騒動の決着は
それから五日後。ようやく、待ちに待っていた人達が、やってきた。
森を縫う細い道を先頭切ってやってくる、派手ではないけどあちこちにこだわりがあって、おカネが掛かっているだろう馬車は、ベルフォール伯爵様のものだ。そして、続いてくる瀟洒な馬車は聖女仕様……大好きな姉様が乗っている。護衛騎士様の騎馬が何騎かいるけれど、教会関係者はいないらしいことをしっかりと確認してから、私達もお迎えに出る。
「ロッテ!」
「姉様!」
姉様が私の姿を認めて、馬車から飛び降りて来る。そんなに長く離れていたわけでもないのに、とっても姉様が恋しくて、甘えん坊になっちゃう私。姉様に飛びついてその豊かな胸に顔をうずめ、しばらく抱き締めてもらっちゃうのだ。
「相変わらず、仲の良いことだね」
遅れてゆっくりと伯爵様が馬車から降りて、渋いバリトンで優しく声を掛けて下さるの。私も久々に、カーテシーなどしてご挨拶。
「伯爵様、ごきげんよう」
「あらロッテ、ベルフォール家は伯爵から、このたび辺境伯に陞爵されたのよ」
姉様が教えてくれる。えっ、辺境伯って……侯爵並みの扱いよね。そして、軍事とか内政とかの裁量権も、すっごく大きくなるはずなんだけど。驚きの格上げというべきよね。
「まあ、おめでとうございます。陞爵をお祝い申し上げますわ。でも、辺境伯を名乗られるということになりますと……」
「ああ、そうだね。このたび私は旧領に加え旧リュネビル男爵領、そしてこのモルトー子爵領を、保護領でなく正式な領地として加えることになったのだよ。バイエルン王国との長い国境を抱える身となったので、辺境伯の地位が与えられたというわけかな」
きっとご負担も増えることだし、手放しで喜ばれている感じではないけど、やっぱり誇らしげな伯爵様……っと、辺境伯様か。
「お慶び申し上げますわ。そして、この旧子爵領をベルフォール家に治めて頂くことは私達の望み通りです。どうかかねてからの構想通り、サーベルタイガーとの盟約を結んで頂けますようお願い致しますわ」
「うむ、それはもちろんのことだ。この森の向こうの国境線をすべて我々が守ることは、戦力から言っても費用面から考えても現実的ではない。サーベルタイガーに森を統べてもらえば、自然と国境防衛ができることになるからね、ぜひ我々からも頼みたいところだ」
ああ良かった。これでやっと肩の荷がおりそうね。
「それでは、サーベルタイガーの代表者はここにおりますので……」
「えっ? どこに?」
あ、そうか。辺境伯様はヴィクトルが人化できることを、ご存じないのだった。
「こちらの男性がそうですわ。先日ご覧になったサーベルタイガーが人化の業を使ってこの姿となっておりますの。族長の長子で、ヴィクトルと申しますわ」
「む、にわかには、信じがたいが……」
「わかりました。では、ちょっと淑女の皆さんはそっちを向いていて下さいね……」
ヴィクトルが仕方ないという表情で、シャツのボタンに手をかけ始める。うん、何が起こるかわかってるけど、とてもその過程は恥ずかしくて見ていられないわ。私はヴィクトルに背を向けて、辺境伯様の反応を聞いていた。
「む、こ、これは……失礼した、疑って申し訳ない。まさに先日、共に妖魔と戦った強剛なサーベルタイガーそのものだ……うむ、ぜひ我々と盟約を結んで欲しい」
(望むところ、と彼に伝えてくれないかな、ロッテ?)
「喜んで盟約を結ぶと、彼が申しておりますわ!」
よし、これでようやく、私の仕事は終わりだよね!
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日のうちに、サーベルタイガーとベルフォール辺境伯家、そして旧モルトー子爵領の村々を代表するイリア村長との盟約は成った。
旧子爵領のうち、領都を除く村々はすべて盟約に参加することを決めた。やっぱり税率の軽減と、サーベルタイガーからの魔石支給が効いたみたい。唯一加わらない領都には辺境伯様の代官と騎士が駐在するけれど……いずれ、盟約の良さを理解してくれれば一緒にやってくれると思っているわ。
これで全部片付いて、あとは逃げるだけ……とはいかなかった。盟約を結んだ村にはサーベルタイガーが交代で派遣されて、妖魔や怪しい人間から村を守るのだけれど、言葉の通じない虎と人間の意志をつなげられるのが、結局私とヴィクトルと、あとはカミルくらいしかいなかったからね。なのでそれからさらに二週間、私達はイリアの村近くで過ごすことになった。
教会の手先がまた襲ってくる心配が全くなかったわけじゃないけど、結局は杞憂だったみたい。姉様の集めてくれた情報によると、あの襲撃隊は正規軍の特別部隊から選抜した精鋭メンバーだったのですって。それを私達が全滅させてしまったから、教会としても当面は打つ手がない、ということらしいの。第一王子派の貴族たちも私達のことを不愉快には思っているけれど、抗争中の今、なかなかこんな辺境に追っ手を出す気にはならなかったみたいね。
そうそう、あのどうしようもないおぼっちゃま子爵、命だけは助けられたそうよ。爵位も領地も全部取り上げられたけど、第一王子派の有力者であるベルフォール伯爵を……今は辺境伯だけど……殺そうとしたのだから、それでも異例の寛大な処置だったと思うわ。死罪にならなかったのは、貴族達が二派に分かれている中で第一王子派の者だけを死罪とするのがはばかられたことと、姉様が助命の口添えをしたからみたいね。自分の生命を狙った相手でも助けてあげるなんて、さすが姉様は本物の聖女だわ。
村への滞在中には、楽しいことも、嬉しいこともあったよ。
一番楽しかったのは、姉様と一緒にキャンプをしたこと。肩を寄せて焚火を見つめながら夜が更けるまでいつまでもお話をして……そして狭いテントの中で身体を寄せ合って、手を握りあいながら眠るの。姉様はすぐまた聖女のお勤めに戻ってしまったけれど、とってもいい思い出ができたわ。そして、きっとこれが最後じゃない。また会えるはずよ。
ビアンカは、クララや村の女性から、一生懸命お料理を習っていた。ビアンカは何でもできる賢い子だけど、えっちな奴隷にする目的で育てられてきたこともあって、家事方面の教育は、ほとんどされてこなかったのね。でもビアンカは器用で物覚えが良い素直な子、滞在を終える頃には、彼女の料理スキルは私をはるかに追い越していた。ちょっと悔しいわ。
カミルは、こそこそどこかへ出かけては、竜型に変化して何やら練習をしているらしい。変化する前後を見られるのが恥ずかしいのか、私には何をやっているのか絶対見せてくれないの。う~ん、残念。
そうそう、リディさんが、村長の息子さんに結婚を申し込まれたって、綺麗な頬をピンク色に染めながら、教えてくれたの。リディさんはリザードマンとのハーフなんだけど、村長さんも息子さんも、気にしないのですって、美人って得よね。うん、これで獣人と人間の結びつきが、せめてこのイリアの村の中だけでも、強くなるといいな。
そしてようやく……私達がこの村を去る時がきた。
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