戦争準備
なんだかんだ言って、ハルシュタット領の統治はホルスト様に任せておけそうね。そう安心した私たちは、シュトローブルの防衛戦準備に全力をあげることにした。
反則級の戦力である賢者ディートハルト様とカミル、そしてヴィオラさんはシュトローブルに引っ越してきた。もちろん、クリスティアーナちゃんも一緒にね。
やるべきことは山ほどある。まずは数万の兵を養う兵糧の準備だ。いくら根性論を振りかざしても、腹が減っては戦えないからね。ロワールの聖女教育でも戦では補給が最重要と教えられた。何でそんなことがカリキュラムに組み込まれているのかって? まあ、ロワールの聖女は「戦うブラック聖女」だから、戦術論も教わるのよ。
後方の援軍を一気にシュトローブルに送るための街道整備も必要だ。逆に国境方面からシュトローブルに続く道を一気に閉鎖できるように、通行を妨害する設備をいくつも造っておきたいところね。
いざ戦争になった時に、周辺に散在する村々に住む人たちがどう行動するかも決めておかないといけない。最初はがっつり籠城するつもりだったから、周辺住民をみんな城壁の中に避難させる計画だったけれど、敵が本格的な攻城兵器を建造していることが分かった以上、それは自殺行為だろう。クラウス様たちと話し合った通り、国境の森で雌雄を決することになるだろう。
そういう状況で開戦した時に一般住民さんをどこへ逃がすのかというのは、意外に難しいのだ。国境寄りに位置するルーカス村と湖岸の村、そしてヴァイツ村の住民はシュトローブルに避難する手筈を一応整えたけれど、これだけでいいのかどうかは、まだ迷っている。農作物の収穫が終わるまで敵は待っていてくれるだろうか、敵が別動隊を組んで回り込み、他の村を荒らすことがないのだろうか……心配事がいっぱいなのだもの。
こういう行政問題に対して、アイデアや方針は出せる私だけれど、実務遂行面については自慢じゃないけど全く才能がない。たとえば避難するってひとことで言っても、じゃあその人たちの避難所をどう確保するか、必要な備品はあるか、シュトローブルまで移動する手段は確保できるか、とかいろいろ付帯する面倒事があるのだ。
そういうところは今までアルノルト様に丸投げしてきたわけだけれど、今度ばかりは一人でやるのは荷が重いよね。そこで王都からリクルートしてきた官僚さんたちの出番となるわけなのだけれど、最初にアルノルトさんが賞賛していた通り、実に有能であるらしい。これまで何か大事が生じるたびに彼がどんどん痩せていくのが心配だったのだけれど、今回はなんだかつやつやしているのよね。
「おかげで、楽をさせてもらっていますよ」
とは彼の発言だ。確かに官僚たちに任せられる部分は増えたけれど、まあ真面目な人だし、言葉通り楽をしているわけでは、もちろんないだろう。とっても忙しいはずだけど、たぶん……自分の子供がクララのお腹に宿ったのを知った時から、アルノルトさんの表情に精気が増した気がするのよね。
とにもかくにも、こういった内政面の懸念事項をしっかり固めるのがまず大前提。その上で、ようやく純軍事面の話ができるようになるの。
籠城戦で粘る作戦の時には、ザルツブルグからの援軍が四~五日ほどの行軍で着いてくれればいいやという考えだった。だけど国境付近での迎撃戦に作戦を変えざるを得なくなった今は、開戦後できるだけ早く来てもらわないと、私たちが全滅させられてしまうよね。
だからもう少し援軍をシュトローブル寄りに駐留させてもらったり、足の速い部隊を中心に再編成してもらったりというように、指揮官たるローゼンハイム伯爵様と調整することが必要になるわけね。どうも私の動きはアルテラ側に監視されているらしいので、伯爵様の方から頻繁に行ったり来たりして頂かないといけないのは、申し訳ないのだけれど。
「聖女とお会いできるのだから、ご褒美みたいなものだ」
優しいローゼンハイム伯爵様は、そんな言葉を掛けて下さるの。いつも打ち合わせをした後は、お茶も飲まずに馬を駆ってザルツブルグにお帰りになるのに。
結局援軍を急がせるだけでは難しいという伯爵様のご判断もあって、シュトローブル注領の戦力は八千程度に増強されることになった。三万とされているアルテラ軍に対峙するには心もとないのだけれど、敵にバレない程度の兵力をと考えると、このくらいがせいぜいになってしまうのだ。もちろん、駐留地を分散して目立たないように気を使った上でのことなのだけど。
そしてザルツブルグからの主力は、思いっきり急いで三日後に来援する。つまり敵が動き出して我々の増援要請が着いた後の三日は、シュトローブルの八千とヴァイツ砦にいる二千の兵力で、しのがないといけないのだ。ヴァイツの司令官が面従腹背っぽいのが、とっても不安なのだけど。
「重大な罪を犯したわけではないから、すぐにクビにするわけにもいかぬ。奴も国軍指揮官として格上のクラウスには従うはずだ……やり難いとは思うが、頼むぞクラウス」
「はっ、聖女の騎士として、全力で守ります」
いや、そこは私じゃなくて、シュトローブルを守ってください!
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