可愛い虎獣人
ロッテ視点に戻ります。
「ロッテ様……」
林を縫うように走る間道を黙々と歩く私は、遠慮がちに呼びかけるクララに、答えることが出来ないでいる。何かしゃべると、また泣いちゃいそうだから。
「ロッテ様っ!」
先行していたクララが戻って来る。ずっと足元だけを見つめていた私の両頬に掌をあてて、ゆっくりと、ゆっくりと正面を向かされる。
「我慢しなくていいんです、泣いたっていいんですよ。そういうものを受け止めるために、私はここにいるのですから」
そして私のリュックを外し、自分の重たい荷物も下ろすと、ゆっくりと私の身体に両手を回し、ふわりと包み込むように抱き締めてくれる。
「ね、泣いちゃいましょう?」
「う、うん……」
いっぺん涙をこぼしてしまったら、もう歯止めがきかなかった。私は自分より一回りちっちゃいクララの、やっぱりちっちゃい胸に顔をうずめて、声を上げてわんわん泣いた。彼女の侍女服の胸がびしょびしょになっちゃった頃、ようやく私は落ち着いた。
「ありがとクララ。私は姉様に言われた通り、これからは思うままに生きていく。いろんな人や獣と出会って、大勢仲間をつくるわ。あ、だけど……一番は、クララだからね?」
戻ってきた私の笑顔に、クララも破顔する。
「ふふっ。ありがとうございます、嬉しいですわ。でも、私は二番目で良いのです。ロッテ様の伴侶となる男性が、やっぱり一番ですよねっ!」
「う~ん、そんな人、現れるかなあ?」
「何事も、努力ですよロッテ様!」
努力しても、こんな森の中じゃ、ねえ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇
クララのお陰で力を取り戻した私の脚は、遅れを取り戻すように北東に進む。姉様と再会した村でしこたま食料も仕入れることができたけれど、のんびり歩いていたら、国境に着くよりはるか前に、またひもじさに耐えることになってしまうからね。
陽が落ちても私達は歩いていた。無限に近い私の魔力を光の魔道具に注ぎ込んで、暗い夜道を照らしながら。クララは夜目が利くので、そもそもそんな光は必要としていない。
「……っ。ロッテ様、灯りを消してください!」
「う、うん……どうしたの?」
突然立ち止まったクララのリュックに、体当たりしてしまった私。クララの方を見ると、真剣に前方を窺っている。
「灯りが見えたような……」
「えっ! こんな辺境で……もしかして、他の旅人さんがキャンプしているとか?」
「いいえ、そういうものではなさそうで……もっと多くの気配が。本来なら迂回したいところなのですが・・」
「こんな暗い中で道を外れたら、とても歩けそうもないわ」
「そうですね。私はともかくロッテ様のおみ足では。仕方ありません、灯りを消したまま、ゆっくり進みましょうか」
仕方なく、私は光の魔道具をしまった。曇っているので星明りもなく、私はもうどっちに進むのかもわからない状態。クララがゆっくりと手を引いてくれなかったら、怖くてぜんぜん前に進めない。
徐々に闇に慣れてきた私の眼に、時々チラッと松明らしい灯りが映る。
「こんな夜中に松明で行軍とは、ロクな旅人ではありませんね」
「また野盗のたぐい?」
「おそらくは。遠慮する必要は、なさそうですね」
クララは落ち着いている。ボタンを外している様子もないから、獣化しなくても戦える相手ということなのかしら。
やがて待ち構える私達の前に現れたのは、いかにも野盗って感じがプンプンする四人の男と、両手を縛られているらしい小柄な……女の子かな?
「うぉっ、手前らこんな時間に……女じゃねえか」
「いわくありげだな。丁度いい、こいつらも連れていくぞ。野郎どもは女に飢えているだろうしな、いい土産だ」
勝手なことをいう賊に向かって眼を光らせたクララが、シャムシールを抜く。任せておいても良さそうな雰囲気だけど、私もせっかく取り戻した力を試したくなっていた。姉様から譲り受けた聖女の杖に、精神力を流し込む。瞬時にその力は練り上げられる。
「クララ! 目をつぶって!」
私は杖を持った右手を上げて、唱える。
「光よ!」
その瞬間、私の頭上でまばゆい、とてもまばゆい光球が現出した。辺りはまるで昼間のように照らされ……その光をまともに視てしまった賊たちは、視力を失った。
「今よ、クララ!」
「お任せをっ!」
眼を開けたクララが飛び出して、無抵抗になった賊に次々と斬撃を浴びせ、戦闘能力を奪っていった。骨が折れたような音はするし血も飛び散っているけれど、まあ、この程度なら死ぬことまではないでしょうね。クララが倒れた男達から武装をはぎとる間に、私は捕らえられていたらしい女の子に駆け寄って、両手を縛っていた縄を切った。
「あ、あ……お願い、殺さないで……」
女の子もまだ視界が利かないみたいで、眼の前で起こったことが全く理解できていないみたいだ。
「うん、もう大丈夫だからね。悪い奴はやっつけたからね。もう、あなたを縛るものは、ないんだよ」
怯えながらぱちぱちと眼をしばたたかせる女の子。齢は私達よりいくつか小さいみたいで、見た目は十二、三歳ってとこ。そして……その頭上には、クララと同じようなケモ耳が。クララ狼の三角耳と違って丸っこくて黄色くて、なんか縞模様がついているけど。
「ねえクララ、この子……獣人だわ」
「本当ですね……それも虎の獣人とは珍しいですわ。この先の森に住まうというサーベルタイガーと人が、つがったのでしょうか?」
虎獣人の少女は、まだ震えている。
「もう心配しなくていいよ。強いお姉ちゃんたちが守ってあげるからね。ねえ、あなたのお名前教えて?」
「……ビ……ビアンカ、です」
鈴が鳴るような声ってのはこういうのを言うんだろう。可愛いっ!
