開戦直前
亀のように動かないヴァイツ砦の司令官をどうにかするのをあきらめて、私たちは前線に出た。これ以上粘っても、時間の無駄だもの。
だけど国境手前で、前線指揮官たちから恐るべき報告が上がってきたのだ。
「国境手前五キロのところで、敵斥候を捕捉!」
「街道がバリケードで封鎖され、その先で拡幅工事が行われています!」
「すでに我が領内に、数千の先遣隊が侵入、前線拠点を築いた模様!」
え? どういうこと? ヴァイツの司令官は「毎日哨戒して異常なし」って豪語していたわよね。毎日見回っていて、領内に拠点を造られちゃうとか、あり得ない。
「あの男……非協力的なだけでなく、やるべきことすらやっていなかったということか! 戦が終わったら、軍法会議にかけてやる!」
「戦争が終わって、俺たちが生き残っていれば、だがな」
激高するクラウス様に、落ち着いた調子で言葉を返すヴィクトル。クラウス様もはっとしたような表情になって、二~三回深呼吸をした。
「済まない、カッカしている場合ではなかった。ありがとう、ヴィクトル殿」
そう、今日のヴィクトルは、人型をとって私のぴったり後ろにいる。身重のクララは私の護衛につけず、カミルは主力として攻撃参加。ビアンカは人型でいる限りは接近戦向きじゃない。そんなわけでこの戦では、ヴィクトルが私を護ってくれることになったのだ。もちろん、魔剣グルヴェイグを佩いて。
(ここのところ主は虎の姿ばかりだったゆえな、妾の出番がなくて寂しゅうての。だが今日は、たっぷり出番がありそうじゃ)
(あのねグルヴェイグ。大将の護衛が血戦をする羽目になったら、それってほとんど負け戦ってことよ?)
(まあ、そうじゃの。じゃが、たまさかには血を吸わぬことには、妾も干からびてしまうわ)
ヤル気満々のグルヴェイグと、そんなリラックスした念話を交わす私。そう、私と彼女は、かなり仲良しになっているのだ。ヴィクトルが森に行くことが多くなったから、その間は私が預かって、彼女の暇つぶしの会話にも付き合っている。そして、主以外が触れると身体を焼くはずのグルヴェイグが、私にも自由に触らせてくれるようになったのだ。
(まあ、名実ともに主と相思相愛となったわけじゃからの。そなたも妾の主と言ってよいじゃろ)
これは嬉しかった。なので、簡単な手入れをしたり、試しに抜いてあれこれ振り回すとこまでは、させてもらったのだ。もっとも私の腕力では魔剣の重量を支えることはできないみたいで、女魔剣士になる野望は、とりあえずあきらめている。だけど聖女より魔剣士の方がカッコいいと信じている私は、いつか自分にがっつりバフをかけて、もう一度挑戦しようと思っている。
ヴィクトルが私のそばを離れないので、彼が鍛えまくったサーベルタイガー部隊を率いるのは、ヴィオラさんだ。ディートハルト様は彼女が虎たちの先頭に立つことを嫌がったけれど、彼女がぴしゃりと言った。
「この娘に、明るい未来をあげたいの。ここがロッテちゃんの領地でなくなってしまったら、また獣人の身の置き所がなくなってしまうもの。私が戦うのは、バイエルンのためでも人間たちのためでもない、たった一人、クリスタのためなの。いいわね、ディートハルト?」
ディートハルト様も、これには沈黙した。クリスタと愛称で呼ばれた愛娘クリスティアーナを溺愛しその将来を案じること、母親たるヴィオラさん以上の、彼なのだから。
そのディートハルト様は、もちろん私と一緒に主力部隊で時を待つ。本来彼の魔法は妖魔と戦うには最高だけれど、人間同士の集団戦では効果を発揮しにくいものだ。だけど今度の戦いでは、私にちょっとアイデアがある。これぞというタイミングで、活躍してもらわないとね。
そしてもちろん、ビアンカとルルも私にぴったりとくっついて司令部にいる。彼女たちが私から離れるはずもない。だけどふと見ると、ここにいるべきではない人が、一人いるのだ。
「姉様、なんで来ちゃったの??」
そう、そこにいるのは栗色に染めた金髪を短く切り揃え、ラピスラズリのような神秘的な青い眼を持った派手系超絶美人の、レイモンド姉様だった。ここではレベッカと、名乗っているけど。
「だって、戦が始まるというから、リンツ商会の接客仕事が、お休みになっちゃったんだもの」
「だからって、前線に来たらダメでしょ! 姉様には安全な、城壁の中にいて欲しかったのに……」
可愛くペロっと舌を出すレイモンド姉様。超絶美人がそんなあざといポーズをすると、数倍萌える……じゃなくて、こんな危ないところに来て欲しくなかった。お説教を続けようとする私を、ディートハルト様が制した。
「レベッカさんは、私がお連れしました。奇跡的に再会できた妹と、もう二度と離れたくないと言われたら……私と同じですから。もうヴィオラやビアンカがいない人生は、あり得ないのです」
彼にそう取りなされたら、帰れなんて言えない。そして本当は、姉様が一緒に戦ってくれると知って、とっても嬉しかったのだ。私だって……もう離れたくは、ないのだから。
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