アルフォンス様とお付き合いしていたせいで、尊い方に偉そうなことを言うのを何とも思わなくなってしまった私だけど、自重しないと。
「ほっほっほ……『黒髪の聖女』は、まこと面白いお嬢ちゃんじゃの。うむ、そなたのいう通りじゃの。頭を下げることはやめるが、せめて感謝の気持ちを形にしたいものじゃな。我々にできる礼が、ないものかの?」
気を悪くした様子もなく微笑みながら感謝を口にする族長様。ほんとに、素敵なおじ様なんだから。
「礼とおっしゃられても、私達に『もの』は足りておりますので。そうですね、バイエルンに入るまでサーベルタイガーの皆さんに護衛して頂ければ、十分かと」
「いや、もちろんそんな些細なことは当然やるのじゃが、それだけで済ますわけには、到底いかぬからのう……」
そう言われてもなあ。これから放浪生活に入る私達なんだから、形あるものをもらっても……おカネだって、十分あるし。
「うむ。ではこうしよう、そなたの仲間に贈り物を用意しておるのじゃが……ほれヴィクトル、持ってくるのじゃ」
「わかった。あれだな」
ヴィクトルが洞の奥から訳知り顔で持ってきた箱を開けると、族長様が幾つかの装飾品を取り出した。
「勇敢な狼のお嬢さんにはこれじゃな」
クララの方を向いて差し出されたのは、それは大きくて色濃い緑の魔石をはめ込んだペンダント。
「いえ、私は、このような立派なものを頂くわけには……」
「受け取ってもらわんと困るんじゃよ。お嬢さんがいつも献身的に聖女を守ってくれていたから、今回のあれもこれも解決したわけじゃ。それにのう、これは単に身を飾るものではないのじゃ。お嬢さんの魔力が尽きたときに、この魔石が補充してくれるという優れモノじゃから、今後も聖女を守るために必要なものじゃよ?」
そうか、だからクララの魔力と波長の合う、緑の魔石なんだな。
「そう、おっしゃられるのでしたら、ありがたく頂戴致しますわ」
私を守るため、と言われると断れないクララ、可愛いわ。
「カミル君……じゃったな。火竜の力を持つ君には、これじゃ」
差し出されたのは、小さいけれど色鮮やかな紅の魔石が十個ばかりはめ込まれた、銀のブレスレット。
「火竜と同じ波長の魔力を持つ者と戦う機会は少なくての、なかなか紅の魔石は調達できぬのじゃ。そなたの魔力を補うには、数で稼ぐしかなくての、これで勘弁してやってくれ」
「あ……ありがとうございます。僕が虎と相性の悪い竜だってわかってるのに、こんなにしてもらって。大事に使います」
「良い少年じゃ。我々は竜と虎である前に、聖女を守る同志じゃからの」
ああ、族長様はやっぱりイケてるおじ様。カミルの眼が感動でウルってるわ。
「ビアンカ嬢にはこれじゃな。万一のお守りとして、持っておくがよいな」
これも大きな魔石があしらわれたブローチ。色はやっぱり、ビアンカの魔力波長に合わせた緑だ。
「あ、ありがとうございます……」
「本当は、そなたの母親について教えてあげられれば良かったのじゃがな。少なくともこの森のサーベルタイガーでは、ないようじゃ」
「そうですか。ここでは、なかったのですね……」
「うむ。じゃが、人間族とつがって子をなせるサーベルタイガーなど、そういるものではない。人化の業が使えるほど高位の者というのが、前提になるからのう。そういう観点でいろいろ調べてみると、不確実極まりない情報なんじゃが……」
「何か、わかったのですか?」
「はるか東、アルテラ帝国デブレツェンの森に、ここより少ないがサーベルタイガーの一族が住まって居る。そこの前族長の娘が十五年前に姿を消したとか」
「族長の娘……」
「うむ。たいへんな魔力持ちだったと聞いておるゆえ、おそらく人化が使える者だったのではないかな。そして姿を消した二、三年後にビアンカの嬢ちゃんが生まれておる。嬢ちゃんの母上である可能性は、ないとは言えん……程度じゃな。はっきりせず済まんの」
族長の言葉を聞きながら、エメラルドの眼から透明な雫をあふれさせるビアンカ。
「あ、ありがとうございます……初めて、初めて母さんの手掛かりが……それだけで十分です、嬉しいです」
「それで、族長の娘さんはその後?」
クララの問いに、族長は首を振る。
「はるか東方のことゆえ、十五年前が最新情報という有様でのう。実際に行ってみぬことには……」
「良いのです。会えるとは思っていません、でもどんな虎だったか知りたかったのです。それだけで……」
ああ、相変わらずビアンカは良い子だわ、良い子だけど……我慢することが習慣になっちゃってるのが切ないわ。本当はお母さんを探したいはず、何とかしてあげたいわ。
「ビアンカ……バイエルンに行ったらアルテラに少しは近づく。情報があるかも知れないよ、一緒に探そう?」
「あ、ぐすっ、お姉さん……あ、りがとうございます……」
慰めるつもりが、またビアンカを泣かせることになってしまった。つくづくダメな私。
「さて……それで、黒髪の聖女への謝礼だが……」
「ですから、それは結構ですと……」
「そういうわけにもいかぬ。じゃが規格外の魔力に満ち溢れているロッテ嬢に、魔石を贈っても役に立つまい。そもそもロッテ嬢と同じ紫色の魔力を放つ魔石など、存在しないからのう、そこでじゃ……」
「はい?」
う~ん、族長様は何を下さろうとしているのかしら……といぶかる私の眼の前で、族長様がヴィクトルの襟首をつかんで、ご自分の真ん前に引きずってくると……。
「粗末なもので恐縮ながら、これを差し上げようと思うんじゃが」
「ええええええっ!」
第二部はあと一話です。すくなくとも第四部まではできていますので笑 どうか末永くよろしくお願いします。 ブックマーク、★大歓迎(^^)