「いい名前ね。お姉ちゃんはロッテ、向こうのお姉ちゃんはクララ、よろしくね」
「は、はい……ありがとう、ございます……」
うん、ビアンカはまだ震えているけど、ようやく私達に害意が無いことだけは、わかってもらえたかな。
「ね、ビアンカ。ビアンカはどこからさらわれて来たの? お姉ちゃんたちが送ってあげられるところならいいんだけど」
そう、あまり大きな街だと、半分お尋ね者の私達は近づけないから、田舎だといいな。
「……育ったのは、バイエルンです。だけど、私達は物心ついたころから奴隷で……こっちの国には奴隷商人に連れてこられて、売られるはずだったそうです。私のような者を、好んで愛玩する金持ちがいるのだとかで。その道中に賊が現れて……奴隷商人達は殺されたみたいで、私は捕まって……また別の奴隷商に売られるのだと、この人たちが言っていました」
「『私達』って言ったわよね? 一緒に捕まった子がいるってことかな」
そこが気になるわ。だけど、この子だけ連れて来たってとこが引っかかるわよね。
「ええ。幼いころから奴隷商の元で一緒に育てられた姉弟のような、カミルという男の子です。一緒に捕まったのですけど、私は高く売れるからとすぐ連れ出され、弟は、賊の拠点というかアジトというか……に残されました。無事でいてくれると、いいのですが」
ビアンカが眼を伏せる。ほどなく、ぽたりぽたりと地面にしずくが落ちる音が聞こえる。ずっと奴隷として育てられたビアンカは、泣くときも声も出さない習慣が身についてしまっているのだろう。
「ねえビアンカ、弟くん……カミルくんの残されたところは、どこなのかな?」
「うっ、う……一時間くらい歩いて戻って、そこから森に十分くらい入ったところ……です。そこに賊の拠点があって」
拠点か……助けに行くってわけには、いかないわよね。どう考えても、敵がいっぱいだもんね。ここで厄介ごとを背負いこむのは……でも、この子の大事な家族を、放っておけない。
「ねえ、クララ……」
「行きましょうっ!」
遠慮がちに切り出したつもりだったけど、クララは食い気味に即答してきた。
「私一人では少し心配でしたけど、ロッテ様が聖女の力を取り戻された今、賊如きは何ということはありません。一掃して、この子の弟を救いましょうっ!」
「うん……何か、すごく、乗り気ね?」
「はいっ! だって……ビアンカ、可愛いじゃないですかっ!」
そうなのだ。改めて明かりをつけてビアンカの姿を見ると、ごくっと息を飲んじゃうくらい可愛いんだよね。
亜麻色のふわっとした髪、少し外側が下がった優し気な眼に、緑色のおっきな瞳。ぷにっとしたほっぺにはほど良く紅が差して、唇はぷっくりと愛らしい。クララの顔は全体にクール系だけど、ビアンカは全体的に丸っこい、なごみ系美少女よね。そこに虎のケモ耳がくっついたら、もうたまらないわ。好事家のおじ様なら、百エキユでも二百エキユでも出しちゃいそうね……じゃない、ようは可愛いこの娘を、助けてあげたいってところに関しては、クララも私も、同じ気持ちだってことだよ。
「え、でも、お姉さん達が危険で……」
「大丈夫、お姉さんたち……特にこっちのクララお姉さんは、強いんだから。任せて!」
安請け合いしちゃったけど……ここで見捨てるってのは、ないよね。やるしかないわ。
「あ、ありがとう……ございます……」
ビアンカがまた、声もなく涙をあふれさせた。
ブックマーク、評価など頂けると嬉しいです。




