一緒に、行く?
やがて甘いパン粥をつくってきてくれたクララと一緒に、ビアンカと、カミルと呼ばれた少年が遠慮がちに入ってきた。
「はい、ロッテ様。まずはお食事をいたしましょう。それから、この子たちがロッテ様にどうしてもお礼が言いたいのですって」
パン粥の入った木皿を素直に受け取りながら、あの子たちの方を見る。亜麻色の髪と緑の瞳が印象的なゆるふわ系美少女のビアンカ……クララとは違った方向で、癒されるわあ。
そしてその隣にいるカミルは……昨日怪我したことなどなかったかのような、綺麗な顔になっている。燃えるような……って表現がしっくりくる、少し癖のある鮮やかな赤毛。そして意志の強そうな切れ長だけど大きい眼の中心には、茶色の瞳。小顔にすっきりとしたあごの線、ほっぺは少しふっくらとして桜色で、年齢相応って感じ。本当に美少年って言葉が似合う子だわ。
だけどこの子は昨日、もとの容貌がわからなくなるほどボコボコにされていたはずよね。頭の中でも内出血してたのも間違いなくて、あのまま放っておいたら半分以上の確率で死んでたんじゃないかと思う。
それが一晩でこれって……私がやったアレがやっぱり、効いちゃったのよね。う~ん、クララの時に続いて、これか。つくづく獣人に対しての私の力って、我ながら引いちゃうレベルだわ。人間に対しては捻挫ですら治せないのにね。
「あ、あのっ。ロッテお姉さん……ありがとう、ございました。何十人も賊がいるのがわかってるのに、カミルを助けるためだけに戦ってくれて。そして、カミルの怪我を、治してくれて。びっくり……しちゃいました。いくら聖女様でも、あんなひどい傷が、一晩でよくなっちゃうとか……」
「あ、うん。賊と戦ったのはクララだから、クララお姉さんによ~くお礼してね」
「ふふっ、もう十分、気持ちは頂いていますよ」
嬉しそうに微笑むクララ。お姉さん扱いされるのが気持ちいいみたいだ。
「それから、あの治癒術なんだけどね。私もあんなに効くなんて知らなかったんだよ。びっくりだね」
「そ、その……ロッテお姉さんがカミルに流す魔力の量がすごくてびっくりして……」
「あ、うん、私もびっくり。身体中の魔力、全部もっていかれそうな感じだったよ。カミル君は、生まれつき魔力回路がものすごく大きいのかもね」
「ご、ごめんなさい。僕も意識がなかったから、加減できなかったみたいで……」
初めてカミルが口を開く。ボーイズソプラノとまではいかないけど、心地良いハイトーン。ピンク色の唇がいきいきと動くさまは本当に綺麗……うん、これだけでも助けた価値があるわね。
「カミル君、もう、大丈夫なの? かなり危ない怪我だったはずよ?」
「はい、自分でも死ぬかもって、思ったんだけど……ロッテお姉さんの魔力をもらったら、本当に全部治っちゃったんだ。その上……」
「ん? まだ何かあるの? もしかして副作用で体調が、とか……?」
「副作用と言えば、そう言えるかも知れませんね。ねっ、カミル君、見せてあげて?」
クララがちょっといたずらっぽい表情になってカミルをそそのかす。カミルは少し頰を紅く染めつつ、賊から奪って着ていたらしいシャツを脱いで……上半身をさらした。その胸もおなかも白くて綺麗だけど、それがどうしたんだろう。
「ああ、そっちではありませんよ」
クララの声に続いて、カミルが後ろを向いて、私に背中を見せた。
その背中には、何か大きなヒレのようなものが……いや、これは違う。これは翼だ、空を飛ぶための……翼だよね。それも、鳥のように羽毛で出来ている翼じゃなくて、骨格の間に薄い皮膜が張るタイプのやつだ。
「あら? カミル君は何の獣人なの? コウモリ?」
私のとぼけた返答に、ぷっとクララが吹き出す。
「ロッテ様、コウモリに角は、ないんじゃないでしょうか?」
「それもそうね……ってことは?」
あ……これはヤバいかも。寝起きのボケた頭でも、ようやく気付いてしまった。さすがに背筋に寒いものがぞぞぞっと走る。
「あの、もしかして……さ。カミル君って、竜の血が入ってたり、する?」
「そう、ロッテお姉さん。僕は竜と人間のハーフ……竜人なんだ。そして、ゆうべお姉さんの魔力をもらったおかげで、初めて覚醒できて翼が生えたんだ。今までは無力な子供だったけど、もうある程度は、竜の力を使えるみたい。野盗くらいなら、もう殺されることはないよ」
おそるおそる聞く私に、爽やか笑顔でこともなく答えるカミル君。
ああ、やっぱりか〜。我ながら、やらかしちゃった感満点だわ。竜は魔獣たちの頂点に君臨する存在、あれだけ一気に魔力を持っていかれたのも、今となってはなるほどな〜と思う。
「うん、まぁ……よかったよ。でも……覚醒って、何?」
「竜は魔獣の王ですけど、幼生体のときは、とっても弱い存在だと聞きますわ。カミルは昨日まで、その幼竜だったみたいですよ。それが、ロッテ様の美味しい魔力をたっぷりと……というかガブガブ吸収したら、ようはスイッチが入っちゃったみたいで。一晩たったら、本来竜が持っている力が、目覚めちゃっていたということですね」
わけ知り顔でクララが解説してくれる。カミル君も頬を染めながら、うんうんとうなづく。あ~、やっぱり、やらかしちゃったじゃないか……竜を目覚めさせるなんて、教会にばれたら、また大目玉だわ。
「で、ロッテ様、これからどうなさるのですか? カミルもビアンカも、行く当てはないそうですよ?」
え、この子たち連れていくつもりなのクララ。
「え? え? いや、私達だって逃げてるまっ最中だし……」
「連れていっては頂けないのですか、ロッテお姉さん?」
「竜は、命の恩人に一生従うものだよ。もう僕はお姉さんのそばを離れないからね」
エメラルドみたいな緑の眼をうるうるさせて上目遣いで私を落とそうとするビアンカと、子供のくせにやたら生意気にも落ち着いた態度でグイグイ迫ってくるカミル。その背後でニヤニヤと微笑んでいるクララ……
「ロッテ様、もう大人しく、観念なさっては?」
今日のクララはお姉さん目線ね、口惜しいわ……ええい、ままよ。
「はぁ……仕方ないわね。カミル、ビアンカ……一緒に、バイエルンに行く?」
「ええ!」「はいっ!」
食い気味に二人の返事がある。これはもう、覚悟を決めるしかないか。
「わかった、一緒にいこ。でも、クララが大変になるわよ、大丈夫なの?」
「え? ロッテ様の心配は、この子たちを守ることが大変ってことですか? それなら何も心配しなくていいんですよ。カミルもビアンカも、失礼ですが、ロッテ様よりはるかに強うございますわ、獣化すればですけどね」
「え? 二人とも、魔獣に変化できるの? もう?」
「ロッテ様は御覧になっていませんけど、もうカミルは先ほど、大きくはありませんが立派な竜に変化しましたよ。ビアンカももう変化できる齢です、少しロッテ様が『応援』してあげれば、立派に虎になれるはずですわ」
うん? 応援? 何やら変な予感がするんだけど。
「クララ? 応援って、なに?」
「ほら、ビアンカ、行きなさいっ」
クララにそそのかされて、ビアンカがちょこちょこ私に近づいてくる。ああ、わかってしまった……クララの言ってる「応援」って、あれか。
「失礼します、ロッテお姉さん……」
ビアンカがおずおずと両手を私の頬に当て、顔を近づけて来る。そしてビアンカの桜色でぷっくりした唇が、私のそれに重なる。たっぷり二十ほど数えた後……
「ぷはぁっ! 本当に美味しいです、ロッテお姉さんの魔力……」
「クララ……子供のビアンカに、一体何を教えてるの……」
「はい、申し訳ございません……くくっ」
含み笑いをしながら謝ってもダメなのよ、クララ。
「でも、これでビアンカも獣化の業が使えるはずですわ……」
その言葉にはっとしてビアンカの方をみると、すでに彼女はすべての服を脱ぎ捨てて、素肌をさらしていた。肌がもちぷにで、ちょっとうらやましいかも。横にいるカミルが紅くなって目を背けているのが、また可愛い。
「ビアンカ、お母さんの姿を思い描いてみて……」
優しいクララの呼びかけに素直に眼を閉じ両手の指を組み、やや斜め上を見上げながら深呼吸するビアンカ。ほどなく彼女の全身に、黄金色の体毛が浮かぶように生えてきて……そこにはやや小型だけれど、はっとするほど美しい雌のサーベルタイガーがいた。
(お姉さん、初めて変化した私の姿、いかがですか?)
ちょっと恥じらいを含んだ、ビアンカの意識が私の頭に飛び込んでくる。
「うん、とっても綺麗、素敵だよ。だからお願い……もふもふさせてっ!」
ビアンカ……であるはずのサーベルタイガーを押し倒して、あれやこれや撫でまくる私に、クララとカミルが残念そうな眼を向けている。だって……仕方ないじゃないの、もふもふが好きなんだからっ!
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